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2023.05.23 経済金融

「チャイニーズドリーム」を体現したジャック・マーの野心と誤算
「アリババ帝国」の盛衰と再興(1)

加藤 嘉一

 中国を代表するテック企業、アリババ・グループは、創業者ジャック・マーと共に、中国の成長と若者の夢を体現してきた。2014年に当時、史上最大の調達額となるIPO(新規株式公開)を果たし、政府との二人三脚で成長してきた。だが、マーは徐々に当局批判のトーンを強め、政府は過度なレバレッジ(借り入れ)に依存する同社のビジネスモデルを問題視し始めた。規制強化を受け、金融子会社のIPOは直前で延期された。そうしたなか、アリババは今年3月、事業を6分割すると発表した。中国政府にとってマーやアリババは危険な存在なのか、国家成長の牽引役か。本稿では2回にわたり、マーや関係者の声を拾いながら、マーとアリババの盛衰とこれからについて考える。

 ――人々が不便に感じているところ、そこにビジネスチャンスがある。

 アリババ・グループの創業者ジャック・マー(馬雲)の商業魂である。それは、「世の中から難しい商売をなくす」というアリババの社是にもつながっている。1999年に創業したアリババは、電子商取引(EC)企業としてスタート。その後、クラウド、電子決済、金融、物流、エンターテインメントなど幅広い分野で事業を拡大してきた。

 中国国内で8億人以上が利用しているとされる電子決済サービス「支付宝」(アリペイ)は、人々の生活には必要不可欠であり、個人信用評価システム「芝麻信用」(ゴマ信用)は、人々の国内外における信用を担保する。例えば、信用度が高いユーザーは、「国内出張した際にホテルのチェックインが優遇される(アーリーチェックインができる、デポジットが免除になるなど)」「海外で観光した際にお得なクーポンがついてくる」といった具合だ。アリババが提供するサービスは、中国経済社会にとってのエコシステム、基幹インフラであり、国を代表する最先端のイノベーションを牽引してきた。

 アリババは、創業15周年に当たる2014年9月、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場。当時としては史上最大の調達額となるIPOだった。19年には香港証券取引所にセカンダリー上場(既存の上場企業が追加的な株式を発行して他の取引所に上場すること)、22年にはプライマリー上場(NYSEとの重複プライマリー上場)を果たしている。

「普通の子」から史上最大のIPOへ

 筆者は2003年から2012年を北京で過ごした。時は胡錦涛(国家主席)・温家宝(総理)政権。北京夏季五輪(08年)、上海万博(10年)に向かって、国家全体が「改革開放」「市場経済」といった大義名分の下、押せ押せムードで、ある意味「なんでもあり」だった時期である。経済成長にはそれが必要だった。社会全体は、現在の習近平政権よりも開放的、包容的だった。中国にも、VPN(仮想プライベートネットワーク。インターネットの接続規制が厳しくても、VPNを利用して海外等のサービスを利用できる)なしでユーチューブやフェイスブックにアクセスできる時代があったのだ。

 ジャック・マーは、そんな時代に20、30代を過ごした若者たちにとって英雄的存在だった。上海市の南、浙江省杭州市で生まれ、普通の家庭で育った。幼い頃から英語に興味を持ち、地元のホテルに出向いて外国人を見つけては、英語力を試す日々を送っていた(マーの卓越した英語プレゼン能力の起源は幼少時代にあるようだ)。ただ、学業の成績はふるわず、浪人してようやく杭州市範学院(現・杭州師範大学)英語科に入学、卒業している。

 そんなマーが35歳の時に創設したのがアリババであり、わずか15年で史上最高額のIPOを達成した。まさに夢物語であり、多くの野心的な中国人起業家、成り上がりたい学生がマーの活躍ぶりを羨望(せんぼう)のまなざしで見ていた。中国では、さまざまな著者により、『馬雲の人生哲学』『馬雲内部演説』『馬雲伝』といった出版物が次々と出された。全国各地の空港を訪れるたび、書店ではマーが経営や起業を語り尽くす映像が頻繁に放映されていたのを覚えている。

政府とは「持ちつ持たれつ」

 後述するように、アリババとジャック・マーはその後大変な困難に見舞われることになるのだが、筆者の理解では、マーは初志を貫徹している。それは、アリババ・グループが提供する全てのサービスは、激動の時代を生きる、数々の制度的不平等・不公平に苦しむ中国人の生活が少しでも便利になるためにある――というものだ。

 実際に、アリババが提供するサービスは、人民の生活向上を目指す中国政府の政策とも密接に関わってきた。2014年10月31日、李克強首相(当時)は、中国共産党の権力の中枢である中南海にマーら実業家を招待し、経済情勢をテーマに座談会を主催した。その席で、マーは李に次のように主張している。

 「タオバオ(アリババが運営するオンラインモール)には2万5000人の従業員しかいないが、タオバオで店舗を開く900万の会社にサービスを行っている。その中で、アクティブストア(実際に稼働している店舗)は300万社以上。今年、タオバオが中国全体の社会消費小売総額に占める割合は10%を超える見込みだ」

 これに対し、李は「900万社か。それは少なくとも1000万以上の雇用をもたらす。それに、物流や宅配を含めれば、さらに多くなるな」と返答した。この座談会がマーの主導する「ダブルイレブン」(W11=11月11日。「独身を祝う日」)の直前だったこともあり、マーは李に、自らが「中国消費者の日」と定義づけたダブルイレブンのイベントについて説明。当日だけでタオバオでの販売額が300億元を突破する見込みだと語った上で、「首相、これは伝統的なビジネスモデルでは考えられない光景ですよ」と踏み込むと、李は、「あなたは(W11のイベントによって)消費の時点を創造している!」とマーとアリババの功績を称賛している。

 マーが「私たち民営企業家は、政府からもっと信頼されることを望んでいる」と言うと、李は「今日、あなたをここに招いているという事実が、われわれの信頼を代表しているではないか。民営企業家に対して、政府は信じるだけではなく、頼らなくてはならない!」と返している。

 マーは、政府の首長である李克強が関心を持つ消費や雇用という分野で手を差し伸べながら、「政府ができないことを民間企業がやっている。だから自分たちのビジネスの邪魔をしないでほしい、温かく末永く見守ってほしい」というシグナルを送っているように見えた。

 マーは2019年にアリババ会長の職を退き、ダニエル・チャン(張勇)CEOを後継に据えた。マーは20年に取締役も退任し、経営の表舞台から離れたが、創業者として内外に影響力を及ぼし続けた。

金融子会社のIPO延期を招いた2つの理由

 2020年11月3日、筆者は米ワシントンD.C.で大統領選挙の取材をしていた。米国が新政権になって中国との関係がどうなるかにも注目していたが、太平洋の対岸のビッグニュースを、米国の首都で知ることになるとは思いにもよらなかった。上海証券取引所が、2日後に予定されていたアリババ傘下の金融会社アント・フィナンシャルのIPO延期を発表したのだ。

 仮に上場が実現すれば、アントの資金調達額はIPO史上最大の345億ドルに達する見込みだった。それが突然延期になった背景・理由は、大きく2つあったと筆者は考えており、アリババやマーのその後の運命を検証する上でも極めて重要である。

 一つ目が、マーの振る舞いである。アントIPO直前の10月24日、上海市で開催された第2回外灘金融サミットで講演したマーは、次のように発言した。

 「中国金融にシステミックリスクは存在しない、なぜならシステムがないからだ」

 「政策と文書は異なる。昨今、これをしてはいけない、あれをしてはいけないという文書が多すぎる。政策というのはメカニズム設計であり、発展を奨励すべきものだ。今日必要なのは政策の専門家であり、文書の専門家ではない」

 「多くの監督管理組織は、任務を遂行する過程で、自らの組織にはリスクがなくなる一方で、経済全体にリスクを生んでしまったのだ。経済全体が発展しなくなるというリスクだ」

 その一方でマーは、自身やアリババがいかにイノベーションを重視し、新しいことに挑戦してきたかを強調しつつ、「昨晩、私は上海でアント株の売り出し価格を決定した。これはニューヨーク以外で初めて成し遂げた、とてつもなく規模の大きいIPO価格だ」と高らかに宣言したのだ。中国経済の持続的成長に必要なのは、金融当局ではなく、自分たちなのだと言っているに等しい。

 当局を敵に回す発言と取られても不思議ではないし、前述のマーと李首相の間に流れていた「持ちつ持たれつ」の関係を一方的に壊す振る舞いに映る。これによって、これまでアリババやマーのビジネススタイルを擁護、支持してきた党・政府内の「改革派」が、「保守派」に押されてしまい、彼らをかばいきれなくなった。

 もう一つの理由が、金融管理当局による規制強化である。マーは2020年8月25日に上海と香港の証券取引所にIPO申請を提出し、受理され、11月の上場を狙っていたが、当局の政策変更が「壁」となった。具体的には、11月2日午後に意見募集(パブリックコメント)が始まった、中国銀行保険監督管理委員会と中国人民銀行(中央銀行)が連名で公表した「インターネット小額貸付業務管理暫行弁法」という公式文書である。

 細かい話になるが、金融当局は以前からアントの資金調達手法を問題視してきた。アントは、中小企業や個人に貸し付けた小口の債権を束ねた資産担保証券(ABS)を発行して、巨額の資金を調達してきた。これは当局の規制や監視をかいくぐりつつ、利潤を最大化する常とう手段だったが、小口債権を基に証券化商品を発行してレバレッジ(借り入れ)を高める手法は、米国のサブプライムローンのようなリスクがあると当局は危惧していた。

 当時、そのABSの基となる小口債権の残高は2兆1000億元に達していたが、実際には融資金の大半を提携銀行が拠出しており、同社の自前資金による融資はわずか2%だった。前述の公式文書では、共同融資の最低比率は30%と定められており、アントは現行のビジネスモデルの修正を余儀なくされた。

当局はビジネスモデル自体を問題視

 上場延期を巡るトピックを時系列で整理したのが図である。ただ、11月2日午後に発表された公式文書が、マーの上海演説を受けて、アントの上場を防ぐために起草された可能性はゼロだ。この手の文書は短くて数週間、長ければ数カ月をかけて、関連当局の間で意見をぶつけ合い、修正に修正を重ねて仕上げていくものである。そう考えると、アントIPO延期にとっての決定的要因は、マーの上海演説そのものというより、アントのビジネスモデルだった――というのが筆者の分析である。

10月24日中国金融当局を批判したジャック・マーの上海演説
11月2日午前4つの金融当局(中国人民銀行、証券監督管理委員会、銀行保険監督管理委員会、国家外貨管理局)がマーらアリババ幹部を召喚し、業務指導、命令を伝達
11月2日午後『インターネット小額貸付業務管理暫行弁法』(パブリックコメント)公表
11月3日アント・フィナンシャルの上場延期決定を発表
(出所)筆者作成

 そして、アントIPO延期という「結末」は、ジャック・マーの身の振り方、アリババ・グループ創業後最大の組織改革である「6分割」につながっていくのである。

(第2回に続く)

写真:AP/アフロ

加藤 嘉一

楽天証券経済研究所 客員研究員
1984年静岡県生まれ。北京大学国際関係学院学士、修士。米ニューヨークタイムズ中国語版コラムニスト、香港大学アジアグローバル研究所兼任准教授などを歴任。トランス・パシフィック・グループ株式会社取締役兼研究所長。日本語での書籍に『中国民主化研究:紅い皇帝・習近平が2021年に描く夢』(ダイヤモンド社)など。