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2020.06.01 外交・安全保障

「中国標準2035」対応は万全か?、「中国製造2025」後の習近平の更なる野望(元統合幕僚長の岩崎氏)

岩﨑 茂

2月から4月までは如何に今回のCovid-19を鎮めるかに多くの関心が寄せられていたが、最近では報道で「アフター・コロナ」の用語を多く聞く機会が多くなった。5月14日には39県で、21日には関西の2府1県で、そして25日には全国で「緊急事態宣言」が解除となっているが、これで全て解決(ウイルスが撲滅)したわけではない。今後も第二次・第三次感染爆発が起こり得る状況である。我々の生活が新型コロナウイルス発生以前に戻る事は無いと考える。我々はこれまでの生活様式を変える必要がある。

今後の我が国の課題は、今回のCovid-19の初期対応がどうだったかを検証し、必要あれば法律改正や体制整備を検討し、第二次・第三次感染被害を起こさせない努力をしつつ、経済を如何に復旧させるかが重要である(米国でも欧州でも、既に経済活動を再開し始めている)。

なお、今後の世界の動きを見る時に、やはり気になる事は米中の争いである。米国はトランプ政権になり、それまでのオバマ政権とは正反対の対中国強硬策を打ち出している。その典型的な争いは「米中経済戦争」である。そして今回は、このコロナウイルスの発生源に関し、米国は中国を強烈に非難している。トランプ大統領は「中国との断交」も選択肢の一つであることを堂々と公の場で発言するようになっており、米中関係は険悪を通り越し、危険水域に近づいている感もある。一部では11月の大統領選を優位に進める為に「敢えて」中国に強く当たっているという見方もあるが、トランプ大統領は、習近平を米国に招待した際の夕食会の席で「先ほどシリアに巡航ミサイルを発射し、もうじき着弾する」旨を伝えた事もあるほど直接的な行動を取る大統領でもある。

一方の中国は強かである。中国政府は、コロナ渦中にあった1月下旬から2月にかけて、既に「アフター・コロナ」を見据えて、国内外の中国企業に号令をかけマスクや医療用防護衣、人工呼吸器、薬剤等々を輸入・買い占めに走る一方、国内で生産されるマスクや医療用防護衣等に輸出制限をかけていた。毎月公表されていた1月、2月の中国貿易統計は未公表であったが、3月に公表した統計によれば、医療用関連品目の輸入が対前年同時期の2.7倍になっていたとの事。因みに、我が国もこの時期に中国へ100万枚のマスクを提供していた。そして、中国政府は3月後半から、この医療器具および用品を全世界、特に経済力の弱い国々や、米国以外の被害が大きい国々へ支援物資として提供し始めたのである。所謂、「マスク外交」だ。この外交のやり方にネガティブな評価は多いものの、私は結構な効果があったと見ている。その一例を挙げよう。セルビアではヴィジッチ大統領自らが空港に出向き「我々を助けてくれるのは中国だけだ。」と発言し、更に「困っている時に助けてくれるのが真の友であり、我々は中国の恩を忘れない。」とまで述べている。仏では「中国と仏は団結して戦っている。中国を称賛する。」、伊では中国の支援物資が届くと各地で中国国歌が流れ、「中国への感謝」何度も表明された。当然、何かを貰った時には相手方に感謝の言葉を送るのが常識であることを考えれば、値引いて受け止めないといけないと思うが、想定以上にポジティブに受け止められた。また、経済的な弱小国は余裕も無く、このような際に中国から何かを要求されれば、それが理不尽でも呑んでしまうことが考えられる。事の良し悪しはあろうが、結果的に中国の利権に繋がってしまう。中国としては大成功である。外交とは、この様な事を一つ一つ重ねていくことで成果を得ることが出来るのである。世界には「武士は食わねど高楊枝」を実践できる国などない。

中国は、習近平が2012年に政権を担い、2015年に米国に対抗して製造業の高度化を目指し世界をリードするとの考えの下、「中国製造2025」政策を打ち出した。ところが米国でトランプ大統領が政権に就くと、悉くこの考え方に反発され、米中の経済戦争と言われるほどの争いにまで発展した。以降、中国は「製造2025」の用語を使わなくなった。しかし中国は野望を捨てた訳ではない。2049年には中国建国100周年を迎える。それまでに経済、軍事、政治のあらゆる分野で米国を抜き、世界に君臨する国家になる事が夢である。その為、習近平は2017年の共産党大会で「中国標準2035」を打ち出した。これは「中国は2035年にはイノベーション先進国となる」との習近平の強い意志であり、彼の国内政治基盤を盤石にしたいとの思いの発露であろう。イノベーション先進国とは、国際社会の中で未だ「標準」や「基準」が出来ていないAI、5G通信、産業ロボット、自動運転、ビッグデータ、クラウドコンピューテイング、宇宙等の分野で早期に「国際標準(基準)」を作り上げ、世界各国がこの「標準」を使わざるを得なくすることが目的である。そうすれば、自ずと各国の情報が自動的に入手可能となる。即ち、中国が全ての国々を間接的に統制可能となるのである。

先ずは、2019年末までに中国国内でその態勢を完成させ、その後、世界に展開しようとしていたが、このコロナ騒動である。国内が騒然として、経済が低迷混乱していることから、その思惑もとん挫するのかと思いきや、その逆で、WHO(世界保健機関)とともに健康に関する「国際標準化」を進めようと動き始めている。中国はどこまでも強かなのである。

この様な中国に対して、我々はどう対応すべきなのだろうか?先ほど列挙した所謂ハイテク技術等は、安全保障の観点からも極めて重要な分野である。もし、この分野で中国標準が国際標準になれば、我々が運用する武器、通信機器、ネットワーク等にも何らかの中国系列の部品が使用されることになり、我々の行動の全てが監視される可能性が出てくる。もしこのような事態になれば、我々はかなり不利な状況とならざるを得ず、とても許容できるものではない。中国のこの動きに真っ向から対抗できる国は米国以外にない。その米国は今回、Covid-19対応で経済が大打撃を受けて低迷することになる。米国も単独では中国へ対応でき難い状況が考えられる。

トランプ大統領は、昨年5月、「情報通信技術とサプライ・チェーンの保護に係る大統領令」に署名した。この大統領令には「敵対的な国が管理する企業」と記されており、特定の国名は明記されていないが、中国のファーウエイやZTE等を指すものであり、米国からの中国製品の締め出しを行っている。中国には「国家情報法」なる法律が存在する。この法律は2017年6月に公布・施行されている法律であり、この中の第7条には、以下の様な内容が記されている。「如何なる組織も個人も国家の情報活動に協力し、国の情報活動の秘密を守る」云々とある。即ち、会社や個人が知り得た情報は全て国に報告しないといけないのである。この様な事から、米国政府は、中国企業を「スパイ企業」、中国人を「スパイ」と考えており、前述の大統領令を発出するに至ったのである。これまでに日本、オーストラリアが追随しているが、大変妥当な判断だと思っている。我々が対応しないといけない国は、国家がほぼすべての事を統制可能な国であり、対抗し得る米国の状況も鑑みれば、我々の様な民主主義を基調とする国々は大同団結が必要である。一国だけで、この様な一党独裁国家には対応できない。我々は価値観を共有できる国々と連携し立ち向かわないといけない。(令和2.6.1)



岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。



写真:ロイター/アフロ

岩﨑 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

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