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2022.11.10 安全保障

法のねじれを解消せよ、海上保安庁と自衛隊の関係整理は待ったなし

將司 覚

 10月21日、産経新聞は、政府が海上保安庁の予算を大幅に増額させる方向で調整に入ったと報じた。同紙によると「海上保安庁予算は令和4年度当初と3年度補正で合計約2600億円だが、人件費を除く事業費約1500億円を倍以上にする方向で検討している」という。NATO(北大西洋条約機構)が加盟国にGDP2%の防衛費予算を求めていることを引き合いに出しながら、この海上保安庁予算を安全保障関連経費に算入する方針とも伝えている。

 「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の第1回会合に提示された内閣官房国家安全保障局の資料には、NATO定義による国防関係支出の試算が示されおり、「わが国の安全保障に直接かかわる経費ではないが、恩給費、遺棄化学兵器処理関連事業費、PKO関連経費、海上保安庁予算、内閣衛星情報センター予算など安全保障に関連する経費が試算され2021年度の同経費の水準の対GDP比は1.24%になる」とある。「試算」とはしているが、その明瞭な書きぶりからは、すでに、恩給・PKO関連経費・海上保安庁予算を防衛費に算入することを前提とした議論が展開されているような印象を受ける。

海上保安庁法25条では「軍」を否定

 しかし、理屈は苦しい。海上保安庁法25条は「海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、または軍隊の機能を営むことを認めると解釈してはならない」と規定している。つまり海上保安庁法では、海保は軍隊とは一線を画し、軍隊としての機能を営まないと定めているのである。一方NATOでは、「沿岸警備隊は、軍事訓練を受け、軍事力として装備され、展開時に軍の直接指揮下で、支援部隊として運用可能である兵力に限る(出所:Defense Expenditure of NATO Countries(2014-2022))」と定義されている。海上保安庁がNATO定義の国防費に計上できる兵力の要件を満たしていないことは明らかである。安全保障に関連しているという理由だけで防衛予算に算入することについては疑問が残る。

 萩生田政調会長の質問に対する岸田首相の答弁10月17日、萩生田政調会長は、衆議院予算委員会で岸田首相に対し、海上保安庁の予算を防衛費に加えて計上するのは「姑息な愚策」と指摘し、さらに「NATO諸国と同様にGDP比2%以上を念頭に5年以内に防衛力の抜本的強化を進め、国民の命と平和な暮らし、領土領海領空は断固として守ると国民に公約している。しかし、政府はどうすれば見た目の金額を増やせるかばかりを考えているように見えてしまう。防衛費の水増しだけでは国民の生命財産は守ることができない。真面目に積み上げたらむしろGDP比2%では足りないのではないか」と厳しく詰め寄っている。これに対し、岸田首相は、「対処力・抑止力の強化は最優先課題であると認識している。『国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議』の議論や10月18日から始まる『与党協議』において、防衛に何が必要か、装備のみならず、海上保安能力や総合的な防衛力の強化を図っていく。そして内容・予算・財源などについて予算編成過程で一体的に進める」と答弁した。さらに萩生田政調会長は、浜田防衛大臣に「(1)海上保安庁法25条を改正する意向があるか、(2)武力攻撃事態を想定した海上保安庁と海上自衛隊の協同訓練を実施しているか、(3)自衛隊法80条が定める防衛大臣による海上保安庁統制について要領の策定は進んでいるか」について現状をただした。

 これに対して浜田防衛大臣は、(1)海上保安庁法25条改正については言及せず、(2)平時における協同訓練について、海警行動発令時の訓練は実施しているが武力攻撃事態を想定した訓練は実施していないこと、(3)防衛大臣による海上保安庁の統制要領も具体的には確立していないと答弁した。また、浜田防衛大臣は、10月21日の防衛省における定例記者会見において、関連の質問に対し、「海上保安庁と海上自衛隊の連携の重要性は認識しているが、今後武力攻撃事態下における海上保安庁の統制要領などについて、新たな国家安全保障戦略等を策定する中で、政府として精力的に検討していきたい」と答えている。

関係がねじれたままで連携はできない

 現状のままでは、海上保安庁は25条の規定により「軍隊の機能」を否定する一方で、自衛隊は自衛隊法80条に「内閣総理大臣は、海上保安庁の全部または一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」との規定により海保の統制を想定するだろう。軍隊としての機能を持たない海上保安庁の兵力を統制下に入れることは、自衛隊にとって、異物を体内に入れるに等しい。連携が機能するとは思えない。

 海上保安庁の予算を防衛費に算入するのであれば、海上保安庁の武力攻撃事態における役割を明確にし、自衛隊と協同して運用できる法体系とすべきだ。また、国際情勢緊迫化に伴いグレーゾーン事態が増えると予想される。軍と法執行機関の役割を切り分け、事態の深刻化に伴い、海上保安庁から海上自衛隊にどのように任務を引き継いでいくのかという手続きの検討も必要である。まさに、このことこそが「切れ目のない安全保障体制の構築」と言えるだろう。本質的な議論が求められている課題が山積しているいま、防衛費の金額のつじつま合わせをしている場合ではないのだ。

写真:AP/アフロ

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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