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2023.03.06 外交・安全保障

中国気球が突き付けた日本の防空体制の課題

將司 覚

 2月4日、米国内に飛来した中国の気球が米軍によって撃墜されたことを契機に、「他国の気球が日本に飛来した際にどう対応するのか」という議論がにわかに立ち上がっている。

 松野博一官房長官は、2月17日午前の記者会見で、領空侵犯した気球の撃墜を可能とする武器使用要件の緩和を巡って、従来の要件だった「正当防衛」と「緊急避難」に該当しなくとも、「地上の国民の生命、財産の保護」「空路を飛行する航空機の安全確保」を目的とした武器使用を認める見解を示した。だが、武器使用の緩和については、法的観点や自衛隊の装備面から課題もある。果たしてこうした対応が日本で可能なのか、考えてみたい。

 自衛隊法84条は、「外国の航空機が国際法規又は航空法その他の法令の規定に違反してわが国の領域の上空に侵入したときは、自衛隊の部隊に対し、これを着陸させ、又はわが国の領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」と規定している。

 だが、平和憲法の下、自衛隊の発足に伴って昭和29(1954)年に制定されたこのような条文に基づいて、気球の領空侵犯に十分に対応できるだろうか。例えば、「航空機」とは有人の戦闘機や爆撃機などを想定しており、無人機、ドローン、気球などによる領空侵犯は想定されていなかっただろう。「航空機」の定義を明確化し、気球が航空機に分類されるかどうかも含め、「航空機等」という記述に変更するか、領空侵犯の対象物を具体的に示す条文の追加が必要になってくるのではないだろうか。

 また同条の後半は、素直に読めば、「領空侵犯機を着陸させるか領空外に退去させるために必要な措置、すなわち無線による退去要求や警告射撃ができる」ことを示しており、「撃墜できる」と解釈することはできない。河野克俊前統幕長は2月6日、動画サイト「文化人放送局」において「ミサイル防衛は破壊措置命令が出ていれば、破壊が可能だが、気球の領空侵犯の場合には、相手が攻撃してこない限り、領空通過を見過ごすしかない」と発言している。従って、自衛隊法の改正と共に、自衛隊の部隊に対して武器使用規定を明確に示すことも必要だと思われる。

ドローンの飛来も頻発

 さらに法改正や正式な政府見解を示す際には、偵察気球のみならず顕在化しつつある無人機の飛来についても対応を明確化する必要がある。防衛省は、2023年1月に中国の偵察型無人機であるWZ-7やBZK005が先島諸島や台湾東海上に飛来し、航空自衛隊がスクランブル発進で対応したと発表している。報道によると、21年8月以降、無人機へのスクランブル発進は12回に上っている。

 航空自衛隊航空総隊司令官を務めた武藤茂樹元空将は、「中国が尖閣諸島の実効支配を狙い、艦船の領海侵犯に続き無人機の領空侵犯を常態化させる恐れがある」(2月27日付読売新聞)、と警鐘を鳴らしている。

 現時点では無人機による領空侵犯は発生していないが、2017年5月には、尖閣諸島で行動中の中国公船から飛行したとみられるドローンが日本の領空を侵犯した。この件を巡り、日本の安全確保措置について立憲民主党の逢坂誠二議員が国会で質問した。これに対し日本政府は、武器の使用は自衛隊法84条に規定する「必要な措置」として、正当防衛または緊急避難の要件に該当する場合にのみ許されると回答している。すなわち本事案に関しては、相手からの攻撃などがない場合には、警告を継続するか動静を把握することしかできない――との解釈になるのではないだろうか。

 海外の対応を見ると、22年9月に台湾陸軍は金門島付近の空域で国籍不明のドローンを撃墜している。国家は国際法上その領空に対して完全かつ排他的な主権を有しており、台湾としては同等の権利があるという判断だろう。日本も領空侵犯機に対し、必要がある場合には手順を踏んで、撃墜も含めた措置ができるという毅然たる態度で対応するための法整備が必要であろう。

領空侵犯に「国家総動員」で当たる米国

 では米国は、気球を撃墜するまでにどのような対応を行っていたのか。米誌ワシントンポストは2月14日、米軍によって撃墜された中国の偵察気球は中国の海南島から打ち上げられ、米側は当初から追跡していたと報じた。

 またCNNは2月23日、気球撃墜の前日に米軍高高度偵察機U-2(飛行高度2万1000メートル)が気球上空を至近距離で飛行していたと報じている。U-2 は、センサーやレーダーなどを活用して、気球に搭載された太陽光パネルや通信傍受用アンテナの状況を確認していた。また、気球撃墜に先立って、FAA(連邦航空局)は現場近くの空港に飛行禁止命令を出し、周辺空域の飛行を制限した。さらに、海軍艦艇2隻も現場海域に投入し、目標の捕捉支援、周辺海域の安全確保を行ったほか、撃墜後に優秀なダイバーたちが気球残骸の回収に当たっており、いわば国家総動員態勢で気球撃墜作戦を遂行した。

 今回、米国はF-22という操縦性能の良い航空機を上昇限度に近い高度まで飛行させた。F-22は、空気抵抗の極めて低い空域において、エンジン推力が著しく低下する状態で1万8000メートルから2万メートルを飛行中の気球めがけてミサイルを発射、撃墜している。バイデン大統領は2月4日、「気球を打ち落とすことに成功した。成し遂げたパイロットたちを称賛したい」と記者団に語っており、その任務の困難さがうかがわれた。

 自民党国防議員連盟事務局長の佐藤正久議員は、2月15日のBS-TBS「報道1930」において、「通常、日本のレーダーは高速で飛行するミサイルや戦闘機を探知するモードに設定している」としつつ、「探知のためのフィルターの設定を低速移動目標の監視体制に変更すれば日本のレーダーも気球を探知可能だ」と述べている。しかし、日本の場合、自衛隊の装備・編成などから推察すると、米軍のように常続的に気球の位置を捕捉するのはかなりの困難が伴うことが予想される。

 今回、米軍はF-22装備のサイドワインダー(AIM-9X)で偵察気球を撃墜したと発表しているが、日本の場合、F-15搭載の04式空対空誘導弾(AAM-5B)またはF35Aに搭載しているサイドワインダーで気球を撃墜する対応になるとみられる。その場合、気圧が大きく下がる上昇限界高度での圧力変化に耐えられるコクピットのキャノピーの強化や、パイロットを保護するGスーツ(与圧服)の改良も必要になるだろう。高度2万メートルを飛翔する気球を撃墜するのは至難の業(わざ)と言える。

気球によるEMP攻撃は大きな脅威に

 気球による領空侵犯が行われた場合、日本の安全保障上の懸念は、情報収集活動や通信妨害活動に加え、「電磁パルス(EMP=Electro Magnetic Pulse)」攻撃ではないだろうか。直径約60メートルの気球で、重量990キロの太陽光パネルや通信傍受用アンテナを搭載できるとされており、小型の低出力核の搭載も可能なはずだ。

 もしEMP攻撃を受ければ、あらゆる電子機器を損傷し、電子機器を使用した通信、電力、交通などのインフラが一瞬で破壊される恐れがある。EMP攻撃だけでなく、生物兵器や化学兵器が気球で搬送されれば大きな損害が予想される。日本においても厳重な警戒態勢の構築が求められるだろう。

 林芳正外相は2月18日、ミュンヘン安全保障会議への出席に合わせ、中国の王毅中共中央政治局委員と会見し、2019年から21年に日本国内で確認された飛行物体を「中国の無人偵察用気球と強く推定される」との日本側の立場を伝達した。さらに、「いかなる国の気球であれ、許可なく他国の領空に侵犯すれば領空侵犯になる」と中国側に日本の領空侵犯対処の認識を主張している。

 佐藤正久議員は自身のツイッターで「スパイ気球は、中国の『非対称戦(戦略や戦術が大幅に異なる戦争)』だ。これまで盲点だった領域で新たな攻勢を仕掛けてきた。法整備と防衛力強化が最優先だが、事態は切迫している」と危機感をあらわにしている。

 「米国が中国の偵察気球を撃墜したから日本も撃墜できる」といった便乗的な対応では、この問題は解決できない。日本の領空侵犯に関する法整備および撃墜のための装備の充実や訓練の実施は、身近に迫った日本の安全保障上の大きな課題と言える。

写真:U.S. Air Force/Department of Defense/ロイター/アフロ

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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