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2023.03.28 経済金融

顕在化した金融引き締めの副作用…インド大手財閥「アダニ・グループ」の蹉跌

長谷川 克之

 2023年早春、インドの金融・資本市場に激震が走った。インドの新興財閥アダニ・グループの株価が急落に見舞われたのだ。人口で中国を上回り、成長性の高さから今年最も注目されている新興国インドを襲った「アダニ・ショック」は何を意味するのか、考察する。

 アダニ・ショックの引き金となったのは、米国の投資調査会社ヒンデンブルグ・リサーチ(以下、ヒンデンブルグ)が2023年1月24日に発表した「アダニ・グループ:世界第3位の大富豪がいかに企業史上最大の詐欺を働いたか」という衝撃的なリポートである。リサーチと銘打っているが、ヒンデンブルグは企業の不正を告発すると同時にその会社の株式や債券を空売りすることによって利益を追求するアクティビスト投資家である。不正発覚により株価や債券の価格が下落すれば巨額の利益にあずかれるというわけだ。

 社名は1937年に米国で爆発事故を起こしたドイツの巨大飛行船ヒンデンブルグ号に由来し、人災と指摘された世紀の大爆発事故のように「金融市場での人災被害」が広がる前に告発することを目指すと公言している。最近では2020年に新興電気自動車メーカー・ニコラの虚偽説明を告発しており、調査力では定評がある。今回は2年の歳月、数十人の元アダニ幹部との面談、6カ国ほどでの現地調査を踏まえた徹底分析に基づくものとしており、自信満々の構えである。

時代の寵児が育んだアダニ・グループ

 一方、標的となったアダニ・グループはインドを代表する大手財閥の一つである。1986年に現会長のゴータム・アダニ氏が創業したプラスチック商社が源流となっており、その後、港湾・運輸、エネルギー、インフラ、通信・放送と事業の多角化を図り、新興財閥として発展してきた。インドの有力財閥としてはタタ・グループが1868年に、リライアンス・グループが1958年に創設されたのと比べれば社歴は浅く、アダニ氏の下で飛ぶ鳥を落とす勢いで急成長してきた。アダニ氏は米ブルームバーグ社の世界長者番付で2022年9月に一時、米テスラのイーロン・マスク最高経営責任者に次ぐ世界第2位にもなったこともある。

 時代の寵児(ちょうじ)とも言えるアダニ氏は、インドの政治・経済の上でも高い存在感を示している。アダニ氏とモディ首相は、モディ氏のグジャラート州首相時代(2001~14年)以来、親しい関係にあるとされ、モディ氏が14年に首相に就任した際には、アダニ氏保有のプライベートジェット機でデリーに乗り込んだことも有名な逸話となっている。アダニ氏は、インド版CNNとも言われるインド最大の英語ニュースチャネルを運営するニューデリー・テレビジョン(NDTV)を昨年買収したが、同局は政権に対して批判的な報道をいとわないことで知られ、アダニ氏による報道への介入との批判も存在する。

 アダニ・グループはインド経済の屋台骨を担う企業でもある。英エコノミスト誌によれば、インド最大級の港湾をいくつも運営し、国内穀物の3分の1を貯蔵、送電線の5分の1を管理、セメントの5分の1を生産する。アダニ・グループの帰趨(きすう)はインドの政治、経済の行方を左右すると言っても過言ではないだろう。

 ヒンデンブルグはそのウェブサイト上でアダニ・グループの問題点を列記した上でアダニ・グループに対して88項目に及ぶ公開質問を投げかけている。その指摘を整理すると、(1)同族経営によるコーポレートガバナンスの欠如、(2)財務基盤の不安定性、(3)モーリシャスをはじめとしたタックスヘイブン(租税回避地)のペーパーカンパニーを活用した架空売り上げの計上と株価操作、(4)政治的な影響力を行使した不当なビジネス獲得、(5)度重なる環境規制の違反とオーストラリアの石炭事業での環境リスク等――になる。リポート公表のタイミングとして、グループの中核会社アダニ・エンタープライゼズが計画していた2000億ルピー(約3200億円)の公募増資の申し込みが1月27日に始まる直前を狙ったものと思われる。

 アダニ・グループも当然黙ってはいない。5日後の1月29日に413ページにも及ぶ反論リポートを公開、「個社に対する根拠なき攻撃であるだけでなく、インドそのものに対する悪意ある攻撃、インドの組織としての独立、誠実さ、質に対する攻撃、インドの成長ストーリーと希望に対する攻撃」とヒンデンブルグを強く非難した。しかし、株価の下落は止まらず、公募増資計画を撤回・断念せざるを得ない異例の事態となった。

 なお、アダニの反論リポートに対してヒンデンブルグは同日中に再度反論している。再反論は「413ページの反論の中でわれわれのリポートが指摘した問題点に即したものは30ページほどに過ぎず」、「アダニの反論はおおむね、われわれの指摘を認めたものであり、また、カギとなる質問を無視している」と結論付けている。

 インドを代表する巨大企業として、アダニ・グループには引き続きヒンデンブルグの指摘に対する丁寧な説明が求められるが、議論はかみ合わず、平行線の状況が長期化することも考えられる。ヒンデンブルグは空売りによって既に相応の利益を得ているとみられる。容易に妥協するとは考えにくいが、経済的な利益を追求するファンドであることに鑑みれば、早晩幕引きを図ることもあり得るかもしれない。

個社の問題とは言い切れない

 今回のショックはアダニ固有の問題なのだろうか。確かに比較的短い期間で急成長を遂げ、そのゆがみが生じたという点ではアダニは特別な存在だった。しかし、インド企業に通底する側面もあると考えられる。

 インドにおける不正会計問題は今に始まったことではない。近年では2018年にはインフラ向け融資を手がけるノンバンクのIL&FS(インフラストラクチャー・リーシング&フィナンシャル・サービス)が債務不履行を来たして、多くのノンバンクが資金調達に窮し、インドの金融システムを揺るがす事態に発展した。

 IL&FS社破綻の背景には、ALM(資産・負債管理)の失敗に加えて、不正会計問題があることが重大詐欺捜査オフィス(SFIO)並びにインド公認会計士協会(ICAI)の調査で明らかになっている。2019年には住宅ローン専門のノンバンクであるDHFL(デュワン住宅金融)が破綻したが、インドにおける金融詐欺として最大の事件ともなった。大手財閥リライアンス・グループでも19年に不正会計問題が発覚している。

 もっとも、非営利団体であるアジアコーポレートガバナンス協会(ACGA)の調査によれば、インドの上場企業のコーポレードガバナンスの質は、日本と比べても大きく劣っているわけではないようだ。アジア太平洋12カ国の中での直近ランキング(2020年)では、インドは第7位と、第6位の日本とほぼ変わらず、インドネシア、フィリピン、中国などの下位諸国と比べれば上位に位置している(図1)。

 しかし、ACGAは汚職の問題や透明性の欠如などインドの課題が少なくないことを指摘している。NGOであるトランスペアレンシー・インターナショナルが発表する腐敗認識指数(22年)を見ても、インドは世界180カ国中、第85位にとどまっており、汚職・腐敗の問題の根深さを示唆している。

【図1】アジア太平洋地域コーポレートガバナンスランキング(2020年)

(出所)アジアコーポレートガバナンス協会

海外マネーが積極的にアダニに投融資

 ヒンデンブルグはアダニ・グループの過剰債務と過大な企業評価を問題視した。確かに図2のとおり、グループ各社の実質負債は、その収益力に比し過大感が強い。

【図2】アダニ・グループ主要各社の債務負担力

 ただし、マクロ的に見てインドの企業部門が過大な債務を負っているということでは必ずしもない。BIS(国際決済銀行)の統計によれば、民間非金融部門向け貸出のGDP比率(2022年7~9月期)で、インドは52.2%にとどまり、過剰債務問題が指摘される中国の158.2%と比較しても抑制されている。

 もっとも、インドでも近年銀行の貸出ペースが強まっており、インド準備銀行(中央銀行)によれば、2022年12月期には商業銀行の貸出は前年比で17.4%と11年以来となるほぼ10年ぶりの高い伸びとなっている。銀行の不良債権比率は金融システム不安が高まった18年の二桁からやや低下しつつあるものの、7%超と高水準にある。加えて、22年度は上昇に転じるとみられており、金融面での脆弱性への不安は拭えない(図3)。

【図3】インドの銀行不良債権比率

 アダニの公表資料によれば、長期債務のうち、インドの銀行ウェイトは2016年の86%から22年には33%にまで低下し、負債構造は社債調達が37%、グローバル銀行からの調達が18%と多角化していることが分かる。取引銀行のリストには欧米の大手銀行に加えて、日本の3メガバンクの名前もある。

 アダニ・グループの負債額は1兆8840億ルピー(約3兆円)と巨額だが、債権額としては国内の銀行よりも海外の銀行や投資家の方が大きいものとみられる。アダニ・ショックを受けて、インド準備銀行は「インドの銀行セクターは強靭で(resilient)で安定している(stable)」という緊急声明を発表したが、アダニ・グループの行方はインド国内のみならず、グローバルな金融市場にも大きな影響を及ぼし得る。

 無視できないことは、アダニ・グループが欧米の大手金融機関にとっての上得意先であったということである。インベストメントバンクは株式や債券での資本市場調達、リファイナンシング(借り換え)、M&A(合併・買収)などさまざまな形で金融面からアダニ・グループの業容拡大を支えてきた。Forbes誌はアダニ・グループとの取引にとりわけ積極的であった金融機関としてJPモルガンチェース、バンク・オブ・アメリカ、クレディ・スイスの名前を挙げている。

 ちなみに、経営不安から3月19日に同じスイスのUBSに救済買収されることになったクレディ・スイスは、国際金融界では営業至上主義とリスク管理部門の弱さがかねてから問題視されてきた。アダニ・グループとの取引についても目先の収益が最優先されていたとしても不思議ではない。

責を問われるべきはアダニだけか

 ヒンデンブルグがアダニ・グループのコーポレートガバナンスについて問題提起したが、問われるべきはアダニ・グループだけだろうか。貸し手としての金融機関のガバナンスのあり方も問われてしかるべきはないか。右肩上がりの株価上昇を前提としてアダニ・グループの関連会社株式を担保に資金を融資する金融機関も少なくなかったようだ。2022年初ごろまで続いた緩和的な金融環境の下での「イージーマネー」の拡大が、金融面からアダニ・グループの急拡大を支えていたとみることもできる。

 不正を暴いたヒンデンブルグもまたイージーマネーの拡大のゆがみに商機を見出し、空売りするために投資家から株や債券を調達する形でイージーマネーに依存している。アダニ・グループの蹉跌(さてつ)はグローバルな金融引き締めに伴うイージーマネーの逆回転によるものでもある。アダニ・エンタープライゼズはS&Pダウ・ジョーンズのサステナビリティ・インデックスの対象銘柄にも組み入れられており(2023年2月7日に指数から除外)、グローバルなESG投資の受け皿ともなってきた。ESG投資のあり方も問われる。

 なお、3月10日の米シリコンバレーバンク破綻に端を発する米国での銀行危機やクレディ・スイスの経営問題の背景には、各行固有の事情とともに、アダニ・グループと同様にイージーマネーの存在がある。アダニ・ショックはイージーマネーの終焉が先進国に先立つ形で、より脆弱な新興国を襲ったものと考えることもできる。

 米中の摩擦激化や中国の経済減速から日本国内外でインドへの関心が高まっている。2022年に人口は中国を抜き世界第1位に、経済規模はかつての宗主国・英国を抜いたものとみられる。国際協力銀行による海外直接投資アンケートでも22年度は中期的な有望事業展開先国として中国を抜き首位に立っている。アダニ・ショックのショックたるゆえんは中国に代わる有望株としてのインドに一石を投じたことにあるのかもしれない。

 アダニ・ショックを奇貨として、事業の透明性とガバナンスの向上に向けた自浄作用が今後のインドの発展の上では不可欠となってくる。また、投資家としてはハードだけではなく、ソフト、すなわち、会計・情報開示、税法務なども含めてインドの投資インフラの再点検が必要となっている。

写真:ロイター/アフロ

長谷川 克之

東京女子大学 特任教授
88年上智大学法学部卒業、97年ロンドン大学経営大学院(LBS)修了。日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。国際金融調査部、ロンドン支店、調査部を経て、みずほ総合研究所(出向)。 市場調査部長、チーフエコノミスト等を経て、22年から現職。著書に『サブプライム金融危機』『ソブリン・クライシス』『激震 原油安経済』『中国発世界連鎖不況』(いずれも共著、日本経済新聞出版社)。

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