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2024.09.18 外交・安全保障

黒海の戦況を変えたウクライナ無人艇の「威力」と「限界」

木村 康張

 各種報道によると、ウクライナは2022年10月以降、無人艇を使用した艦艇攻撃によりロシア黒海艦隊の艦艇18隻に対して21回の攻撃を行い、5隻を撃沈、13隻に損傷を与えている(2024年7月末現在)。ロシア黒海艦隊は、洋上での作戦行動を阻まれ、ウクライナへの巡航ミサイル攻撃は2023年8月以降激減している。

 「無人ビークルやドローンが将来の戦闘様相を変える」と言われて久しいが、ウクライナは無人艇(水上ドローン)を短期間で開発して実戦に投入し、黒海における海上優勢をロシア黒海艦隊から奪ってしまった。

圧倒的に劣勢なウクライナ海軍

 ウクライナ海軍は、ロシア黒海艦隊に比べて圧倒的に劣勢だ(図1)。黒海艦隊は、ウクライナ侵攻の緒戦で黒海の海上優勢を確保し、黒海からウクライナに対する巡航ミサイル攻撃を激化させた。ウクライナのテレビ局「Ukraine 24」によると、ロシア黒海艦隊は2022年10月までに68回、約540発の巡航ミサイル攻撃を行った。ウクライナ海軍の兵力では、洋上においてロシアの巡航ミサイル搭載艦艇の活動を制約することは困難だった。

【図1】ウクライナ海軍とロシア黒海艦隊の勢力比較

艦 種ウクライナ海軍ロシア黒海艦隊
巡洋艦 1隻
フリゲート艦 1隻 5隻
コルベット艦 1隻 16隻
哨戒艦 4隻
掃海艦艇 1隻 8隻
ミサイル艇 1隻 9隻
揚陸艦 1隻 13隻
潜水艦 6隻
情報収集艦 5隻
(出所)IISS “The Military Balance 2021”

 ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相兼デジタル変革相はロシア侵攻直後の2022年2月26日、米国スペースX社のイーロン・マスク会長に高速大容量通信回線「スターリンク」の利用を要請し、マスク会長はこれに応じてスターリンクの機材が同月28日にウクライナに到着した。スターリンクは、複数の低軌道の通信衛星によって既存のネットワークに接続できない地域に高速大容量の通信ネットワークを提供するサービスで、通信インフラとしてだけでなく、無人機の遠隔管制にも利用できる。

 さらにフェドロフ副首相は同年7月、「ロシアの侵攻を食い止めるため、高性能の無人ビークルが必要だ」と国際社会に寄付を呼びかけ、各地から無人機の調達費用が集まった。

急ピッチで進んだ無人艇の実戦投入

 こうした中、ウクライナ保安庁は2022年7月、自爆型無人艇の開発を開始し、9月に初の自爆型無人艇「Mykola」(弾頭炸薬108kg、航続距離800km)を完成させた。

 Mykolaの初陣の様子は、ウクライナの地元メディア『ウクラインスカ・プラウダ』が報じている。2022年9月16日深夜、掩蔽壕(えんぺいごう。敵の銃撃や爆撃から人や航空機を守るための施設)内の指揮所でウクライナ保安庁長官代行ヴァシーリー・マリューク少将、海軍司令官オレクシー・ネイジパパ中将、フェドロフ副首相らが見守る中、5隻のMykolaがクリミア半島の黒海艦隊セバストポリ海軍基地の攻撃に向かった。

 ウクライナ政府は当日、マスク会長に「スターリンクの覆域(通信がカバーできる範囲)をセバストポリまで拡大するよう」に緊急要請していた。しかし、戦争激化を懸念するマスク会長はこの要請を受け入れなかった。無人艇はセバストポリ海軍基地まで70kmとなった地点でスターリンク覆域から外れ、回線が遮断された。5隻のMykolaのうち3隻は遠隔官制不能となって失われ、残る2隻は基地に戻れたものの作戦は失敗に終わった。

 マスク会長は2022年10月15日、一度は拒否したウクライナからの支援要請を「われわれは善行を続けるべきだ」として受け入れた。スターリンク覆域が確保された同年10月28日深夜、ウクライナ保安庁は再びMykolaによるセバストポリ海軍基地の艦艇と港湾施設に対する攻撃を行った。

 具体的な作戦はこうだ。まず4機の無人機(無人航空機)が北方からセバストポリ海軍基地に直航してロシア軍の注意を引き付け、7隻のMykolaはクリミア半島の南方からセバストポリ海軍基地へ向かった。うち4隻はセバストポリ湾西方のストレツカ湾に侵入し、停泊中の掃海艇「イワン・ゴルヴェツ」(基準排水量745トン)と石油施設を自爆攻撃した。残る3隻はセバストポリ湾に侵入し、停泊中のフリゲート艦「アドミラル・マカロフ」(同3620トン)を攻撃した。ロシア側の2隻は損傷し、ストレツカ湾の港湾石油施設は炎上した。これがウクライナ無人艇の初の実戦投入となった(図2)。

【図2】無人艇によるセバストポリ海軍基地攻撃(2022年10月28日)

(出所)『ウクラインスカ・プラウダ』2024年1月1日から筆者作成

 Mykolaは弾頭炸薬108kgで爆発力が小さいため、1隻の目標艦に対して数隻で自爆攻撃を行う戦術を採っているようだが、ウクライナは新型や改良型の無人艇を製造して実戦に投入している。

 2022年11月には弾頭炸薬を850kgに増加し航続距離を1000km以上に延伸した自爆型無人艇「Sea Baby」を、2023年には弾頭炸薬200kg・航続距離800kmで、偵察・哨戒・捜索救助、対機雷戦や船舶の護衛などを行う多用途型無人艇「Magura V5」を投入している。2024年3月には、Sea Babyの改良型である弾頭炸薬1トンの多用途型無人艇「Avdiivka」を完成させている(図3)。

【図3】ウクライナによる無人艇の開発・改良の状況

(出所)各種報道から筆者作成

 ウクライナの自爆攻撃型無人艇の行動範囲は黒海のほぼ全域まで及んでおり、航行中の艦艇に対する攻撃も実施している(図4)。また、偵察や哨戒、船舶の護衛などにおいても、クリミア半島周辺やウクライナ南部港湾からの穀物海上輸送路を含む海域を行動範囲に収めている。

【図4】ウクライナ無人艇による攻撃実績(2022年10月28日〜2024年6月24日)

(出所)各種報道から筆者作成

黒海におけるゲームチェンジャーに

 こうした無人艇の活用によって、黒海の主導権はロシアからウクライナに移った。ウクライナ海軍司令官ネイジパパ中将は今年7月5日、「クリミア半島に駐留する黒海艦隊の全ての艦艇がクリミア半島全域から姿を消した」と発表した。クリミア半島から退いたロシア艦艇は、黒海東部沿岸のノボロシスク海軍基地やアゾフ海に停泊している。

 ウクライナの無人艇にも弱点はある。その最たるものは、(1)自律航法や遠隔誘導に衛星航法装置や高速大容量通信回線を用いていることから、GPS疑信号や電波妨害に脆弱であること、(2)遠隔誘導できる範囲から目標が外れてしまえば攻撃できないこと——だ。

 そのためロシア海軍は、ウクラウイナ無人艇の行動範囲の外側に基地を設け、損傷した艦艇の修理や部隊の再編成を考えている可能性がある。ジョージア(旧グルジア)から事実上分離独立状態にあり、親ロシア派が支配するアブハジア共和国のセルゲイ・シャンバ書記(元首相)は2024年1月、「ロシアは2024年にアブハジアに海軍の恒久的な基地を開設する」と発表した。アブハジアの黒海沿岸であれば無人艇の行動範囲の外側となる。

 とはいえ、指揮統制機能、造修(修理・整備)機能や補給機能を有する海軍基地の建設には長期間を要する。少なくとも現時点でウクライナの無人艇は、黒海における黒海艦隊から海上優勢を奪い、黒海における海上戦闘のゲームチェンジャーとなっている。

ウクライナの戦況を変えるのは地上戦

 従来、海上戦闘で勝つためには、最新の軍事技術の粋を集め、時間的にも金銭的にも高いコストをかけた装備が必要とされてきた。事実、無人艇の攻撃を受けて損傷したロシアのフリゲート艦「アドミラル・マカロフ」は、起工から就役まで5年10カ月の期間と約5億ドルの建造費を要した。

 一方、ウクライナの無人艇は、汎用の民生技術を活用して造られているため、短期間に廉価で製造されている。アドミラル・マカロフを損傷させたMykolaは、開発開始から実戦投入まで約3カ月、1隻当りの建造費は約25万ドル。アドミラル・マカロフと比較すると、建造期間で23分の1、建造費で2000分の1程度だ。ウクライナによる無人艇の活用は、兵力に劣る側であっても海上優勢を獲得できることを示した。

 もっとも、無人艇だけでウクライナがロシアに勝利できるわけではない。

 確かにウクライナは、無人艇により黒海におけるロシア海軍の活動に大きな制約を与えている。ロシア海軍は、海上からの巡航ミサイル攻撃や、ロシア本土から占領地域や前線に兵員や物資を海上輸送することが困難となっているほか、ウクライナ産穀物の海上輸送に対する妨害も難しくなった。しかし、これらの成果は、ロシアによるウクライナ侵攻の流れを変えるまでには至っていない。

 海上戦力が圧倒的に劣るウクライナ海軍には、海上からロシア軍占領地域やロシア本土を攻撃する能力はない。ウクライナとしては、無人艇攻撃により少ないコストで黒海の海上優勢を確保している間に、いかに戦力を地上戦に振り向け、占領地の奪還を実現できるかが戦況のカギを握ることになる。

提供:Ukrainian Presidential Press Service/ロイター/アフロ

地経学の視点

 通信技術やAIの発展に伴って、無人機や無人艇などのドローンは飛躍的な進化を遂げ、陸海空で戦果を上げている。とりわけ、ウクライナ戦争のように軍事力の格差が大きい「非対称戦」において、ドローンは貧者の武器となった。もっとも、ウクライナ戦争においては、無人艇が戦況全体を一変させるゲームチェンジャーとなるまでには至っていない。

 ドローンにも米中対立の影響は及ぶ。民生用ドローンの世界トップシェアは中国DJI製とされる。ウクライナ戦争でもDJIのドローンは多く戦場に投入されているが、米国は安全保障上の脅威があるとして、DJI製新型ドローンの米国内での利用を禁止する法案が審議中だ。戦術的な意味のドローンの威力と限界だけでなく、経済安全保障上のドローンの位置付けにも注目すべきだ。(編集部)

木村 康張

実業之日本フォーラム 編集委員
第29期航空学生として海上自衛隊に入隊。航空隊勤務、P-3C固定翼哨戒機機長、米国派遣訓練指揮官、派遣海賊対処行動航空隊司令(ジブチ共和国)、教育航空隊司令を歴任、2015年、第2航空隊(青森県八戸)司令で退官。退官後、IT関連システム開発を業務とする会社の安全保障研究所主席研究員として勤務。2022年から現職。

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