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2022.03.14 特別寄稿

北京五輪後の中国の狙い、習近平主席の更なる長期政権化への布石
元統合幕僚長の岩崎茂氏

岩崎 茂

昨年の3月、当時の米国太平洋軍司令官であったデービッドソン海軍大将が米国議会公聴会で、「中国の台湾侵攻」の可能性が6年以内に起こると衝撃的な発言をした。その後、デービッドソン司令官が退役し、新たに米太平洋軍司令官に着任されたアキリーノ海軍大将も同様に米国議会において、インド・太平洋情勢の中で、中国による台湾侵攻に触れ、(デービッドソン司令官が発言された6年よりも)より早い段階で起こる可能性があると指摘した。

この様な発言もあり、特に、我が国と米国で、この問題が大きく取り上げられるようになった。昨年3月の日米外務・防衛相会談(所謂「2+2」会談)、及び4月16日、菅・バイデン日米両国首脳会談で議論され、会談直後の共同声明に「台湾海峡の平和的解決」が盛り込まれた。公の文章に「台湾」の文字が出てきたのは52年ぶりであった。その後、6月に行われたコーンウォール(英国)でのG7サミットでもこの台湾海峡問題が議論された。これに反応したかの様に、英国、フランス、ドイツが続けざまに、アジア・太平洋地域に海軍の艦船を派遣し、南シナ海・東シナ海及び西太平洋での警戒監視をしつつ航行し、我が国周辺では、海上自衛隊と個別の訓練や米国、オーストラリア、インド等を入れた訓練・演習等を行った。世界がこの地域の安定に関心を持ち始め、台湾海峡問題が、この地域だけではなく、世界的問題であるとの認識が広がりつつある。

日米の安全保障関係者の中には、北京オリンピック・パラリンピック後に習近平主席が台湾に何かを仕掛けるのではないかとの見方をしている人達が多い。この様な事態が懸念される中、本年1月以降、ロシア軍がウクライナ国境周辺及びベラルーシ国内に展開し、大規模な軍事演習・合同演習を開始した。米国や欧州各国がプーチン大統領にウクライナへの侵攻を阻止すべく外交交渉したものの、プーチン大統領はロシア軍に対し、2月24日、ウクライナ攻撃を命じた。戦闘が開始されたのである。

一部では、この様な欧州戦線に呼応し、台湾でも何かが起こるのではという憶測もある。今後、台湾海峡の情勢はどのように推移し、どの様に展開するのであろうか。ご承知のとおり、この秋には、習近平の第三期目がスタートすることはほぼ確実である。習近平の第三期目は、この秋の全人代から始まり、5年間、政権に就くのである。そして、彼の四期目は、2027年以降に開始される。前述の2名の米国太平洋司令官も、この時期を意識した発言である。

今後の中国に何が起こるのかを考える上で、先ず理解しておくべきことがある。

1.中国とは


私は、長年中国と向き合い、中国の今後の動向(将来予測)を考える場合、以下の事を理解した上で考えるべきと考えている。

(1)中華思想

第一に「中華思想」を理解しておくことが必要である。これは「中国(中華)人民が世界の中で最も優れており、中華とは世界の中心との意味であり、世界の中心は中国である」との考え方である。そして、「中国文化・思想・価値観は神聖であり最高のもの」と考え、それが発展する形で「そもそも、この地球は中国皇帝のもの」という事になる。しかし、現在、中国(皇帝)の力はまだ限定的であり、限られた地域(現在の中国)のみを統治しており、外周は夷族・蛮族(バーバリアン)が占拠している、と考えている。今後、中国(皇帝)の力が大きくなれば、これらの地域からバーバリアンを追い出し、取り戻す必要がある、となる。この点で、私は、1960年代末に東シナ海の海底の資源調査が国連に報告されたことを思い出す。この報告書の中に、当海域には石油を含む海底資源が豊富との内容が含まれていた。この後に、中国が突如「尖閣諸島は中国のもの」と言い始めた。偶然なのだろうか。そして、2012年、我が国が尖閣諸島を国有化したあたりから、「尖閣のみでなく石垣島・宮古島、沖縄は、もともとは中国領だった。」との主張をするようになった。南シナ海の九段線然りである。我が国は、尖閣諸島周辺や沖縄近海への中国海警局の公船派遣に対して我が国の海上保安庁を中心に警戒監視を厳にし、対応したこともあり、この周辺での睨み合いが継続されているが、南シナ海では各国の警戒監視や対応が十分でなく、2014年から2015年にかけて岩礁やリーフが埋め立てられて人工の島が作られ、滑走路となり、対空警戒網(レーダーやミサイル部隊)が整備され、中国が行政区を発令し、現在に至っている。今回、プーチン大統領が、ウクライナ国内のロシア系住民の多い2つの地区を、独立国として求めた。中国の南シナ海のケースに酷似している。

(2)孫子の兵法(伐謀)

「孫子」は、紀元前500年頃の中国春秋時代の軍事思想家「孫武」の記した兵法書であり、武経七書のひとつである。その内容は、戦いの本質を突いており、未だに衰えることのない軍事理論である。これ以前、戦いは「天運」に任せるとの考え方が強かったが、孫武は、戦いの勝敗は、「天運」よりも、寧ろ「人為」にあると考えていた。素晴らしい発見である。この孫子の中に有名な言葉である、「戦わずして勝つことが最善」である。「百戦百勝は善の善に非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」(謀攻篇)である。また、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」(謀攻篇)も真理であり、「上兵は某を伐つ。その次は交を伐つ。そして次は兵を伐つ」が兵を用いる場合の優先順であると記されている。そして、「兵は拙速なるを聞くも、未だ巧久なるを賭ざるなり」とし、兵を運用する場合は、必ずしも時間をかけて完璧を期するのはなく、戦いにおいては速度が重要であると説いている。

(3)心理戦・世論戦・法律戦

この三戦も中国の常套手段である。先ずは、「心理戦」で相手方を混乱させ、「世論戦」で我が人民の結束を図り、相手方を迷わす。中国に都合のいい方向に導くやり方である。その際、必要があれば、「法律」を持ち出すのである。

(4)習近平主席の野望―長期政権への布石

我々は、相手方の目的(短期~中期~長期)を推測し、相手方の次なる一手、二手を読む必要がある。習近平の野望は何なのだろうか。彼のこれまでの国家主席としての2期10年間の航跡を辿れば、彼の夢・野望の一端が見えてくる。中国は、毛沢東の功罪から、毛沢東が政権から去ったあとから、徐々に個人崇拝を禁じてきた。それが、習近平の2期目に復活しているのである。中国では、昨年夏以降、小学校から高校まで「習近平思想」の教育を開始している。内容は、習近平が掲げる「中華民族の偉大なる復興」を始めとして、「台湾統一は全中華民族の共通の願い」とか、「中国の偉大なる復興の為には、強い軍隊が必要」、そして「習近平は中国共産党の核心」等である。そして、最近では、中国教育相が、全国の小中校に「習近平法治思想」を宣伝する副校長を置く新規則を発表している。この様な個人崇拝は何故、必要なのか。それは、習近平政権の長期化を狙う以外に考えられない。私は、習近平主席の最終目的は、毛沢東や鄧小平を越えることであり、前述の様な中国皇帝的な存在を目指しているのではと考えている。その布石を一つ一つ重ねているのである。

しかし、彼の政権が盤石かと言えば、全くそうは思えない。寧ろ私は、薄氷の上に立っていると考えている。古今東西の独裁者が抱える問題は、独裁者の周辺には常にその立場に立ちたい人たちがいるという事実である。習近平主席も同じであろう。彼が、2期10年で政権を降りないということは、中国共産党の次級者が主席の席に座れないことを意味する。座りたがっている人はいないのだろうか。沢山とまでは言わないが、居ることは間違いないだろう。彼は、いつでも狙われているのである。この為、3期、4期と政権に居座る為には、彼の椅子を狙っている人達や中国人民を説得できる「功績」が必要なのだ。

2.中国の次なる一手は?


さて、それでは、「習近平主席の次なる一手」を考えてみよう。
彼のこれまでの功績は、いろいろ上げられるが、一番の功績は、オバマ大統領に「これからは米国と中国の二大国で世界をリードしたい」と言わせたことであろう。即ち、米国大統領から、中国が「世界の大国」として認められたのである。そしてこの他にも、「南シナ海の聖域化(埋め立て→軍事基地化→行政区設定)」、「香港をほぼ完全に北京支配下としたこと」等々であろう。そして、習近平主席は、香港のあと功を急ぎ、2019年1月、蔡英文総統に香港と同じように「一国二制度」を持ちかけた。蔡英文総統は、この直前の2018年11月の台湾統一選挙で惨敗し、蔡英文総統は民進党党首を自ら辞任し、失意のどん底であった。しかし、習近平のこの台湾への「お誘い」は完全な失敗であった。蔡英文総統は、習近平の「一国二制度」のお誘いをきっぱりと拒絶した。台湾には「今日の香港は、明日の台湾」なる言葉がある。台湾国民は、習近平の香港政策を静観していたのである。台湾の多くの人達は、習近平の次なる目標は、いよいよ「台湾」かと感じていたのである。蔡英文総統が即座に拒否したことで、一挙に形勢が逆転し、総統選挙で蔡英文氏が大勝することになった。習近平の一言がそうさせたのである。

習近平主席は、これまで何度も「台湾は中国の核心的利益」と公言している。彼は、決して諦めることはない。次なるターゲットは「台湾」であることは明白である。問題は、タイミングである。習近平としては、出来れば4期目に繋ぐためには、ここ数年で決着したと考えているだろうが、功を焦って失敗すれば、彼の政権は簡単に転覆する。

中国の2人の現役空軍大佐が「超限戦」なる著書を出している。「21世紀の新しい戦争」に関する大作である。21世紀の戦いは、国が保有する全てのアセットを駆使して戦う必要があるとの内容である。これまでの戦い方と全く異なる戦い方が必要と説いてる。ロシアはクリミア半島を手中にした際は、住民投票を使った。クリミア住民がロシアへの帰属を自ら決めたのである。弾は一発も打っていない。前述の三戦(心理戦・世論戦・法律戦)も必要であろう。出来れば「戦わずして勝つ」が理想である。台湾の国民党支持者は比較的大陸(中国)寄りである。利用可能かもしれない。また、台湾市民が住んでいない小さな島の確保であれば、米国は動かないかもしれない。

習近平主席は、2014年、南シナ海で埋め立てを始める前に、ヴェトナム沖に100隻を越える海峡局の船を派遣し、石油の試掘を行った。これは、試掘そのものに関心があったわけではないと考えている。私は、この様な行動をすれば、米国がどう出るかを、見極めたのではと考えている。案の定、米国はほぼ反応しなかった。米国が強い反応を示したのは、翌年2015年5月末のシャングリラ会議である。この時に、中国は「これ以上の埋め立てはやらない」と公言した。2020年10月、台湾が統治する馬祖列島の南竿島付近に約100隻の海警局公船と海砂採取船が出現し、付近の海底の海砂を根こそぎ採取した。南竿島のビーチが消滅するくらいであったとの事である。この際も米国は何も反応しなかった。大統領選で忙しかったからである。中国は、何か行動をする時に、米国大統領の顔色を窺っているのである。何故か。それは、米国が反応すれば、ことが思惑どおり進まないと考えているからである。我々は、習近平のこのサインを見落としてはいけない。米国や我々が機敏に対応すれば、習近平は行動を躊躇する。でも、我々の反応が鈍ければ前に出てくる。台湾が統治している南シナ海の「大平島」、中国厦門から2Km弱の「金門島」やその北に位置する「馬祖諸島」など、米国が真剣に反応しないかもしれない地域での中国の権限拡大には気を付けないといけない。また、台湾にだけ気を取られていると、「尖閣列島」事態が起こるかもしれないし、より懸念しているのは、中国とインド国境沿いの紛争である。この様な争いには米国や他の国が口を挟み難い。何らかの権益を拡大出来れば、習近平主席の功績になる。その結果、彼の4期目に繋がる。我々は、警戒監視を厳にし、何かあれば即座に反応することが大切である。少々不十分でも「兵は拙速を貴ぶ」である。(令和4.2.25)

写真:ロイター/アフロ

岩崎 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。※岩崎の「さき」は「崎」の異体字(「山」辺に「立」に「可」)

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