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2022.07.04 コラム

現代の松下幸之助を生め 投資家・赤浦徹が感じるベンチャー投資の醍醐味
「日本のペイパル・マフィア」第6回 赤浦徹氏(後編)

藤野 英人

6月1日配信<「起業家なんて胡散臭い」と言われた時代、私がベンチャー投資を始めたワケ>の続き

 ITを中心とする米国企業が上位を独占する世界の時価総額ランキング。なぜ米国では多様な新興企業が次々誕生できたのか――。そこにはトップ層学生がベンチャー起業への就職や起業を行い、そこで成功した起業家がのちの起業家を支援するというサイクルがあった。なかでも米電子決済会社PayPalの創設者であるピーター・ティール、イーロン・マスクらはその先駆者で、ベンチャー業界を大きく盛り上げる存在として「ペイパル・マフィア」とも呼ばれている。最近は日本でもやっとそのサイクルが回り始めたようだ。この連載では、投資家として長年企業を観察してきた藤野英人氏が位置づける「日本版ペイパル・マフィア」の人々を紹介する。

 私が「日本版ペイパル・マフィア」と位置づける人々について紹介していく本連載。3人目にご紹介するのは、創業期のベンチャーに特化して投資育成事業を行うインキュベイトファンドの代表パートナー・赤浦徹さんです。

 赤浦徹さんが代表パートナーを務めるベンチャーキャピタルのインキュベイトファンドは、会社だけでなく、多くのベンチャーキャピタリストをインキュベイトしてきました。赤浦さんのサポートを受けてベンチャーキャピタリストとして独立した人は20人を超えており、これは瞠目(どうもく)すべき排出数と言えるでしょう。

「現代の松下幸之助」を生み出せ

「私のミッションは『21世紀のソニー、松下、トヨタ、ホンダが生まれるきっかけを作る』ことです。自分で本田宗一郎や松下幸之助のような人を生み出すことにも大きなインパクトがありますが、そこから一歩考えを進めたとき、『本田宗一郎を生み出す人を作ることができれば、ねずみ算式にチャンスが広がる』と思いました。自分がベンチャーキャピタリストの独立を支援し、そのキャピタリストが本田宗一郎のような起業家を生み出してくれるなら、人生のミッションを効率よく達成できるでしょう。

 以来、これはと思った人に声をかけて『ファンドをやらないか』と口説き、お金を預け、やり方を教え、バックオフィス業務などは巻き取り、毎週ミーティングをして手取り足取り投資案件の判断などもアドバイスしながら全面的に支援してきました。

 さらに近年は、アソシエイトとして社会人4年目くらいの人を中途採用して育成しています。入社してもらうときは『最低3年は働いてください、でも5年は雇いません』と言っているのですが、実際、アソシエイトとしてインキュベイトファンドで働いた後にファンドを作って独立した人がもうすぐ10人になります」(赤浦さん)

新卒のキャピタリスト育成も

 現在、インキュベイトファンドでは新卒採用によるキャピタリストの育成にも取り組んでいます。新卒入社から3年ほどでアソシエイトに昇格させてトータル6〜8年ほどで独立してもらう計画で、2022年4月には新卒採用の2期生が入社したそうです。

 「ありとあらゆる研修制度を作って人材育成に注力しています。インキュベイトファンドの代表パートナーの1人であるポール・マクナーニは米コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーでキャリアを積んでいますから、マッキンゼー流の研修や人材育成の仕組みを取り入れることができているんです。ポールと新卒社員だけで1週間の八丈島合宿を実施したりもしているのですが、これは相当、ためになっているようです。

 もちろんOJTでもどんどん学んでもらいます。インキュベイトファンドではパートナー1人に対して2人のアソシエイトがつき、さまざまな投資案件に関与します。投資した会社がすべてうまくいくわけではありませんから、アソシエイトとして働いている日々の中ではさまざまな事件が起きるもの。ときには耐え難いような問題が起きることだってあります。その辛さを抱えながら、投資先の社長が四苦八苦して倒れそうになっているのをサポートしていかなければなりません。そして、支え切れるときもあれば力尽きてしまうこともある。支え切れなかったときにどうなるのか、自分ごととして経験する――それが一番必要なことではないかと思っています」(赤浦さん)

「次の時代をつくるのは自分たち」という使命

 そして、次の5つの質問にもお答えいただきました。

――日本にも、米国のようにベンチャーのエコシステムが発展していくと思いますか?

 スタートアップの調達金額を見ると、2021年は日本が8000億円のところ米国では36兆円にのぼっており、その差はおよそ45倍にもなります。しかも日本と米国の調達金額の差は、年々開いていっているんです。米国に追いつけるかといえば、それは難しいかもしれません。しかし日本でもベンチャーのエコシステムは発展しつつありますし、発展させていかなければならないことは間違いありません。「さらに発展させていくよう、頑張ります」という感じですね。

――日本のベンチャー市場の発展にエンジェルが果たしていくべき役割をどう見ていますか?

 日本は米国に比べてスタートアップの資金調達におけるエンジェルの存在感がかなり小さく、おそらく百分の一くらいしかないのではないかと思います。日本には個人金融資産が2000兆円もあるのですから、この資金をスタートアップに振り分ける方策が必要です。たとえば少額からエンジェル投資できるクラウドファンディングの仕組みやエンジェル税制などを機能させていくことが重要でしょう。

――今後、米国のペイパルマフィアのような、起業家とエンジェルを横断する勢力は形成されるでしょうか?

 私はジャフコ出身ですが、同じジャフコ出身のベンチャーキャピタリストには先輩の長谷川博和さんと村口和孝さんがいらっしゃいますし、私と一緒にファンドを立ち上げた穐田誉輝さんや電子商取引(EC)サイトに決済システムを提供するGMOペイメントゲートウェイ創業者の村松竜さん、サイト運営代行のメンバーズ創業者の剣持忠さん、ベンチャーキャピタル(VC)のリブライトパートナーズの蛯原健さんなど、当時のジャフコの投資第一部の同僚だけでも、起業して上場し、その後投資家になった人たちが大勢います。

 こういった勢力はジャフコだけでなく、リクルートやIBM、楽天、サイバーエージェントなどでも形成されているはずです。ペイパルマフィアと比較するのはおこがましいかもしれませんが、過去20年ほどで日本にも起業家と投資家のコミュニティができてきていることは間違いありません。

――ベンチマーク、もしくはウォッチしている人や組織、団体を複数教えて下さい。

 独立系ベンチャーキャピタルの活動はウォッチしています。中でもUTEC(東京大学エッジキャピタルパートナーズ)のように、インキュベイトファンドと戦略が異なるテクノロジー系のベンチャーキャピタルが面白いと感じます。

 それから元コロプラ社長で個人投資家の千葉功太郎さんの取り組みは斬新ですね。起業家として大成功している天才が投資をしたらどうなるのか、注目しています。シンパシーを感じるのは、サイバーエージェントです。ベンチャーキャピタルとしてのやり方は我々とはまったく異なりますが、世の中の流れを捉えながらゲームや金融などの事業を作り、「ネットで狂った者勝ち」の時代を共に過ごした感覚があります。

――あらためて伺います。エンジェルやベンチャー投資の魅力は?

 一言で言えば、世の中を変えるということです。「自分たちがいなければこうはなっていない」というイノベーションを起こすのが、ベンチャーキャピタル。「次の時代をつくるのは自分たちなのだ」ということが一番の醍醐味であり、使命であり、私がやりたいことです。

【赤浦徹さんプロフィール】
インキュベイトファンド代表パートナー
91年に新卒で日本合同ファイナンス(現ジャフコ)に入社。8年半にわたり投資部門に在籍し、前線での投資育成業務に従事する。99年に独立し、インキュベイトキャピタルパートナーズを設立しベンチャーキャピタル事業を開始。以来、一貫して創業期に特化した投資育成事業を行う。2010年にインキュベイトファンドを設立。2013年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。2015年7月より常務理事、2017年7月より副会長、2019年7月より会長。

藤野 英人

レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役 会長兼社長 最高投資責任者(CIO)
野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)、ジャーディンフレミング(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。「ひふみ投信」シリーズファンドマネージャー。 投資啓発活動にも注力する。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。一般社団法人投資信託協会理事。

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