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2021.10.05 対談

イズムレスの時代:資本主義・民主主義・保守主義・社会主義・自由主義(1)
船橋洋一編集顧問との対談:地経学時代の日本の針路

白井 一成 船橋 洋一

ゲスト
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

コロナがあぶり出した「政府の役割」

白井:新型コロナウイルスの感染拡大に対し、日本でも、遅ればせながらワクチンの接種が進みつつあります。今回の未曾有とでもいうべきパンデミックは、それぞれの国の社会制度や政治システムに大きな影響を与えていると思います。本来平等でなければならない医療に関しても、国家間における格差、同じ国であっても富める者と貧しいものでは、健康状態や受けることのできる治療にも格差が出ています。アメリカは、これに加え大統領選挙において、二極分化がさらに進んでいます。今年1月に成立したバイデン政権の最も大きな課題は、この分断をいかに修復するかだと言われていますが、難しい問題だと思います。今回の新型コロナウイルスの感染拡大の終息はまだまだ見通せませんが、今後の国際政治に与える影響についてどのように考えておられるでしょうか。

船橋:「エコノミスト」誌の前編集長であるビル・エモット氏を中心として、世界で15人の人間が、ポストコロナの世界秩序懇談会という会を設置しています。日本からは、私が参加しています。先日、コロナの意味はどこに出てきているのかということについてプレゼンテーションを行いました。

そこでも議論がにぎわったところですが、私は今回、「政府の役割は何だ」、という点が問われたと思います。今回のようなパンデミックが起こると、国が総力戦で戦わなければなりません。その際に、政府が役割をきちんと果たしているかどうかという事は、決定的に重要だということを改めて認識しました。政府ってやはり大切だということとともに、政府っていざというとき弱いね、頼りないね、もっと強くしなければいけないんじゃないの、といったことも含めて政府の役割への関心が強まったと思うんです。

アメリカとイギリスは、今回初動において政府が全く機能しませんでした。人口比の犠牲者数も、他国に比較すると高い傾向にありました。これは、レーガン、サッチャー時代のネオリベラル、すなわち政府は小さければ小さい方がいいという考え方が両国で定着したことに原因があると考えています。アメリカではその後も、移民に対する福祉政策について、横からの“割り込み”に対する憤り(ルサンチマン)というポピュリズムを生みだしました。これが特に、リーマン・ショック後に吹き出てきました。ティーパーティ運動は、その最たるものだと思います。

イギリスも同じような形で、移民に対する警戒感の増大というポピュリズムからブレクジットに繋がりました。いずれも、政府に対する国民の強い不信感があります。このため、国民からのバッシングを恐れた政府は、強いリーダーシップをとれないという状況になります。アメリカもイギリスも政府がうまく機能せず、このことが新型コロナ対応に遅れをとった理由ではないかと思います。

白井:確かにアメリカやイギリスと比較すると、中国自身は否定していますが、発生源となった中国が、いち早くコロナ禍から抜け出し、更にはワクチンを武器として影響力拡大を図りつつあるという皮肉な状況となっています。これを、「健康シルクロード(Health Silk Road)」という人もいます。一帯一路の経済が、「新植民地主義」であるとか、「債務の罠」と疑いの目を向けられている現在、健康が今後のキーワードになるのかもしれません。更に検証が必要だと思いますが、現時点で、コロナ対策をうまく行った国は、何が良かったと思われますか。

船橋:アジアの中で、コロナ対策をうまくやった国について、体制を問わずに言うと、中国、韓国、香港、シンガポール、台湾といった国が挙げられます。日本も泥縄的でしたが、比較的うまく対応したのではないかと思います。これらの国に共通して言えるのは、日本を除いて、いずれも開発独裁国家であることです。少なくとも、かつて「4龍」と言われた韓国、台湾、香港、シンガポールは、非常に強い国家権力が財政出動を行い、産業政策を推進することによりインフラ整備を行い、経済開発、発展を行ってきました。更には、韓国及び台湾の様に、政府主導の産業政策により中産階級を生み、これが民主化の原動力となった国もあります。これらの国々では、政府の役割を認め、これに従うという政治文化があります。

一方で、政府は重要ですが、政府だけでは何もできないことも今回、よくわかった。関係者が力を併せ、国民と連帯していく枠組みが必要です。其れも含めて統治のあり方が問われたと言えます。今回のような国家的危機においては、統治の出来、不出来あるいは質というものが決定的に重要であることが明らかになったと言えるでしょう。民主主義、人権、司法の独立といったものが重要であることはそのとおりですが、危機においては、国民の健康と生命を守ること、最大多数の最大健康を守ることが優先されます。ここを問われた時には、政治体制を問わず、政府の役割と統治の質が決定的に重要です。結果が全てです。「完璧な憲法です、完全な司法の独立です、言論の自由が保障されています」、といっても、国民の命が守れなければレッドカードが出るということが今回明らかになったことだと思います。

コロナで岐路に立たされる自由民主主義

白井:米中対立の根幹には、中国が現在の国際秩序を中国に都合のいいように作り変えようとしている点があります。しかしながら、これは米国中心の今の国際秩序が良いという事が前提となっています。アメリカだけで、新型コロナ感染拡大で70万人近い死者を出しているということから、米国中心の国際秩序が果たして正しいのかという議論が、当然出てくるような気がします。その場合、正しいというための価値基準はどの辺りに設定されると考えますか。

船橋:米中は新たなイデオロギー闘争、最後は生き方の違いを巡る闘争を行っています。自由主義陣営として心得ておかなければならないことは、「我々の社会、政治体制の方が優れていますと言っても、新型コロナ感染拡大に対応できなかったのではないか」、と言われることです。国民を守れない体制が果たしていいのかという疑問にどう答えるかです。自由民主主義体制として、大きな課題を抱えたと言えるでしょう。

しかしながらこの課題は、コロナの前から問われてきた課題でもあります。自由主義の歴史、民主主義の歴史を考えた場合、自由主義では基本的に少数の強者の論理が重視されます。ある意味、一部エリート、特権階級の論理にもなり得ます。この論理は、できるだけ多くの人の国家権力からの自由、徴税からの自由といった、個々の人間の自由をいかに守るかという事から始まっています。

時代が下って、日本では西園寺政権から原敬、加藤高明の時代にかけて普通選挙の法制化への機運が生まれ、さらには最低限の生活を国家が保障する年金制度が定着していきます。ここで自由と民主主義が結合し、自由民主主義となってきました。そして、自由民主主義国家がOECDを中心として戦後の世界を形作ってきました。西欧では、1880年代くらいから、ビスマルクのドイツ、第一次世界大戦後のヨーロッパ、そして第二次世界大戦後のアメリカと広がってきました。自由民主主義は、人間の営為と努力によって勝ち取ってきたものです。神から与えられたものでも何でもありません。

この大事な自由民主主義が、岐路に立たされているという認識が必要だと思います。この岐路はどこから生み出されたのか。一つは、成長が約束できなくなったという事です。これはGNPを中心に作ってきた一つの経済発展史観というものが、今大きな隘路に差しかかっていると言ってもいいと思います。

国民総生産、GDP、かつてはGNPと言っていました。1934年にアメリカの経済学者であるサイモン・クズネッツが、ブルキングスの研究として、1929年から1933年までの4年間の大不況で、アメリカの国民所得はどの程度減少したのかを数字で示したものです。マクロ経済の観点から、国の経済というのはどの程度所得として計算できるかというものを作りました。ここでの結論は、50%下がったというものです。特に、ブルーカラーの賃金労働者の所得は、80%下がったという衝撃の結論を出しました。これが最初のGNPの概念です。フランクリン・ルーズベルトはこの数字を使って共和党のフーバー政権を追い込みました。GNPは大不況の産物でした。これ以降、経済の動向を大きく捉えて、これに対して財政金融政策をたてるといった経済政策をとるようになりました。

白井:GDPを大きく低下させるものには、大不況に加えて戦争があると思います。第1次世界大戦の戦後処理に関し、あまりにも過酷な賠償金をドイツに課したためドイツ社会が不況にあえぎ、これが全体主義を生む土壌となり、第2次世界大戦の原因の一つなったと言われています。その意味では、戦後復興においてもいかに経済復興させるかというのが、以後の国際秩序を形作るためには重要なのでしょうね。

船橋:戦後の日本やドイツの復興に関しては、もう二度と侵略を起こさないように、工業化させないという意見もありました。しかしながら、GNPをきちんと成長させてこそ、中産階級が生まれて政治的に安定する。安定した国は、革命や他国への侵略を考えなくなるという考えが主流となりました。この考え方がマーシャルプランに繋がったわけです。マーシャルプランというのは、いわば、GNP主義を体現したプログラムと言えます。これは成功しました。

しかしながら、日本の長いデフレを周回遅れで追うかのように、ほかの国でも日本化が起こってデフレが長期化しています。これには人口減少の影響もあります。日本を始め西洋諸国は、人口、特に労働者人口が減り、それが原因で更に全体人口が減っていくというパターンに入り込んでいます。労働人口を確保するために移民を増やそうとすると、今度は移民に反対するポピュリズムが生まれてしまい、隘路に嵌ってしまいます。そして、シルバー民主主義、つまり年金等を含めて高齢層が既得権益化し、資源配分が極めていびつな形となっていきます。従って、より能動的にリスクをとるといった投資に対するインセンティブが減少するという状況になっています。このような状況で、今回のコロナ禍を迎えたのです。基本的には、成長をめぐって長期的なデフレという傾向が、経済・社会的に生まれてきているのです。

最後にとどめを刺しているのが、AI等の第4次産業革命です。労働が、より機械に代替可能なもの(コモディティ化)となり、賃金の低下が現れてきたことです。これがアメリカやイギリスで典型的にあらわれてきており、自由主義に対する大きな逆風となっています。

もう一つの問題は、格差です。技術革新やグローバリゼーションといっても、結局一握りの人が成長の果実を味わうだけだという事です。成長しなくなった中で、少しばかりの成長も金持ちだけに行くという格差の課題です。この格差は、富や資産の格差に留まりません。教育格差があります。ハーバード大学では、学生の3分の1が近親者にハーバードの卒業生がいる、レガシー・ステューデントと言われています。ハーバード大学というと、各エリアに指導者を排出する名門大学ですが、世襲制に近い状態となっているのです。そもそも、大卒と高卒では初任給に圧倒的な差があります。極めつけは健康の格差です。さまざまな格差は、最終的には健康の格差として現れてきます。ハーバード大学医学部研究チームが2008年に発表した結果によれば、2000年の高校卒業資格以下のグループの平均余命は50年、それ以上の学歴グループは57年と7歳の開きがあり、この差は次第に拡大しています。

長期のデフレと格差問題は連鎖します。長期デフレ対策として、低金利政策で市場に資金を潤沢に提供すれば資産バブルを生みます。本来であれば、低金利は労働者や若者にプラスになるのですが、実際は金持ちだけに資金が集まります。デフレの時代は基本的に持てる者、高齢者に有利です。これに低金利政策で資産インフレとなり、格差が広がるという状況に陥っています。この連鎖を断ち切れないことが、自由民主主義を脅かしていると言えます。

白井:ニューヨーク市が、住所の郵便番号からコロナ死亡者の分布を調査したところ、年収15,000ドル以下の貧困層が多く住むブロンクス地域に多いことが判明したとの記事がありました。米政治専門誌「ポリティコ」によると、貧困率1割以下の地域の死亡率は人口10万人当たり100人でしたが、貧困率が3割以上の地域では、死亡率が2倍以上の232人だったということです。

今回のコロナ禍では、所得格差が健康格差となり、これが寿命格差にもつながることが如実に示されたと思います。例年、アメリカの大統領選挙ではネガティブキャンペーンが多く行われ、これが対立を先鋭化させるという傾向があります。昨年の大統領選挙は、コロナ禍もあり、より対立が激しくなったように思います。バイデン大統領は、アメリカ社会の分断をうまくコントロールできるでしょうか。

船橋:今回のコロナで、マスクを着けるか、着けないかというだけで、アメリカ社会があれほど分断するのかという問題が提起されました。2020年3月にアメリカのある大学のチームが、マスクを含めて、この様な分断を生んだファクターについて調査を行いました。性別、教育、学歴、地域別、年齢等のファクターを調べた結果、分断を生んだのは政党に対する帰属意識ではないかとの結論を得ています。共和党なのか民主党なのか、あるいはどちらにより親近感を感じているかという事が決定的だったという調査結果です。これは重要な報告書です。

そもそも政党というのは、民主主義の中でしか生きられません。色々な人の既得権益や要望をいかに調整して一つの方向にまとめていくかという事が、政党の重要な役割です。そして同様にして作られた他の政党と交渉し、妥協点を探っていく、これが政党政治です。あくまでも、妥協のためのツールでしかないのです。ところが、今回の分断においては、政党が自らのアイデンティティを託する場となってしまったのです。政党を自分のアイデンティティのアバターと見なすような政治観、政治文化が生まれてきたのです。そうなると、本来妥協の場である政党間で交渉や妥協ができなくなります。

(本文敬称略)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

船橋 洋一

ジャーナリスト、法学博士、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 理事長、英国際戦略研究所(IISS) 評議員
1944年、北京生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。