ゲスト
藤野 英人(レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役 会長兼社長 最高投資責任者(CIO))野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)、ジャーディンフレミング(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。「ひふみ投信」シリーズファンドマネージャー。 投資啓発活動にも注力する。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。一般社団法人投資信託協会理事。
聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)
白井:冒頭で話になったように、アメリカの会社と日本の会社では、時価総額が大きくかけ離れています。GAFAMの時価総額はそれぞれ1〜2兆ドルに対して、日本での時価総額トップのトヨタや2位のソフトバンクグループでも32兆円、14兆円ぐらいです。この差はどこから来たものであり、どうやったら埋まるのでしょうか。あるいは、もう埋まらないのでしょうか。
藤野:この30年ほど、日本国としてのビジネスモデルの変換を怠ったのが大きいと思います。アメリカの政治では、この20年ほどの間に何度も民主党と共和党の政権交代がありました。そのたびに民主党と共和党のメンバーはアップデートされています。アメリカでは常にガラガラポンがあり、政治的にも二大政党が機能し、メンバーを更新していく仕組みが存在します。
一方の日本は、産業構造、経済構造、政治の在り方が昭和なままであり、平成や令和の新しい時代にアップデートできませんでした。日本の官僚制度、政治体制、年功序列型の仕組み、資本市場の整備が、ほとんど昭和のままで残っています。また、シニアの経営者を中心とした日本の指導者層に、汗水垂らして働くのがすばらしいという考え方が根強く残っています。汗水垂らして働くのがすばらしいということは、結局、肉体労働と時間課金という考え方から脱皮できていないということです。製造業を中心とした日本国の運営からも脱皮できませんでした。経団連も製造業中心であり、新しい経営者を入れることができていません。献金の中心は、古いメディアや製造業です。政治がアップデートしなかった中で、古いものが化石のように生き残ってしまったのが、今の日本の時価総額上位の会社群です。
これを打破するにはプロセスが必要です。制度疲労している日本の政治、経済、官僚の仕組みに、意思を持って手を入れる必要がある。新しいテクノロジーの実装ができなくなっています。また、シニア経営者を中心とした古い概念が、新しい技術とか、新しい技術における生活様式の変化を受け入れることができない。これが、日本の時価総額上位の会社を古臭い会社として固定化した大きな要因です。「日本がダメなのは少子高齢化のせい」という雑な議論がありますが、日本の衰退は少子高齢化の前から始まっています。我々自身が、社会のシステムを変えて効率化することに手をつけられなかったのが大きいと思います。
もっともアメリカや中国と比べてみるとダイナミズムは遅れているかもしれませんが、日本の新興企業は、韓国、ドイツ、イギリス、フランスなどのその他先進国に比べると、かなりよい線を行っている印象があります。
日本のIPO市場はこの3~4年ぐらいで激変しました。30億円、40億円ぐらいの売上高の会社に500億から1,000億円ぐらいのバリュエーションが平気でつくようになったのです。新しい技術やアイデアが市場で評価されるスピードが早くなりました。早くなることで、機関投資家やインベスターも資金の提供がしやすくなりました。2008年から2011年にかけてのIPOの冬の時代にはほとんど上場する会社が出ず、多くの未上場の投資ファンドが死に絶えてしまいましたが、その頃からは様変わりです。ベンチャー投資の利回りが劇的に改善し、それに対してお金を出そうというニーズも増えました。スタートアップの会社が生まれやすくなったのです。スタートアップで2~3億円ぐらいの売上高の会社も、初期の段階で30億から50億円のバリュエーションで資金調達できるようになりました。米国と同様な活性化が始まったのです。
1990年頃の日本とアメリカは全く立場が逆でした。アメリカでは、重厚長大産業を中心として新しい産業化ができず、双子の赤字に苦しみ、失業者があふれ、ダイナミズムが失われていた。多くのスラムにマフィアがいるという世界が延々と、少なくとも20年は続いていました。
白井:1980年代に経済が低迷していたアメリカは、資本効率改善を指向した金融市場改革と、情報技術を主軸とした産業転換によって、新たな成長局面に入りました。金融市場改革により、非効率な企業の撤退を促し、産業の活性化を促すとともに、高度な金融技術によってあらゆる資産を投資商品化することで莫大な資金を世界から導入しました。そしてこの資金のうねりが情報革命を下支えすることで、連続的にバブルを形成することに成功したのだと考えています。
また、情報技術によって労働を伴わない経済発展が加速し、長期的発展と支配的地位を確立しました。これにより、グローバリゼーションの特徴であった、常に低コストの労働力を求めて資本が移動する平面的で物質的な経済から、労働を伴わず情報技術によって高度化する産業に資本が注ぎ込まれる垂直的で非物質的な経済へと転換しつつあると思います。
このような背景には、多くのキーマンが存在しています。彼らは、どのような役割を演じているのでしょうか。
藤野:1990年頃から少しずつ新しい会社が出てきました。マイクロソフトもそのうちの一社です。そういった会社群が1990年から2010年にかけてIPOをし、IPOをした人たちが巨額な資産家になった。古い会社からは起業家は出てきません。起業家は新しい企業からしか生まれないのです。マイクロソフトやネットスケープなどの残党や、成功してIPOした企業から次々にスピンアウトし、マフィア化していきました。
マフィアとは悪い意味ではありません。彼らはネットワーク経済を作っていきました。ツーカーでわかる仲の人たちが、コミュニケーションコストが低い中、お互いが何をして、何を考えているのかがわかる金持ち層が形成されていった。リスクテーク、資本市場、会社を起こしてバリューアップすることを理解し、会社の売買をすることに対する抵抗感が薄い人が作られていった。30年間をかけた厚みであり、アメリカの、いわゆる金持ち、ハイネットワースの規模感は日本とは全く異なります。アメリカには1,000億円以上の資産家が数千、数万人単位でいます。
白井:日本の起業家の現状についてお聞かせください。
藤野:日本の時価総額上位の会社には旧態依然としたところが多いですが、ソフトバンクグループ、楽天、ユニクロのような成功者も出てきました。しかし、日本では1,000億円以上の金持ちは60人前後しかいません。自分でリスクテークをした経験があり、まとまったお金を出し、ビジネスを一から作ることができるお金の出し手の層が薄いのです。その感覚がわからなければお金があってもお金の出しようがないでしょう。日本では、数百億円から数千億円の資産を持つ数多くの成功者が必要なのです。
まだ時間はかかるでしょうが、その兆候は出てきています。日本において真のベンチャー企業ができたのは2000年です。2000年前後にマザーズ、ナスダックジャパンができました。その頃は富裕者のプールが全くありませんでしたので、半グレのような人、あるいはリスクについて目算が甘い人しか起業できませんでした。起業で成功した実例もありませんし、称賛もされませんでしたので、新興市場には半グレばかりが上場し、いろいろな社会問題が発生し、IPOに対する評判は悪化しました。村上さんやホリエモンは世間的にかなり誤解されたと思いますが、こういう人たちが人身御供的に処罰され、IPO市場は枯渇してしまいました。
白井:「ライブドア事件」では、2006年3月に東京地検特捜部は証券取引法の偽計取引と風説の流布、粉飾決算(53億円)で堀江氏を起訴しました。告発を受け、東京証券取引所はライブドア株およびライブドアマーケティング株の上場廃止を決定し、東京地裁は法人としてのライブドアに罰金2億8,000万円を言い渡し、民事訴訟では76億円の支払いが命じられ、堀江氏は2年6ヵ月の有罪判決を受けました。「村上ファンド事件」では、公開買い付け決定の伝達を受けたことが証券取引法のインサイダー取引にあたるとされました。インサイダー情報に当たるかの判断について、判決で「実現可能性はゼロでなければ、その高低は問題とならない」とされたことを、当時の検察幹部は「インサイダー情報の幅を広げた」と評価したと言われています。
一方、2006年12月、証券取引等監視委員会は日興コーディアルグループが傘下投資会社の決算数値を不適切に処理することで187億円の利益を水増ししたと指摘し、5億円の追徴金を課すよう勧告しました。同社は監理ポストに移行したのみで、上場は維持されました(後に三角合併でシティグループの子会社となる過程で上場廃止となった)。逮捕者も出ておらず、ライブドア事件とは扱いが大きく異なります。東証の上場廃止基準は「影響が重大と東証が認めたとき」という非常に曖昧なものであり、だからこそ後年の東芝粉飾事件の際にも上場廃止かどうかの予見性が持てず、投資家の多くが振り回されることになりました。日本でも貧富の差が拡大し、金融所得が不労所得と見られがちな状況下、こういった結果に溜飲が下がる思いをした向きもあるのかもしれませんが、空気や忖度で法律の運用が変わるというのは本来あるべき姿ではないと思います。
この2つの事件のあとにリーマンショックも起こり、日本は、リスクをとって起業することや、お金を稼ぐことが否定される風潮に逆戻りしました。同質性を求める日本のムラ文化が、一握りの人たちが一夜にして大金持ちになる社会より、国民全員が額に汗して働く均一な社会を求めたのだと思います。しかし、ここ最近になって、起業ブームが再来し、徐々に雰囲気が変わりつつあるように感じております。アメリカのような企業ネットワークを形成するマフィアは形成されつつあるのでしょうか。
藤野:2000年以降、20年間の歴史で1,000社以上の会社が生まれ、その中には成功した人たちも出てきました。日本でも、個人で10億円から100億円ぐらい持っており、エンジェル事業ができるような人が、2000年に比べてみると圧倒的に増えた。これは、すごく良いことだと思います。シリアルアントレプレナーと言われる人たちも出てきて、実際に数々の会社を立ち上げる人もいれば、そういう人に投資をする個人のインベスター、エンジェルも育ってきた。アメリカと比較すると全然ダメだけれど、アメリカ、中国を除くと、相当よいところにあるというのが今の日本の立ち位置だと思います。あと5年、10年ぐらいすると、日本の中でも100億円程度の資産家は今の10倍、20倍ぐらいになる可能性は高いと思います。
時価総額経営の流れは、ますます活性化していくと思います。さらに顕著になれば、日本の時価総額上位の昭和臭がする恐竜のような会社が没落し、この10年、20年の間に生まれた会社がそれに取って代わる。私は全くそのことに疑いを持っていません。5年から10年ぐらい遅れているけれど、やっとこれから日本はおもしろい時代に入ってきます。IPOなどの市場については、日本はかなりイケていると思います。
白井:この20年間、製造業が中心の日本では、新しいアイデア、サービス産業、プラットフォーマーを生み出すことにブレーキをかけてきました。
アメリカのグーグル、フェイスブック、アップルは全世界を対象にしている一方で、現状の日本のベンチャーの多くは日本を市場としています。今後10年、20年で、全世界を相手にするような、プラットフォーマーのようなサービス産業が日本から出てくる芽はあるのでしょうか。
藤野:その可能性は高いと思っています。経済界以外では既に起こっています。例えば、全米を驚かせた大谷翔平。ピッチャーとして先発した大谷翔平は、DHではなく2番バッターとして、先頭打者ホームランを打ちました。先発ピッチャーがホームランを打ったのは125年ぶりという歴史的快挙です。英語が非常に得意だとは聞いたことがありませんが、卓越した技術、精神力、肉体を持った人が現れ、アメリカで圧倒的な成果を出している好例でしょう。少し前には羽生結弦というスケーターが現れ、金メダルを総取りしました。日本の中で閉じた話ですが、将棋の世界でも藤井聡太という高校生が出てきました。私も将棋ファンなので、彼の将棋は毎回見ていますが、宇宙からおりてきたような手を指します。将棋ファンが熱狂するような手を打つ。でも、彼はまだ高校3年生です。
こういう人たちが出てきたのが、日本の大きな変化でしょう。まだ観測されていませんが、野球における大谷翔平のビジネス版が、日本でも数多く出てくるでしょう。若い世代でも、そういう新たな価値観をまとって、挑戦する人が出てきた。ゲーム、IT、AIなどの分野で、突出した天才が生まれてくる可能性は十分にあるでしょう。必要だからではありますが、英語でのチャットが普通になっている。日本の中でもその中で圧勝する人たちが出てきていますので、日本というベースの中からグローバルなプレーヤーが出てくる兆し、余地はあると思います。あくまでも状況証拠に過ぎませんが、出てくる背景は揃っていると感じています。
地球で生命が発生する過程では、有機物が生成するスープのようなものができ、それが一定の温度、時間の中で攪拌され、有機物が生命体になっていきました。今の日本にはまだ生命体が発見されていないかもしれませんが、そういうものが生まれるスープのようなものが日本の土壌にあると計測されているということだと思います。時間と刺激さえあれば、一定の確率でそういう人たちが出てくるでしょう。
白井:日本はアメリカには随分遅れているけれど、アメリカの起業ネットワークであるマフィアのようなものも徐々に育ってきている。今の日本に、励起状態、湧き立つようなイメージを持っていらっしゃるのですね。
藤野:カンブリア紀には生命の爆発が起こりました。カンブリア紀にたくさんの生命が生まれ、生命の爆発があり、その後の恐竜の世界へと導かれていく。今の日本は先カンブリア紀の最後だと思っています。これからカンブリア紀に入る。もしかしたら、カンブリア紀の初期なのかもしれません。恐竜が闊歩しているアメリカと比べると進化は遅いかもしれませんが、先カンブリア紀がまさにスタートして、アノマロカリスのようなものが海の中で泳ぎ始めているのが今の日本の風景でしょう。
これからやるべきことは、多種多様な生命体を世に送り込む力の強化と、進化のスピードを上げることです。カンブリア紀に生命の爆発があった理由は今も謎とされていますが、仮説の一つに「目の誕生」というものがあります。先カンブリア紀には目のついた動物がいませんでしたが、カンブリア紀には目のついた動物が生まれ始めたのです。そういった目の誕生が、日本でも起こっているのかもしれません。
これまで日本人は日本で閉じていました。中国、アメリカで起きたことの多くを知らなかったのです。私自身も1990年代にはアメリカのマーケットを見ることはほとんどなかった。ネットスケープの上場や、マイクロソフトがウィンドウズ95を出して株価が上がったというのは見ていましたが、米国株に投資するというのは変わった人であり、今のアフリカ株に投資しているような人に限りなく近いという時代でした。日本株とアメリカ株の連動性もほぼありませんでした。今ではニューヨーク市場が爆騰すると日本株はほぼ上がりますし、ニューヨーク市場が爆落すると日本株はほぼ下がります。以前の日本の会計基準はアメリカに比べると原始的で、どこに簿外債務があるかわからない、もしくは、どこに含み益があるのかわかりませんでした。アップル・トゥ・アップルで評価できませんでしたが、日本でも1990年代後半に時価会計が導入された。これでアメリカとほぼ同じクオリティで、決算短信、有価証券報告書を眺めることができるようになりました。アメリカ株と日本株の連動が起こったのが2000年頃です。
2000年から2020年にかけて、アメリカではGAFAMの勃興が起こった。日本は、遠目であったとしても、それを見ているのです。GAFAMが席巻し、日本の多くの会社が時価総額で劣後した。いまの若い起業家や経営陣の中には、それをしっかり目で見て、どうやって成長したのかをわかっている人たちがいます。
(本文敬称略)
(株価および時価総額は2021年6月2日時点のものです)