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2020.12.21 安全保障

コロナ論文で劣後した日本

中村 孝也

度々リスク要因として指摘される「感染症の発生」であるが、実際には、不測の事態に備えることは難しい。元来、人はブラックスワン(起こる確率は極めて低いが、甚大な被害がある事象)を過小評価し、それを回避するためのコストの支出を躊躇する傾向がある。ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官も「予防的な措置をとった人は惨劇を回避したとして称賛されるよりも、それに必要なコストの支出を問われやすい」と指摘している。また、予防的な措置を施していても、危機が現実的なものとなった場合にプラン通りに動けず、大きな惨劇を引き起こしてしまう事例は枚挙に暇がない。感染症の発生というのは典型的なブラックスワンであり、感染症に関する論文数というのは「ブラックスワンへの備え」と位置付けられよう。

「科学技術指標2020」は、1996~98年、2006~08年、2016~18年の3時点での感染症に関する論文数・シェアを国・地域別に集計している。突出して米国の論文数が多く、1996~1998年で2位(イギリス)の約4.2倍、2006~08年で2位(イギリス)の約3.8倍、2016~18年で2位(中国)の約4.0倍であった。シェアは1996~98年の40.5%から2016~18年は25.7%に低下しているが、これは16位以下の国・地域における論文数増加が影響しているためと見られる。

日本の論文数は1996~98年の190件から2016~18年の493件と約2.6倍に増加しているが、シェアは3%程度で一定しており、順位も6~9位の間で推移している。中国の論文数は1996~98年では16位以下であったが、2006~08年では12位、2016~18年時点では世界2位へと躍進した。

日本経済新聞社と英クラリベイトによる新型コロナウイルス研究に関する国別動向の分析によると、7月末までの総論文数2万本超のうち、1位の米国が5,800本、2位の中国が3,300本であった。また、8月下旬時点での被引用数については、1位の中国が5.5万回、2位の米国が2.9万回であった。記事では日本の論文の件数および被引用数は明記されていない。上位5ヵ国には入っていないようだが、これはこれまでの感染症論文の実績と齟齬のない結果であろう。ちなみにもっとも被引用数が多かった日本の論文は、ダイヤモンド・プリンセスの感染者600名あまりのうち、無症状の人が2割弱であることを示したものであった。

(株式会社フィスコ 中村孝也)

中村 孝也

株式会社フィスコ 代表取締役社長
日興證券(現SMBC日興証券)より2000年にフィスコへ。現在、フィスコの情報配信サービス事業の担当取締役として、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議を主導する立場にあり、アメリカ、中国、韓国、デジタル経済、暗号資産(仮想通貨)などの調査、情報発信を行った。フィスコ仮想通貨取引所の親会社であるフィスコデジタルアセットグループの取締役でもある。なお、フィスコ金融・経済シナリオ分析会議から出た著書は「中国経済崩壊のシナリオ」「【ザ・キャズム】今、ビットコインを買う理由」など。

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