米国家情報長官室は4月13日、米国及び同盟国に対する脅威に関する年次報告書を公表した。同報告書は、米国の18個にも上る情報機関の評価を元に作成され、毎年上下院の情報委員会に提出される。米国家情報長官が行う脅威評価は、政権が進める政策と異なる事もあり、毎年その内容に注目が集まっている。2019年1月には、当時の国家情報長官であったダン・コーツ氏が、同年2月末に開催が見込まれていた米朝首脳会談に先立ち、「北朝鮮が核兵器を完全に放棄する可能性は低い」との見方を示し、トランプ前大統領の不興を買っている。このためか、2020年の脅威評価は公表されていない。
今回の報告書は、2021年に直面する脅威として、COVID-19感染拡大に伴う世界の不安定化、大国間競争の激化、環境破壊・気候変動、力をつける非国家主体の活動及び技術革新をあげている。アブリル・ハインズ国家情報長官は、4月13日に実施した議会報告において、権威主義国家である中国を最大の脅威と評価、自国に都合のいい世界秩序を構築するために、あらゆる分野で米国に挑戦してきていると警戒感をにじませている。脅威の対象国家として、中国に並びロシア、イラン及び北朝鮮が挙げられている。
今回目を引いたのは、それぞれの国家の脅威を評価する指標の一つに、軍事力や宇宙やサイバーと並んで、情報活動、影響作戦(Influence Operation)及び選挙への干渉及び妨害(Elections Influence and Interference)の項目が付け加えられたことである。米国が影響作戦の脅威を認識したのは、2016年の大統領選挙におけるロシアの活動であった。選挙当時から、ロシアが大統領選挙に干渉していると報道されていたが、ロシアが干渉したと米国が正式に判断したのは、2020年4月であった。超党派で構成された米上院情報委員会は、2016年の大統領選挙にロシアが介入し、共和党候補のトランプ氏を支援したという米国情報機関の評価は正しいと結論付けた。ロシアの介入を裏付ける証拠は開示されなかったが、報道によれば、ロシアの影響力にあると見られる勢力が、民主党選挙対策本部のネットワークに侵入し、データを窃取したことや、フェィクニュースをSNS等で拡散したことが伝えられている。米国はこの事件を極めて深刻の問題ととらえており、国家が主体となった脅威に分類したものとみられる。
今回の報告書では、中国が影響作戦として、自国の影響圏と考えている東アジアや西太平洋において、米国への信頼を低下させ、米国のコミットメントへの疑念を拡大させようとしていることが指摘されている。さらに米国内においては、中国に好ましい政策決定に誘導するような政治環境を形成し、中国の利益に反する政治家に圧力を加え、宗教の自由や香港における民主主義への圧力といった中国への批判を弱めるような努力を強化しているとしている。
ロシアは、米国にとって情報上の最大の脅威と結論付けられている。西側国家間の分断を図るとともに、2016、2018及び2020年の選挙に介入することにより、米国内の分断を図り、米国政策決定へのロシア影響力を拡大しようと考えていると分析している。
イランの影響作戦については、サイバー環境を利用し、フェイクニュースや米国選挙システムがいかに非民主的であるかとの噂を拡散させ、2020年の大統領選挙に影響を与えたとしている。
米国国家情報長官が、中国やロシアによる影響作戦を、軍事的脅威と同等に、国家として取り組むべき脅威と明確に認識していることに注目が必要である。しかしながら、国家による影響作戦がどの様なものであるかについての明確な定義は存在しない。米国ランド研究所は、「影響作戦」を「情報作戦」と同義と捉え、軍事的作戦の一つと分類している。一方で、中国の「一帯一路」政策に伴う経済的進出とそれに伴う債務の拡大を影響作戦として捉える見方も存在する。今回の、米国家情報長官の年度脅威報告では、人類として取り組むべきCOVID-19感染拡大に伴う国際秩序の崩壊を米国が直面する脅威としており、米国や同盟国といった国家単位ではなく、人類に対する脅威までを含める極めて広い範囲で脅威をとらえる傾向がある。今後、国家の行う影響作戦も、政治、経済及び文化といった幅広い分野に及ぶ脅威との認識が広がってくるであろう。
サンタフェ総研上席研究員 末次 富美雄 防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社において技術アドバイザーとして勤務。2021年から現職。
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