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2024.11.07 外交・安全保障

強硬姿勢を貫く「KING BIBI」ネタニヤフの行動原理と中東情勢
中東専門家・鈴木啓之特任准教授に聞く

実業之日本フォーラム編集部

 パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織・ハマスによるイスラエル襲撃から1年あまり。ハマスに捕らえられたイスラエル側の人質解放は一部にとどまり、停戦の行方は不透明だ。そればかりか、イスラエルはハマスに同調するヒズボラの拠点、レバノンにも地上侵攻し、ハマスなどの後ろ盾で主要産油国でもあるイランとの衝突も激化。「自衛権の行使」と主張するイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相の強硬姿勢は、中東を混迷に導いているようにすら見える。「KING BIBI」という愛称で知られるネタニヤフ首相の行動原理をひもときつつ、中東情勢の現状と今後について、鈴木啓之氏(東京大学大学院総合文化研究科特任准教授)に聞いた。

※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(10月16日実施)をもとに構成しました。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長)

——「KING BIBI」の異名を持つネタニヤフ首相とはどのような人物ですか。

 権力に対して非常に強いこだわりを見せる政治家です。

 1996年、イスラエルで首相が国民によって直接選ばれる「首相公選制」に基づく初めての選挙が行われ、そこでネタニヤフ氏は首相になりました。史上最年少の首相であり、かつイスラエルで生まれた世代として初めての首相です。それまでの歴代首相は、いずれも生まれ故郷を離れてイスラエルに移住してきた移民第1世代でした。第1次ネタニヤフ政権は短命に終わりましたが、その後首相に返り咲き、現在も首相であり続けています。汚職疑惑を抱えても、連立政権が瓦解しても、戦争があっても辞めないしぶとさがあり、結果的に彼は建国の父であるダヴィッド・ベングリオンの首相任期を超えました。

 「治安、安全保障は任せろ」といったようなビッグマウスな政治家でもあり、脅威をあおりながら自分を演出するのも巧みです。以前からハマスに対する脅威論はありましたが、ネタニヤフ氏が最大の脅威とみているのは核開発疑惑のあるイランです。国連で爆弾のイラストを掲げながら「我慢の限界だ」と言って、世界がイランの核開発を止めなければイスラエルは実力行使に及ぶと主張しました。

 以前、イラン国内で国が管理する文書庫が何者かに襲われる事件がありました。核関連の資料が保管されていたと言われており、状況から見てイスラエルが事件に関与したことは明らかで、イスラエルが最終的に文書を「入手」しました。ネタニヤフ氏は事件後すぐにテルアビブで会見し、「この文書こそイランが核開発について世界を欺いている証拠だ」と強調しました。テレビ視聴率の高い時間帯に記者会見を開き、多くのチャンネルが国民に向けた宣伝装置になることを狙う。そんな政治家です。そうした行動、権力にとどまり続ける長さ、しぶとさ。そこから「KING」とイスラエル国内で呼ばれています。なお「BIBI」は、彼の名であるベンジャミン(ベンヤミン)の愛称で、彼自身もそう呼ばれることを認めています。

ネタニヤフ首相に停戦の意思はあるか

——イスラエルとハマスとの停戦協議は停滞しています。ハマスは、政治、軍事、福祉という「三つの顔を持つ運動体」とのことですが、政治部門出身のトップ、イスマイル・ハニヤ氏を7月に殺害し、10月16日には、軍事部門出身で後継者のヤヒヤ・シンワル氏を殺害しました。かえって停戦が遠のくのではないでしょうか。

 そもそもネタニヤフ氏に本気で停戦する意思があるか疑問です。ハマスによって捕らえられた人質は、安否不明ながらまだ100名ほど残っていますが、イスラエルは武力によってハマスを殲滅(せんめつ)し、人質を奪還する方針です。しかし、当初人質となった250名のうち150名が解放されたのは、2023年11月末の一時休戦との引き換えによるものがほとんどです。そのためイスラエルでは「武力ではなく政治交渉を進めろ」とデモが発生しています。

 イスラエルを支援する米国は停戦を仲介する努力を続けていますが、実を結んでいません。米国は7月下旬にネタニヤフ氏を議会に招いて演説の機会を設け、アントニー・ブリンケン米国務長官は「ハマスとイスラエルとの間の停戦は間近だ」とまで発言しました。外交圧力とも言えるでしょう。

 しかし、その米議会演説から1週間足らずの7月31日に起きたのは、テヘランでのハニヤ氏暗殺です。犯行主体は不明ですが、イランの首都テヘランで手厚く保護されていたハマスの政治局長を暗殺できる能力があり、それを実行する動機のある主体はイスラエル以外ありません。ネタニヤフ政権は停戦交渉間近と言われていた段階で相手のトップを殺したわけです。

「暴力装置」を後継に指名した真意

 ただ、ハニヤ氏を継いでシンワル氏が政治局長になったのは意外でした。これまでは、政治局長が殺害されたり引退したりすると副政治局長が局長になることが普通でした。ところが、今年1月に副政治局長のサレハ・アルーリ氏がレバノンで殺害され、そのポストが空位のままトップのハニヤ氏も殺されてしまいました。そのため、ハマス内部で選挙を行って後継を決めると考えていました。元政治局長、元副政治局長といった有力幹部が残っているからです。

 しかしハマスは、ガザ地区の指導者ではあるものの、政治部門でのキャリアがないシンワル氏を後継に指名しました。彼は1980年代のハマス結成時から関わっている古参幹部です。同じ古参幹部であるハニヤ氏は当時、学生運動家でした。彼がハマスの青年部に所属し、政治の表舞台で活動していたのに対して、シンワル氏はほぼ同い年ですが、イスラエルに協力するパレスチナ人を見つけ出して殺す「暴力装置」を担っていました。

 シンワル氏は1980年代末にはイスラエルに捕らえられ、4半世紀近くにわたって獄中にいました。このように、軍事部門で暴力によってキャリアを積んできた人間をハマスが政治局長に指名したことを不思議に感じていました。

 ただ、政治局長は確実にイスラエルから命を狙われるので、既にイスラエルからマークされているシンワル氏をあえてトップにつけたとみるべきではないかと思うようになりました。付け加えると、ハマスは合議制なのでトップによって100%活動方針が決まるわけではありません。

——つまり、ネタニヤフ首相は「お尋ね者」を排除でき、ハマスは交渉力がある政治部門の有力幹部を温存できた。ハマスによるシンワル氏指名は、停戦交渉をしやすくするお膳立てということですか。

 そこまで意図したものかは分かりません。ただ、米国はシンワル殺害後にブリンケン国務長官をイスラエルに派遣し、「もうこれで終わりにしよう」と停戦を進めようとしています。しかし、今のところネタニヤフ氏は停戦を受け入れていません。シンワル氏殺害がはっきりしたその日の記者会見では「これは一つの成果だが、これをステップとしてガザ地区戦闘は継続していく」と述べました。

 一方、ハマスは次の政治局長をどうするか。通常であればハリル・ハイヤ副政治局長が就くでしょう。そうなれば人質解放交渉をより進めやすくなってくるとは思います。ただ、先ほど申し上げたとおり合議制を取りますので、トップを変えたところでドラスティックな政治方針の転換が起こるとは思えません。

「ちょっかい」から本気の報復合戦に

——ネタニヤフ政権は「レバノン版ハマス」ともいえるヒズボラへの攻勢も強めています。以前、鈴木先生は2023年10月7日以降のヒズボラの活動は「国内に向けたパフォーマンスとしてイスラエルにちょっかいを出しているだけ」と説明していました。それがなぜ戦火拡大に至っているのですか。

 「ちょっかい」が大きな被害を生んでしまい、イスラエルも行動せざるを得なくなったということだと思います。転換点は今年7月。ヒズボラが放った飛翔物がゴラン高原のサッカー場に着弾し、子ども12名が亡くなりました。この子たちはドゥルーズ派というイスラエル国籍の少数派で、ヒズボラへの反発がイスラエル国内で急激に高まりました。

 イスラエルは7月30日にレバノンの首都ベイルートに限定的な空爆を行い、ヒズボラ軍事部門の上級幹部フアド・シュクル司令官の殺害に成功しました。これがきっかけで、それまで数発・数十発程度のミサイルの「ちょっかい」にとどめていたヒズボラは、8月に過去に例のない規模のロケット弾やミサイルをイスラエルに向けて発射しました。

 9月に入ると、イスラエルはヒズボラの戦闘員に配布されていた通信機器に仕込んでいた爆発物で報復し、さらにベイルートのヒズボラの本拠地があると言われる地区にバンカーバスター(地中貫通弾)で爆撃しました。これによって司令部にいた最高幹部、ハサン・ナスララ書記長が殺害される。こうしてヒズボラとイスラエルはお互い後に引けない状態になってしまったのです。

——ハマスやヒズボラ、イエメンを拠点とするフーシの後ろ盾であるイランとの戦火拡大も懸念されます。

 ネタニヤフ氏はイランを最大の脅威とみており、イランの核開発を絶対阻止する姿勢です。イランはロケットの技術を持っていて、弾道ミサイルや巡航ミサイル、ドローンに核が搭載されればイスラエルはひとたまりもないからです。

 一方で、これまでイスラエルはイランへの直接的な攻撃は避けてきました。イスラエル側の工作とみられるものには、先ほど触れたイラン文書庫の襲撃のほか、イランの核関連の科学者の暗殺やイラン核関連施設でのコンピューターウイルス攻撃などがあります。つまり、イランに対するサボタージュ(破壊・妨害工作)にとどめていた。イランも同様です。イスラエルへの報復は、シリアにいるイラン系民兵やヒズボラに代理してもらうことはあっても、直接攻撃することはなかった。冷たい言い方ですが、これがイランとイスラエルの「対決のルール」でした。

 そのルールを逸脱したのが今年4月です。何者かがシリアにあるイラン大使館施設に精密誘導爆撃を行いました。イランは「あそこまでピンポイントに爆撃できるのはイスラエルしかない。本国への攻撃と見なす」と宣言しました。

 それでも、この時点では両国はまだ自制的でした。同じ4月、イランはイスラエルに向けて計350ほどの弾道ミサイルと巡航ミサイル、ドローンによる攻撃を行いました。もっとも、巡航ミサイルやドローンは技術的に迎撃がそこまで難しいものではないこともあり、イラクやヨルダンに展開していた米軍によってほとんど撃墜されました。

 これに対してイスラエル空軍は、イランの都市イスファハンの空軍基地にミサイルを発射し、対空ミサイルシステムの要であるレーダーだけを正確に破壊しました。イスラエルは「本気でやったらこんなものではすまないぞ」と示した形です。お互い相手の国の本土に爆弾やミサイルを落としたけれども、政治的なメッセージが強い限定的な攻撃でした。

 ところが、10月1日のイランの攻撃はフェーズが変わりました。7月末にテヘランでハニヤ氏が殺害された。つまりはゲストが首都で殺された。9月には自分たちの仲間として行動していたヒズボラの最高幹部ナスララ氏を殺された。この二つを主な理由として、イランはイスラエルに対して180発超、今度は迎撃されにくい弾道ミサイルを中心に発射しました。イスラエルは防空システムを駆使しましたが、4月より着弾数が増えました。

 これに対してイスラエルでは、「いままで同じように限定的攻撃でいいのか、本格的に報復すべきだ」という声が高まっています。イランはハマス、ヒズボラ、フーシといったテロリストに資金提供している。その財源は石油産業だ。では、イランの石油関連施設を攻撃対象に含めるべきではないか。これがイスラエル国内で今議論されていいますが、もしそうなれば原油市場が混乱し、全面戦争になってしまいます(編注:イスラエルは10月26日、イランの軍事施設を標的として「限定的」空爆を行った)。

戦い続けることで支持を得る「KING BIBI」

——イランに対するネタニヤフ首相の強硬姿勢はイスラエルでは支持されているのですか。

 世論調査を見る限り「イエス」と言わざるを得ません。イスラエルは「全国1選挙区比例代表制」という選挙制度のため、国民の政党支持率が議席獲得にほぼ反映される一方、一つの政党が圧勝することも難しく、建国以来、単独で過半数を得た政党はありません。国会全120議席のうち、これまではネタニヤフ氏の政党「リクード」でさえ35議席前後取れれば「御の字」でした。

 しかし、2023年10月7日のハマス襲撃直後に行われた世論調査では、リクードの支持率は激減し、代わりに反ネタニヤフの論陣をはる最大野党「ナショナル・ユニティ」が一気に支持率を高め、その時点で選挙を行えばナショナル・ユニティが40議席を獲得する見通しとなったのです。しかし最近の支持率を見ると、野党の支持率は10数議席相当まで低迷し、逆にリクードの支持率は増えてきています。ネタニヤフ氏はファイティングポーズを取り続けることによって自分の政党への支持率を戻しているとも言えます。

——ネタニヤフ政権が倒れれば中東情勢は収束に向かうでしょうか。

 残念ながら、現状では中東情勢は袋小路に陥っています。イスラエル議会では、7月に「パレスチナ国家の成立をイスラエル政府として認めるべきか否か」という決議がなされました。法的拘束力はありませんが、国会120議席中61議席を超える過半数で、パレスチナ国家創設を認めないことが可決されたのです。この決議を提出したのは野党で、与党と共にパレスチナ国家創設に反対したのも野党。つまり、ネタニヤフ政権が交代しても、イスラエルはパレスチナ国家の承認を認めません。

 また先ほど言ったとおりイスラエルは全国1選挙区比例代表制なので、国民の属性や政治的思考が明確に、人口にほぼ比例する形で議席に現れます。そのイスラエルで今何が起きてるかと言えば入植者人口の増大です。

 この30年でイスラエルの人口は1.5倍になりましたが、入植者の人口はおよそ4〜5倍になり、「ユダヤ系イスラエル人の約1割が入植者」という時代を迎えました。つまり、単純計算で彼らが12議席(全120議席の1割)に相当する政治的意思を持っているということです。その入植者が支持しているのが「宗教シオニスト政党」というネタニヤフ氏の連立に参加している極右宗教派政党で、パレスチナ人との対話、パレスチナ人の自治を一切認めていません。非常に厳しい時代を迎えていると言わざるを得ません。


鈴木 啓之:東京大学大学院総合文化研究科 特任准教授。2010年3月に東京外国語大学外国語学部卒業、2015年5月に東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得満期退学の後、日本学術振興会特別研究員PD(日本女子大学)、同海外特別研究員を経て、2019年9月から現職。博士(学術)。

地経学の視点

 ネタニヤフ首相は「ミスターセキュリティー」とも呼ばれ、それを自認している。8月のヒズボラ空爆では、同組織の攻撃準備を察知して「先制攻撃」を行うよう指示したと報道された。安全保障のためには「やられる前にやる」ネタニヤフ氏にとって、昨年ハマスの奇襲を許したことは屈辱だったはずだ。
 
 国によって「セキュリティー」の概念は異なる。日米同盟強化に伴って自衛隊の役割拡大が求められているものの、日本のセキュリティーの基礎は憲法にのっとった専守防衛にある。しかし、ホロコーストの悲劇を経験し、周辺諸国との争いが絶えないイスラエルにとって、セキュリティーはいわば生存本能であり、攻守一体のものと理解すべきなのだろう。セキュリティーという概念は、必ずしも自分の考えとは一致しない。これは価値観が一致しない国との対話にとどまらず、同盟国や有志国との外交においても念頭に置くべき姿勢だ。
 
 日本は原油輸入の9割以上を中東に依存し、イスラエルでビジネス展開する日本企業も少なくない。中東情勢が不安定化するほど、米国がインド太平洋の安全保障のために割けるリソースは減っていく。日本の「セキュリティー」に鑑みて、中東情勢にどう関わるべきか、より真剣に考えるべきだ。(編集部)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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