本稿は、見えない手にどう対抗するか-中国の影響作戦-(1)の続編となる。
クライブ・ハミルトン、マレイケ・オールバーグ両氏の共編である、『Hidden Hand(見えない手):中国共産党は世界をどう作り変えるか』には、中国共産党による影響力拡大に関する手法が詳しく述べられている。興味深いのは、米国の中国ウォッチャーであるリチャード・バウム氏による、中国共産党が考える外国人のカテゴリーの紹介である。1番目のカテゴリーが「友人」であり、中国に同意してくれるグループである。2番目が「友好的な人物」であり中国との経済関係が深いビジネスマン等が該当する。3番目のカテゴリーは「中国を愛しているが、中国共産主義の悪徳を全て知っている人」であり、学者やジャーナリストのグループである。4番目が「中国を愛しているが、中国共産党を嫌っている人」であり、最後が「中国を知らない、又は興味が無い人」である。影響作戦のターゲットは1、2及び5番目のグループであり、4番目は明らかな敵、3番目は影響作戦がつうじない層と中国共産党は考えている。1番目のグループは中国の国際的地位や注目度を示す際に、中国に好意的なコメントを寄せる例が多い。今年1月の解放軍報は、「ダボス会議」に先立つオンライン首脳会議での習近平主席の演説を、国際労働機関(ILO)の事務局長を始めとして、世界各国から13人の有識者が高く評価したと伝えている。明らかに中国が資金を提供している名前に中国が付いた研究所や友好協会の会長に加え、『Hidden Hand』で、中国の影響力下にあると名指しされている、英国「48クラブ」の会長が含まれており、ハミルトン氏の分析能力の高さが垣間見える。
2021年4月17日の対面形式による日米首脳会談後に公表された共同声明には、中国の威圧的な行動に懸念を共有し、不法な海洋権益の主張及び行動に反対することに加え、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促すとの表現が盛り込まれていた。台湾への軍事的圧力を強化しつつある中国にとって受け入れることのできない内容であり、今後中国が日米のデカップリングを目指して、日本に対して圧力を加えてくる可能性が高い。2021年4月17日付の解放軍報は、早速日米共同宣言を、中国国内問題への干渉及び主権の侵害と位置づけ、批判する中国報道官の談話を公表している。
日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、前述した第2グループである「中国に友好的」な層に所属する人間が広く存在する。大企業のオーナーや社長も多く含まれており社会的、政治的影響力も大きい。もちろん、それぞれに立場の違いがあり、「中国と友好的であることを余儀なくされている」人間も多いであろう。しかしながら、この層は経済的メリットを与える代わりに中国寄りの発言や言動をとらせることが容易であり、中国の「見えない手」がはりめぐらされている可能性は極めて高い。
『Hidden Hand』の編者の一人であるハミルトン氏は、同書の日本語版発行に寄せて、中国の影響作戦に対峙するための日本の障害は、経済界であると明白に述べている。日本の主権と安全保障よりも中国との経済関係強化を重視する層に、中国が影響力拡大のための触手を伸ばし、そしてその層が持つ経済力が政治を動かす力となることが危惧されている。ハミルトン氏は、中国の影響作戦に対抗するためには、マスメディアが中国の影響作戦の実態を暴き、国民の意識を高めること、そして政府に、国のGDP拡大よりも主権や安全保障の方が重要だと明確に意識させることだとしている。
今回の日米共同宣言は、現在の国際秩序維持のために、日米が協力して中国と対峙していくという姿勢を明白に示したものと高く評価できる。しかしながら、重要なことは具体的施策である。高い理想を掲げつつも、中身が無ければ意味は無い。今後中国が、日米合意の空洞化を図るために、日本全国に張り巡らせていると思われる影響力を行使し、南西諸島における自衛隊基地の拡充等の対中抑止力向上を阻害することが予想される。ハミルトン氏が指摘するように、それらの工作をつまびらかにしていく事が重要となってくるであろう。
「見えない手」と対抗するためには、マスメディアをつうじ、その手を見えるような状態に置く事が一番の対抗策であろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄 防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。