本稿は、諸刃の剣の法律戦-米中対立の新たな側面-(1)の続編となる。
米中が互いを主対象とする法律の制定に踏み切ったことは、両国の「法律戦」という側面がある。とかく不透明性が指摘されている中国の意思決定では政府裁量の幅が極めて広いとはいえ、準拠する法律を制定することには無用な疑心暗鬼を避けるという効果があり、「法治国家」であることをアピールすることができる。2020年6月30日に、国際社会の反対を押し切って「香港国家安全維持法」を制定したのも、今回と同様、法律に基づき国家を統治するという意識の表れであろう。
一方で米中両国が、互いを視野に入れた法律を制定したことは、それぞれの政府の行動を制約するという側面も指摘できる。新疆ウィグル自治区における人権侵害を理由に西側諸国が中国に科している経済制裁に、中国政府が何の手も打たなければ、中国国内で「わざわざ法律を作ったのに何もしないのか」との批判が高まるであろう。
アメリカにおいても、あからさまに中国を脅威とし、警戒感を高める法律の存在は、政府にとって中国と何らかの妥協が必要な場合の障害となるであろう。パンデミック対処や環境問題といった地球規模の協力が必要な問題でさえ、米中対立が影を落としてくる可能性もある。アメリカ政府にとって、外交政策選択の幅を狭める危険性があると言えよう。「法律戦」にはこのように「諸刃の剣」の面があることを理解すべきである。
米中で制定又は制定が進められているそれぞれの法律は、日本にも大きな影響がある。2021年3月、アメリカ、イギリス、カナダとEUは中国新疆ウィグル自治区での人権侵害に対し、自治区の当局者らの資産凍結や渡航禁止などの制裁措置を発動した。
これに対し、日本政府は制裁に関して慎重な姿勢を示し、中国には状況の改善に向けた行動を促していく方針である。この理由として、中国と地理的に近く、経済的結びつきが強いことに加え、人権問題を理由に制裁を科す法律が存在しないということが挙げられている。中国が「反外国制裁法」に基づく報復措置をアメリカやEUに行い、日本を除外した場合、日本は極めて厳しい立場に立たされることとなる。
日本以外のG7が中国新疆ウィグル自治区における人権問題に関連し、経済制裁を行っている状況下で、6月11日から行われていたG7サミットで中国に対しどのようなメッセージが出されるか注目された。6月13日に採択された共同声明では、香港と新疆ウィグル自治区について、中国に「人権と基本的自由を尊重する」ことが求められた。G7首脳会談に先立って行われたG7外相会談では「重大な懸念」とされたのに対し、やや後退した表現となっている。これは、中国の影響力に配慮せざるを得ない国が日本以外にも複数存在することの証左であり、中国との対話の道を残したということができるであろう。
G7サミット共同宣言には、「台湾海峡の平和と安定の重要性及び両岸問題の平和的解決」に加えて、「東シナ海及び南シナ海における状況を引き続き深刻に懸念し、現状を変更し、緊張を高めるあらゆる一方的な試みにも強く反対する」という文言が明記された。G7の中で最も中国に近く、東シナ海において中国の圧力を受けている日本にとって、G7が結束しメッセージを出したことは大きな後ろ盾となる。
一方、新疆ウィグル自治区における人権問題に対して、日本が「該当する法律がない」ことを理由にいつまでも傍観者であることは許されない。日本が交渉をつうじて状況の改善を促すという言葉どおりに、何らかの具体的成果をあげることができなければ、西側社会において「いいとこ取り」という意見が高まり、国際的孤立状態に陥る可能性がある事を肝に銘じなければならない。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。