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2021.06.30 対談

バイデン政権の対中政策:戦略的忍耐から競争的共存へ
『危機の時代と日米中の軛』(6ー6)船橋洋一編集顧問との対談:地経学時代の日本の針路

白井 一成 船橋 洋一

ゲスト
船橋洋一(実業之日本フォーラム編集顧問、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長、元朝日新聞社主筆)

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

トランプ政権と似ている印象

白井:2021年1月にアメリカではバイデン新政権が誕生しました。大統領選挙をつうじて、アメリカ社会の分断というものがクローズアップされ、世界における米国のリーダーシップが揺らいでいます。1月6日の暴徒による米議会の占拠は、米国の民主主義が大きく揺らいだ事件と認識しています。バイデン政権は、国内の分断をいかに修復するかが大きな課題です。

一方で、米中二大国の関係が今後の国際情勢を左右することも忘れてはなりません。バイデン新政権がどの様な対中政策を打ち出すのかという点は、今後の国際情勢を占ううえで、大きなカギとなると思います。過去4年間のトランプ政権の下では、貿易、経済そして安全保障というあらゆる分野で、対中強硬策が採られてきました。そのアメリカでは新政権が誕生すると、前政権とは全く違うことを行いたい、前政権と同じと言われることは避けたいといったモメンタムが働くと聞きます。バイデン政権の中国政策をどの様に展望していらっしゃるのでしょうか。

船橋:バイデン政権の外交政策は少しずつ明らかになってきましたが、トランプ政権と似ているという印象を受けます。選挙期間中はトランプ前大統領を批判することで、バイデン大統領は選挙を戦ってきましたが、バイデン新政権は中国に対して、トランプの毒を抜いた薄めの「トランプ・ライト」というか、それをベースにもっと上手にやろうという「トランプ・スマート」を意識的に打ち出していると思います。

この点は、経済と貿易の分野で明らかになりつつあります。2021年1月25日にバイデン大統領は「Buy American」という大統領令を出しました。大統領就任から1週間もたたないうちに、アメリカ政府はアメリカの製品、サービスを使うという方針を明確に示したのです。これは、2017年1月にトランプ大統領が、大統領就任後の僅か3日後にTPPから撤退を宣言したことに似ています。新政権が始まった段階で、まず、海外からの貿易の侵攻という脅威にアメリカ国民がさらされないように国を守るという強いメッセージを出したものです。

『チャイナ・ショック』という書籍では、中国からの洪水のような製品の輸入により、2001年から15~6年間で、アメリカでは340万人の労働者が失職した。特にアメリカ中西部の製造業でこの影響が見て取れると指摘しています。もっともやられたのは家具だった。製造業の失業者のうち75%は、中国からの安価な輸入品の競争力に太刀打ちできないことで生じている、というのです。民主党、共和党、どちらの政党が政権をとっても、この現実は変わりません。貿易を巡る米中闘争は続くと思います。

白井:アメリカの経済政策研究所による調査結果でも、2001年以降、2008年のリーマン・ショックで職を失った170万人を含む370万人の雇用が消失したうち、4分の3にあたる280万人は製造業に従事する人々であったことが判明しています。全米のうち大きな打撃を受けたのはカリフォルニア州、テキサス州、ニューヨーク州、イリノイ州、フロリダ州などでした。中国のせいで2001年から2018年までに134万人が失業の憂き目に会い、これは全失業者数の36%であったと指摘しています。リーマン・ショックの影響を除けば、失業者の67%ということになります。この調査結果は、先生のご指摘をよく表している数字だと思います。

アメリカのTPP復帰はあるか

白井:バイデン大統領は、「Buy American」という大統領令だけではなく、パリ協定への復帰を表明しました。さらには、パートナー国との協力を強化するという方向性も示しています。国際的な枠組みと言えばTPPがありますが、アメリカがTPPに復帰する可能性はあるのでしょうか。

船橋:日本とオーストラリアは、アメリカのTPP復帰を願っています。アメリカによるアジアでの経済・貿易の再参画、リエンゲージメントを進め、中国と競争的共存を図る上でCPTPPへの加盟が何よりも大切だという論理でバイデン政権の背中を押していくと思います。しかし、現実問題として、アメリカの復帰は難しいと見ておくべきだと思います。

問題は内政です。右も左も自由貿易とか貿易自由化という言葉そのものに忌避感を抱くようになっています。バイデン政権の外交・安全保障担当者たちはだれもがCPTPPの戦略的重要性を認識していますが、それをアジェンダとすることには慎重です。その際、中国がCPTPP加盟に関心を表明していますので、それがアメリカのCPTPP加盟にどのような影響を及ぼすかも見ておく必要があります。中国の現在の国有企業支配、産業政策、軍民融合、経済強制、労働・環境などからしてそう簡単に中国がCPTPPに加盟できるとは思いませんが、将来、中国が入った場合、アジアの経済統合の中での中国支配が一段と強まり、アメリカ排除がさらに進む恐れがあります。

アメリカの中国との地経学的競争は長期的な闘争となるでしょう。これは単に貿易赤字だとか、製造業を守るとか、失業を減らすということに留まりません。アメリカの安全保障とアメリカの技術優位に挑戦する中国の攻勢に対する応戦がもっとも激しい競争のアリーナとなるでしょう。この点においてバイデン政権はトランプ政権とほぼ変わらない認識を持っていると思います。

ファーウェイをアメリカのネットワークに入れないとか、中国に最先端の半導体は渡さないとか、サイバーセキュリティを強固にして知財を盗まれないようにするとか、「千人計画」のようにアメリカ国内の頭脳を中国がさらっていくのを防ぐとか、アメリカの警戒感はむしろさらに強まっています。冷戦時代、それも初期冷戦時代の米ソの競争は核兵器と軍事ハードウェアの優劣をめぐる戦いでした。しかし、現在の米中対立は、地経学、なかでも技術の地政学(Geotech)をめぐる戦いに特徴があります。

「共存とは永遠の競争である」

船橋:そうした戦略的葛藤の中で編み出された戦略概念が「競争的共存」です。インド太平洋調整官になったカート・キャンベルと大統領補佐官(国家安全保障担当)となったジェイク・サリバンが『フォーリン・アフェアーズ』に寄稿した論文で展開した概念です。ここではオバマ政権の「戦略的忍耐」という戦略に対し、「何を、何時までに」ということをあいまいにしたままだったと自己批判しています。

論文の眼目は、「競争は続く。止むことはない。しかしながらこれは戦うための競争ではない。中国に一目置かれるアメリカを目指す。強いアメリカであって初めて、中国は共存しようとする」という概念です。競争をやめれば中国に支配される、競争してこそ共存できるという切羽詰まった考え方です。「共存とは問題を解決することではなく条件を管理する永遠の競争のことだ」という割り切りです。初めから中国との間で問題を解決することを想定して関係を構築するのではなく、環境や条件を整備し、安定させる。それを制御すること自体が目的であり、競争の定義であるという考え方です。あえて出口戦略を探求しない。問題が解決するのは、中国の体制が崩壊した時なのか、アメリカによる封じ込め政策が完全に成功した時なのか、あるいは中国国内で体制変換が起こって共産党一党独裁が崩壊した時なのか。このような出口戦略を思い描かないし、目的としない。

白井:冷戦のときの封じ込めとは、状況が大きく異なるのですね。ジョージ・ケナンは封じ込めの父、封じ込め戦略論の父と言われています。ケナンの「X論文」では、最終的にアメリカは勝つという認識がありました。経済力、社会モデルにしてもアメリカが魅力的である、アメリカが毅然とした態度で臨めば、いずれ相手が崩壊する、という体制競争における自らの体制への絶対的自信がありました。このことを背景として、体制転換論が成立します。競争的共存では、そのような体制転換は望めないということですね。

船橋:米ソ冷戦は、相手をずっと封じ込めておけばいつか相手はへたばるというので封じ込め、実際に相手をへたばらせた、冷戦に勝利したということですよね。でも、バイデン政権の対中戦略は、全体的な対中封じ込めはしない。中国の経済はあまりにも大きく、あまりにも相互依存を深めているので封じ込められない。ほとんどの同盟国にとって、中国は最大の貿易相手国です。中国の市場はアメリカにとっても重要です。経済的なデカップリングは経済安全保障的に最も敏感なところに絞って行う以外ない。100%のデカップリングではなく、部分的かつ制御されたデカップリングにならざるをえないでしょう。

対ソ封じ込め戦略を考案したケナンは、最終的にはアメリカは勝つと信じていました。ウェイ・オブ・ライフにしても、技術力にしても、社会モデルにしても、アメリカのほうが魅力的であり、アメリカがしっかり防衛し、経済を成長させ、国民が豊かになり、民主主義をちゃんと使いこなしていけば、米ソ間の体制間競争で勝つことができると信じていました。対中競争でも重要なのはこうしたことです。自らの政治と経済のパフォーマンスを向上させ、安全保障をたしかなものとする、そして自らに自信を持つこと、です。

分断を乗り越え、再び自信みなぎるアメリカへ

白井:今回大統領選挙をつうじて明らかにされた、アメリカ社会の分断は根が深いと思います。しかしながら、今世界でリーダーシップをとれる国はアメリカしかないと思います。先生は、オーナ・ハサウェイとスコット・シャピーロの『逆転の大戦争史』に寄せた解説(「世界秩序」という永遠のプロジェクト)の中で、E・H・カーの発言を引用され、「ギブアンドテイクと覇権国の自己犠牲が無ければ、道徳的秩序は維持できない」とされています。そして、トランプ政権に欠けているものは、「このギブアンドテイク」の精神であると分析されています。バイデン政権が、再び世界の指導的立場を作り上げていく過程で、一番課題となることはどのようなことでしょうか。

船橋:現在のアメリカでは、10年後、あるいは20年後に、自らの体制が中国より本当に優越しているのかという点に疑問を持つ人が多いと感じています。それを端的に表したのが、『ナショナル・レビュー』に掲載されたロバート・カプランの論文です。カプランは、ソーシャル・メディアによって、アメリカは、一つの国、一つの国民という、国のモデルにとって最も重要な要素を失いつつあると指摘しています。どのような国のモデルであっても、国が一つにまとまる、最後は心を合わせて戦うという意識が失われたら、GDP、株価、シリコンバレー、そのようなものは関係なくなってしまう。そうなったとき、果たしてアメリカは中国と競争していけるのかという問題を提起した。競争することそのものにも疑問が生まれつつあるわけです。

これはさすがに悲観的過ぎるかもしれません。ただ、アメリカの戦略、知性が必死になって、どうやって中国と競争していくのかを考えているときに、2021年1月6日の議会占拠以後のトラウマに近い大ショックを前にして、アメリカの国内の政体、共同体として一つの国、国民が維持できるのかという点に自信に揺らぎが生じ始めています。そのような自信がなければ、対外戦略上も、中国に勝つという戦略を作り出すことができません。「競争的共存」という考えには、そのような自信の欠如が滲み出てきていると思います。ここがバイデン政権の対中政策を見る上でのポイントだと思います。

ドイツのハイコ・マース外相は、「日独はルール決定者になるのは困難であるが、ルール追従者の地位に満足してはならない。国際秩序を企画し、前に進めるルール形成者(Rule shaper)になることができる」と述べています。アメリカが自信を取り戻し、新たな国際秩序形成への意欲を今一度、みなぎらせ、世界、中でもインド太平洋に深く参画するように、日本は他の同志国と連携して一歩も二歩も前に踏み出す時だと思います。

(本文敬称略)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

船橋 洋一

ジャーナリスト、法学博士、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ 理事長、英国際戦略研究所(IISS) 評議員
1944年、北京生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長、コラムニストを経て、朝日新聞社主筆。主な作品に大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)、『ザ・ペニンシュラ・クエスチョン』(朝日新聞社)、『地経学とは何か』(文春新書)など。

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