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2023.03.31 安全保障

激化する情報戦の向こうで、誰がノルド・ストリームを爆破したのか

末次 富美雄

 ロシアから欧州向けの天然ガスパイプラインである「ノルド・ストリーム」に対して行われた破壊工作の犯人探しについての情報戦が激化しつつある。

 2022年9月27日、ノルド・ストリーム1及び2のパイプラインからガス漏れが確認され、デンマーク警察は、「強力な爆発」で、両パイプライン4か所に穴が開いていると発表した。破壊された場所はデンマーク領「ボーンホルム島」の北東及び南東のデンマーク排他的経済水域とされている。ドイツ、スウェーデン、デンマークの当局が捜査しており、現時点でその成果は伝えられていない。

 2月8日、アメリカのピューリッツアー賞受賞経験を持つジャーナリスト、シーモア・ハーシュ氏は、ノルド・ストリームの破損はアメリカの破壊工作によるものだと主張した。同氏は自身のブログ記事「How America Took Out The Nord Stream Pipeline」の中で、計画に関与した関係者から聞き取った取材内容として、以下のように報じている。バイデン政権はロシアのウクライナ侵攻以前から欧州がロシア産天然ガスに大きく依存する情勢に危惧を抱いており、国家安全保障局、軍、CIAに加え、ノルウェー政府の協力を得て、NATO海上演習「バルトップ22」を隠れ蓑にパイプラインにC4爆薬を仕掛け、遠隔操作で爆破した――。アメリカ国務省及び国防省は「フィクション」、「関与していない」と答えているが、ロシアのペスコフ報道官は、信ぴょう性があるとして国際的調査の必要性を主張している。

 3月7日、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙は米情報当局が検証した新たな情報として、「ウクライナ人またはロシア人で構成される親ウクライナ派グループが実行した可能性がある」と報じている。同日記者会見においてホワイトハウスのジャン・ピエール報道官は、当該報道に関する記者からの質問に対し、ドイツ、スウェーデン及びデンマーク当局の捜査結果を待ちたいと答えている。

 このような中、3月13日付中国解放軍報は「なぜ西側メディアはノルド・ストリーム問題非難の矛先をウクライナに変えたのか」という記事を配信した。その理由として、① 同パイプラインを破壊する十分な動機がある、② 米欧から多大な支援を受けており、「スケープゴート」になることを受け入れざるを得ない、そして③ ウクライナ国内に反ロシア勢力が多数存在しており、犯行を特定することが困難である、の三点を挙げている。この主張の意味するところは、アメリカを中心とする西側の情報操作で、ウクライナが犯人とされるであろうことを強く示唆するものだ。

 ノルド・ストリーム破壊工作を巡る報道及びそれら報道を巡る各国の主張は、情報戦そのものである。

しかしながら、同破壊工作そのものに関しては、政治的、経済的そして技術的側面から見ていく必要がある。

実行者として浮かび上がるのはやはりあの国…

 政治的側面から言えば、アメリカは、欧州、特にドイツのロシア天然ガス依存度が過大であり、これがNATOとしての結束を弱めていることに強い危惧を抱いていた。トランプ前大統領は「ドイツがロシアの捕虜になっている。ドイツがロシアに巨額の代金を支払っているにもかかわらず、アメリカがドイツをロシアから防衛するのは不合理だ」と主張している。バイデン大統領は当初ノルド・ストリーム2計画完了を容認する姿勢であったが、ロシアのウクライナ軍事侵攻の危険性が高まるにつれ、非容認に傾いていった。ロシア軍事侵攻直前の2022年2月にワシントンを訪問したドイツのショルツ首相に、「ロシアが軍事侵攻すれば稼働させない」と明言している。

 一方、ウクライナにも、欧州のロシア産天然ガスへの依存度が低下することは、支援獲得の障害を取り除くというメリットがある。そしてロシアも、冬が近づく9月という時期に、欧州に天然ガスを送る物理的手段を破壊することは、欧州経済への圧力となり、ロシアとの戦争を終結させるモメンタムとなり得るため、利がある。

 つまり、破壊工作による政治的メリットは関係する可能性があるアメリカ、ウクライナ、ロシア、それぞれにあるわけだ。だが、上記のように3か国それぞれの政治的利益を見比べると、アメリカが持つインセンティブが最も大きいと考えていいだろう。

 次いで、経済的側面から言えば、ロシアからパイプラインを使用した天然ガスの供給量減少は、代替燃料として「液化天然ガス(LNG)」への依存度が上がることを意味する。すでにグローバルにLNG争奪戦が始まっていると指摘されており、日本物価高の主要な原因もエネルギー価格高騰にある。そして、米エネルギー情報局の調査結果によれば、2022年上半期、アメリカが世界最大のLNG輸出国となったと伝えている。2018年の日本天然ガス協会資料によれば、アメリカはカタール、オーストラリアに次ぐ3位であった。ロシアのウクライナ戦争を契機に、欧州への天然ガスサプライチェーンが変化、ノルド・ストリーム破壊工作で、ある程度長期化すると、アメリカを中心とするエネルギーのサプライチェーンが完成する。つまり、アメリカは、破壊工作による経済的メリットを確かに受けている。
 
 最後に技術的側面から見てみよう。第一に広大な海洋において、どこにパイプラインが敷設されているかを確認することは、事前情報や、探知手段がなければ難しい。さらに、爆発物を設置する水深が、シーモア氏のブログのとおり約260フィート(約80m)であれば、ダイバーの潜水病防止及び事後処置のため「加圧/減圧チャンバー」という装備が必要となる。人間ではなく水中ロボットを使用する手段もあるが、いずれにせよ大規模な装備と高度な技術を必要とする。今回の破壊工作が実施された場所は、監視の目が届きやすい。大規模な作業を実施するためには何らかの隠ぺい工作が必要であり、シーモア氏の大規模海上軍事演習を隠れ蓑にしたという主張はうなずける。

 以上、ノルド・ストリームへの破壊工作を、政治的、経済的そして技術的側面から見てみた。これらを総合すると、やはりその実行者として浮かび上がるのはアメリカという国だ。中国やロシアが、アメリカがやったように見せかける謀略活動をしかけたのでなければ、だが。

アメリカが関与した工作活動の前歴

 アメリカは過去、1961年のキューバにおいてカストロ政権転覆を企図した「ピッグス湾事件」、1964年にはベトナム戦争介入の大義名分を得た「トンキン湾事件」などの工作活動を秘密裏に実行してきた。しかしながら、2013年に、米国家安全保障局が極秘に大量の個人情報収集を行っていたことが明らかにされた「スノーデン事件」以来、CIAを含む各種アメリカ情報機関は、秘密活動について議会への説明責任を果たすことが義務付けられている。バイデン政権が秘密裏に破壊活動を実行することは大きなリスクを伴い、暴露された場合、政権が揺らぐとともに、ウクライナ支援にも大きな影響を与えることになりかねない。

 ウクライナの関与を匂わせるニューヨーク・タイムズ紙の記事は、米情報機関がアメリカの関与を払しょくするためにあえて流布させたストーリーであり、中国解放軍報記事は、アメリカが国際世論を「ウクライナの犯行」に誘導していることを示唆する記事と言えるだろう。

 ノルド・ストリームに対する破壊活動は、「正体を特定できないウクライナ支援組織の犯行」に落ち着く可能性が極めて高いが、同時に、バイデン政権にとっていつ爆発するか分からない時限爆弾となる可能性も秘めていると言えるであろう。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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