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2021.04.30 対談

ペニンシュラ・クエスチョン:地政学、地経学がこびりつく朝鮮半島
『実業之日本』と地政学(7-3)船橋洋一編集顧問との対談:地経学時代の日本の針路

白井 一成 船橋 洋一

ポストコロナ時代の日本の針路

「国力・国富・国益」の構造から見た日本の生存戦略

ゲスト
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

白井:船橋先生のご著作である『歴史和解の旅』(朝日選書)を拝読させていただいたのですが、とりわけ近年、イデオロギーの操作が政治の道具になってきたということを改めて痛感しています。歴史問題が噴出するという点につきましては、日本にとって朝鮮半島の難易度の高さが特に際立つように感じられます。いったい、我々はどのように付き合っていけばよいのでしょうか。

船橋:歴史問題にどのように付き合っていけばいいかーーこれは、冷戦後の日本の政治と外交のもっとも大きな挑戦の一つであり続けています。

今世紀に入って、それは「歴史戦」という言い方に示されるように地政学的なパワー・ゲームに絡めとられ、また、それ自体が地政学的パワー・ゲームを引き起こすという形で、熱を帯びた外交テーマとなっています。とりわけ戦争と戦場の性と民族浄化と植民地と奴隷をめぐる「記憶」が歴史問題化しやすく、日本の場合、中国と韓国、そしてアジア太平洋の国々との関係が緊張をもたらします。
地理と歴史と民族が尖がった争点となりやすい地政学の時代は、歴史問題が政治化し、外交問題化しやすい時代でもあり、日本は慎重に、かつ賢明に、この問題に対処していく必要があります。
その際、歴史は消そうとしても消えないということと、相手の言い分に耳を澄まし、対話をし続ける姿勢で臨むべきです。日本の戦前の侵略と植民地化に対する近隣諸国の人々の記憶と感情には襟を正して向き合うことが大切です。2015年の戦後70年の「内閣総理大臣談話」で述べられているように、「国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げる」気持と姿勢を私たちは持ち続けるべきだと考えています。
よく「過去の克服」とか「歴史に対する責任」と言いますが、これらの言葉は怖い言葉です。双方ともその必要性はわかるものの、一人の人間が負うことのできる、そして負うべき責任の範囲をはるかに超える超人的なことを個々人に求めているようにも思えるからです。戦後の西ドイツのリヒアルト・フォン・ワイツゼッカー大統領は1985年の戦後40年周年の際、ドイツ議会で「荒れ野の40年」と題する演説を行いました。

そこで、彼はこう言っています。
「一民族全体に罪がある、もしくは無実である、というようなことはありません。罪といい無実といい、集団的でなく個人的なものであります」
「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません」
ワイツゼッカーのこの思想はドイツと同じように歴史の負の遺産を背負っている日本にとっても重要な示唆を与えています。実際のところ、安倍政権の時の「内閣総理大臣談話」もこのワイツゼッカーの思想とほぼ同じ考え方を表明しています。
「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
日本の国民全体が、韓国の国民全体に罪を負っているということはありません。謝罪をし続けなければならないということではありません。

しかし、ワイツゼッカーはこの言葉の後で、次のようにも言っています。
「罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けなければなりません。全員が過去からの帰結に関わり合っており、過去に対する責任を負わされているのであります」
「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」
戦後70年の「内閣総理大臣談話」も、先の文章の後で、こう続きます。
「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」
私たちが朝鮮半島の人々と接するとき、心しておかなければならない姿勢もこういうとことであることを忘れないことが出発点と言えます。
その上で、日本と韓国の間にわだかまる歴史問題にいかにして対応していくべきか、現実的にとらえていく必要があります。

白井:慰安婦問題や徴用工問題も蒸し返されています。2015年12月に朴槿恵政権と安倍政権との間で慰安婦合意が実現しました。しかし、その後登場した文在寅政権のもとでは、慰安婦の話を十分に聞いていない、手続きに問題があるとしてやり直せという話になりました。徴用工の問題も、日本は基本条約とその協定で決着とし、韓国も「我々が処理する」としました。それにもかかわらず、韓国の最高裁は、日本の企業からしっかり取り立てろ、徴用工に支払うように、という判決を出しました。三権分立のため政府としてはどうにもできないというのが向こうの言い分かもしれませんが、外国との協定を全てご破算にしようとする隣国とどのように付き合うことができるのでしょうか。

船橋:交渉で合意した事柄を守らないというのは重大な信義違反です。条約や外国との協定より国内の裁判所の判決が上ということでは、どの国もそうした国とは条約も協定も合意も結ぼうとはしないでしょう。それでは国と国の関係が成り立たない、少なくとも持続することができなくなってしまいます。国際秩序に対する不安定要因となります。

白井:ロー・ダニエル氏の『「地政心理」で語る半島と列島』(藤原書店)は、日本は山が多い村社会であった一方、韓国は平野が多いという地形の差があり、このような地政心理が国民性を規定しているとの考え方から、朝鮮半島と日本列島の関係を読み解いています。
とはいえ、世論調査でも、両国ともにお互いを悪く見る向きの方が優勢です。また、韓国による日本への印象は大きく悪化しています。日本と韓国との関係はどうしてここまで難しいのでしょうか。

船橋
戦後に限っても、日韓関係というのは難しくなかったときがほとんどありません。1952年の「海洋主権宣言」では、李承晩大統領が「李承晩ライン」を設定し、同ラインの内側の広大な水域への漁業管轄権を一方的に主張するとともに、そのラインの内側に竹島を取り込みました。1973年の韓国中央情報部(KCIA)による金大中拉致事件は、日本の主権をまさに蹂躙するものでした。日本と韓国の関係は、ずっと緊張してきた。むしろそちらの方が常態だったということでしょう。

次に、日韓関係に横たわる地政学的な背景を理解しておく必要があります。
一つは中国との関係、次が北朝鮮との関係、最後が日韓のパワー・バランスです。

中国が経済超大国になるにつれ、韓国はさらに中国の経済力の磁力に引き寄せられて行っているように見えます。経済での日本離れが進んでいます。韓国の文在寅政権が典型ですが、韓国の左の政治勢力は北朝鮮との融合と統一を夢見ています。左のナショナリズムといってもいいと思います。日本は心理的、情念的に南北“共通の敵”として名指しされることになりかねません。そして、冷戦後の日本の長期にわたる停滞、つまり日本の「失われた時代」を経て、日韓のパワー・バランスが変化してきたことです。韓国にとって日本はかつてのような大国でも先進国でもありません。パワーを増せば、それまで手に入れなかったものを手に入れよう、取り戻そうという気持ちになります。そもそも、1965年に日韓基本条約を締結した際も、韓国は不本意だったわけです。日本からもっと取りたかった、日本にもっと謝らせたかったのですが、当時の日本の国力がはるかに上だったし、日韓の関係を正常化させたいアメリカの戦略的意思と存在感のことも配慮せざるをえなかった。韓国は我慢せざるを得なかったのですね。つまり、日韓基本条約は無念の産物なのです。

白井:確かに韓国と比べると、当時の日本は圧倒的に大きな国力を有していました。韓国にとって日本は随分と大きい国に見えたのでしょうね。しかし、時が流れるに連れて、圧倒的な国力と言いづらくなってきたのかもしれません。一人当たりGDPの格差もかなり縮小しています。

船橋:その点が最も重要な点だと思います。確かに韓国は力をつけました。日本の背中が見え、そして追いついた。サムソンは既にはるかに日本のライバルを抜いている。K-POPもJ-POPよりモテている。自信をつけた韓国にとって、日本は小さく見えてきたのでしょう。2012年8月、李明博大統領は、韓国の大統領として初めて竹島に上陸しました。その前に「日本はかつての日本と違う、あんなにもう大きくない」と言い、上陸後には「国際社会での日本の影響力も以前とは違う」と述べました。ここに象徴的に表れています。
李明博は保守の政治家です。冷戦時代は、日韓は反共保守同士のそれなりの連帯がありました。冷戦後、その紐帯を喪失し、右も左も「韓国は強くなったのだから、再交渉して日本から取り戻すべき」という、“取り戻せナショナリズム”なのでしょう。国としての名誉も正義も国民個々人の奪われた権利も”取り戻せ“ということなのだと思います。

白井:中国の態度も気になるところです。バイデン新大統領との電話協議を待ち侘びた文在寅に対して、1月26日に電話をかけたのは習近平であり、バイデンとの電話は2月4日でした。海外に拡張しようとする中国にとって、ユーラシアの一番東にあるのは朝鮮半島であり、西側諸国との最初の接点は韓国です。日本にとって、韓国の存在が防波堤になっているという意味合いは大きいのでしょうが、最近の韓国はアメリカにつくのか、それとも中国につくのか、どっちつかずの状況のようにも見えます。

船橋:韓国には、中国とは「特別な関係」を結びたい、できれば日本、さらにはアメリカに対しても“中国カード”を使いたい — 米中の間の「戦略的バランサー」になりたいという夢想もひところ、聞かれました — という気持ちがあるのでしょう。ただ、現実は、そんなに甘くない。中国は韓国と「特別な関係」を持ちたいとは思っていない。中国の戦略的意図は、北朝鮮を日米同盟に対する緩衝国家とし、米韓同盟を中和化し、経済的には従属国にさせようということでしょう。現に、THAADをめぐって韓国はイヤというほど中国に威嚇されました。経済的には中国は鉄鋼や造船、さらには自動車など韓国の国際的競争優位を根こそぎ突き崩す最大の脅威となりつつあります。

ただ、こういう地政学と地経学の巨大な変化の時代だけに、実は、日韓が手を握ったときにどれだけ大きなレバレッジをそれぞれの国が持つことができるのかということも冷静に見ておく必要があります。いまの文在寅政権が相手では難しいかもしれませんが、そのオプションを探求し続けることは大切だと思います。日韓で安定した関係を作っていくことが重要です。中国の場合、歴史問題はそれこそ「歴史戦」として地政学的に使ってきます。しかし、韓国の場合、それは「歴史戦」というより国内政治と国民情念のほとばしりのようにも見えます。中国とは「合意なき合意(agree to disagree)」の裏芸ができるが、韓国の場合、それは難しい。政権が変わるとすべてちゃぶ台返しになってしまう。日韓の連携には、双方とも強靭な国内政治の裏打ちが必要です。日韓双方ともに大きな政治が求められるのです。

(本文敬称略)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

船橋 洋一

ジャーナリスト、法学博士、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 理事長、英国際戦略研究所(IISS) 評議員
1944年、北京生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。

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