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2021.01.12 安全保障

一帯一路におけるパキスタンの動向

將司 覚

2020年12月3日、パキスタン政府は、「一帯一路」の関連事業の管轄を、軍の影響力が強い「CPEC公社」に移す手続きに入った。CPEC(China-Pakistan Economic Corrido)とは、中国・パキスタン経済回廊である。CPECが発表されたのは2015年である。中国の新疆ウイグル自治区カシュガルから標高4,693メートルのフンジュラーブ峠を超え、パキスタンの北から南まで国内を縦断し、アラビア海に面したグワーダル港までをつなぐ全長約2,000キロメートルにおよぶ長大な経済回廊建設プロジェクトである。CPECには、グワーダルの港湾及び周辺の開発のほか、水力発電所建設を含む電力インフラの整備、カラチやペシャワールにおける都市交通整備など67件のプロジェクトが含まれる。中国からパキスタンへの融資額は600億ドルを超えると言われる。

中国とパキスタンは、1950年に外交関係を樹立した。パキスタンは、中国にとって唯一の同盟国である。また、中国はパキスタンへの武器供与国であり、2006年に自由貿易協定が締結されている。パキスタンのアリフ・アルビ大統領が2020年3月に中国を訪問し、北京で習近平国家主席と会談した際にも、両首脳は、「一帯一路」構想のCPEC推進の協力関係強化による「鉄の関係」を確認した。

CPECは、中国にとっても重要なプロジェクトである。まず、CPEC完成により、運輸時間短縮やコスト低減が図られ、中国西部地区と中東やアフリカ諸国と陸上および海上の交易ルートが開通する。これにより、開発の滞っている中国西部地区の経済発展が期待される。また、中国は現在世界第1位の石油輸入国であるが、その石油のほとんどはマラッカ海峡を通過して中国に運搬されている。CPECが完成した場合には、マラッカ海峡を通過せず、パイプラインや陸上輸送により、パキスタンを経由して石油を中国国内に短時間かつ安全に輸送することが可能となる。エネルギー安全保障には大きなプラスとなろう。

しかしながら、パキスタン国内においてCPEC計画はいくつかの課題を抱えている。第一にパキスタン国内の治安問題である。日本の外務省海外安全ホームページでも頻繁に注意喚起がなされるが、パキスタン国内のいたる所でテロの脅威が報じられている。2004年にグワーダル港で中国人のエンジニアが殺害される事件が発生して以来、駐在中国人ビジネスマンが被害にあう事件が多発している。第二に、パキスタンの社会構造では汚職体質が色濃く残っている。2017年12月には、中国が3件の大規模プロジェクトの中止を宣言する事態が発生した。

第三は、パキスタンによる「債務の罠」への警戒感である。AFPは、2020年11月現在、中国は138カ国、31組の国際組織との間に「一帯一路」の協力協定を結んだと報じた。マレーシア、モルジブといった「一帯一路」締約国では、政権交代後に中国との契約に懸念を示す事例が発生している。2018年8月にパキスタンの首相に就任したイムラン・カーン氏もその一人である。かつて、パキスタンは「『一帯一路』の契約が、コストが高すぎ、内容が中国に有利過ぎる」と懸念を表明していた。2020年7月にカーン首相は、発電所建設に際して中国企業がコストの水増し請求などの不正行為を行ったと中国を非難した。カーン首相は中国の落ち度を責めて、契約条件の再交渉に持ち込み、追加の融資などの交渉に繋げたい考えだったようだ。

2019年7月、パキスタンは国際通貨基金(IMF:International Money Fund)に対し約3年間にわたって約60億ドルの財政支援を求めた。IMFは、融資の条件としてエネルギー産業の立て直しなどの財政再建および基礎的財政赤字の縮小を求め、拡大信用供与という支援枠を使った融資を決定した。カーン首相がIMFへの支援を仰いだのは、中国・パキスタン同盟は維持しつつ、外貨不足を補いたかったのであろう。ただ、このIMFの融資が今後の中国・パキスタン関係にどう影響するかは不透明だ。パキスタンにおけるCPEC事業は、「一帯一路」の象徴的事業であり、パキスタンでの事業発展が今後の「一帯一路」の将来の事業に大きく影響することが予想される。パキスタンは、今後の中国の壮大な「一帯一路」構想の成否のカギを握るかもしれない。

サンタフェ総研上席研究員 將司 覚
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年から現職。

將司 覚

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。P-3C操縦士、飛行隊長、航空隊司令歴任、国連PKO訓練参加、カンボジアPKO参加、ソマリア沖・アデン湾における海賊対処行動教訓収集参加。米国海軍勲功章受賞。2011年退官後、大手自動車メーカー海外危機管理支援業務従事。2020年からサンタフェ総合研究所上席研究員。2021年から現職。

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