岸田新総理で漸く始まる我が国の戦略(NSS)見直し(元統合幕僚長の岩崎氏)

2021.10.26

岸田新総理で漸く始まる我が国の戦略(NSS)見直し(元統合幕僚長の岩崎氏)
Japanese Prime Minister Fumio Kishida speaks during a news conference at the prime minister's official residence in Tokyo, Japan October 14, 2021. Eugene Hoshiko/Pool via REUTERS

岸田新総理大臣は国会での所信表明演説で、2013年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略(NSS; National Security Strategy)」の見直しに着手する旨を述べられた。

私は7年前の統幕長時代に、我が国が初めて成文化したNSS策定に係る事が出来た。これまで我が国には、安全保障に係る戦略がある様で無かった。ある様で無かったとは、安全保障に関係する人たちの中で、ある種の共通概念があったことから、あると言えばあるとも言えた。ただし、総論で一致していても、各論になれば違っている事は多々あった。安倍総理は、このことを大変気にされ、強いリーダーシップのもとで策定作業を命じ、一年で策定した。この第1回目のNSSは、大変素晴らしい内容であったと考えている。

私は、この種の戦略は、その時々の戦略環境に鑑み、随時見直しをしていくべきものと考えている。この世の中に「不磨の大典」はない。時代の変化に適応できるよう変化させていくべきものである。私は、何も過去のものを全て変えるべきと言っているわけではない。引き続き守るべきことも多くあろうし、将来の繁栄の為には、私たち自身が過去から脱却しないといけないことも多々ある。私はNSS策定以降の国際環境や我が国の国内事情等を常に見ていて、NSS策定当時の環境と明確な変化が見られ場合、NSSは見直すべきと考えていた。特に我が国が2015年「平和安全法制」制定以降、このNSSの見直しが必要と考え、至る所で主張してきた。このNSSや大綱には明確な見直しの期限や見直しの条件が明記されていない。しかし、これまでの策定経緯から、概ね10年程度の将来を見据えて策定されている。米国をはじめとする各国も、所謂、「国家安全保障戦略体系」を保持している。米国も見直しに関して明確な定義等がなく、毎年見直しをしていた時代もあったし、大統領の交代時期にのみ見直しを行っていたりした。

私が考える大きな変化とは、先ず中国の変化である。中国は2013年末迄、東シナ海(特に尖閣列島付近)に出てくることは度々であったものの、南シナ海では中国大陸縁辺部での海空軍の行動はあっても、大陸から離れた海洋や公海上空での活動は稀であった。それが2014年以降、東シナ海での海空軍の活動が活発化するとともに、南シナ海でも同様な行動に出て、ベトナム沖の近海でオイルの試掘を行い、東南アジア諸国が領有権を争っている南シナ海の岩礁や浅瀬等を埋め立て始めた。そしていつの間にか滑走路を建設し、駐機場を整備し、対空警戒レーダー等を配備し始めた。2014年4月にフィリピンが領有権を主張し実行支配してきていたスカボロー環礁からフィリピン漁船等を追い出し、実効支配をし始めたことは、皆さまもご存じだと思う。そして、空母遼寧の東シナ海や南シナ海での遊弋が観測されるようになり、海軍・空軍の航空機の両海域での活動が頻繁となり、我が国の対中国機に対するスクランブルも急激に増加してきている。また、最近では、東シナ海のみならず、台湾周辺での航空活動が極めて活発に行われおり、気を抜けない状況が続いている。

次に北朝鮮である。我が国のNSS策定当時は、北朝鮮が数年に一度程度で長距離弾道弾の発射実験を行っていたものの、弾道弾能力は限られたものであった。また、核に関しては三度の核実験が行われていたものの、米国の各研究等の見方は、核能力保有までにまだ時間が必要との認識であった。その後、特に2014年以降、頻繁な弾道弾発射、4回目~6回目の核実験が行われ、現在に至って北朝鮮は、米大陸本土まで届く長射程弾道弾を保有していること、極超音速飛翔が可能な弾道弾や不規則飛翔が可能な弾道弾の保有を疑う人はほぼいない。また、潜水艦発射ミサイル、最近に至っては巡航ミサイルの発射実験にも成功したとの報道を行っており、我が国とっては直接的な脅威となっている。

そして、ロシアである。プーチン大統領は、軍に莫大な資源配分を行い、極超音速弾道弾を世界で初めて実戦配備する等、軍の近代化に取り組んできている。第二次世界大戦以降、不当に占拠している北方四島に着々と軍部隊を配備し、最近では、中距離・短距離地対艦ミサイルも配備、かつて目論んでいたオホーツク海の聖域化を進めている。最近では、極超音速ミサイル「ジルコン」発射に成功したとの報道もあった。このミサイルは音速の8~9倍とも言われ、この様なミサイルが実践配備されれば、既存のIAMD(BMD)体制では発見が遅れ、迎撃がほぼ困難である。

この様な外的要因の大きな変化とともに、国内での「平和安全法制」制定や「新日米防衛ガイドライン」締結等、国内事情も変化しており、環境変化に適合する様な新戦略が必要になってきている。グレーゾーンやハイブリッド戦等を考慮すれば、純軍事的なこともさることながら、国家としての重要インフラ整備、サイバーや電磁波対策、宇宙に関する機能・能力等に至るまで考慮した新戦略が必要であろう。

岸田新総理は、強い決意のもとで、この戦略見直しを宣言された。大変時宜を得たものである。早速、これまでの戦略環境を分析・評価し、今後の世界を予測し、新NSS策定に取り組んでいく事を望んでいる。そしてその際、新戦略を策定後、主として防衛省が管理している「大綱」、「中期防」の見直しのみならず、今回の新政権の目玉とされている「経済安保」に係る新戦略、エネルギー戦略、食糧戦略、宇宙戦略など各分野の戦略を策定していくべきと考えている。

また、今年の「2+2」、「日米首脳会談」、「G7首脳サミット」等で「台湾海峡の両岸の平和的解決」等が指摘された。台湾有事は、我が国有事に直結するという議論が各所で行われている。この様な観点からすれば、新NSSには何らかの形で台湾に関する記述が必要と考える。また、出来れば、将来的には我が国も、米国の「台湾関係法」的な法律・規則又は考え方を明示すべきと考えている。

そして、NSS策定後に「大綱」、「中期防」の見直しを早急に行い、菅前総理が米国で約束された「我が国の防衛力強化」を具現化すべき計画を内外に示すべきである。我が国のこの様な覚悟を示すことが、相手方への大きな警鐘となり、抑止になり得る唯一の手段である。

(令和3.10.11)

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

岩崎茂(いわさき・しげる)

1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。


 
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