中国は、「台湾は中華人民共和国の不可分な領土の一部である」と主張し、武力による台湾統一の可能性を否定していない。米国のアキリーノ・インド太平洋軍司令官は今年4月、「中国軍は2027年までに台湾に侵攻する能力を完成させる計画がある」という認識を示している。他方で中国は、戦争をするコストとしないコストをてんびんにかけて慎重に検討しているとみる向きもある。果たして、台湾への軍事侵攻は起きるのか。その時に日本はどう対応すべきか。防衛大学校名誉教授の村井友秀氏に聞いた。
※本記事は、実業之日本フォーラムが会員向けに開催している地経学サロンの講演内容(9月11日実施)をもとに構成しました。(聞き手:鈴木英介=実業之日本フォーラム副編集長)
——そもそも国際法上、中国による台湾軍事侵攻は合法なのですか。
武力行使は国際法上、原則として違反ですが、例外が大きく二つあります。一つは外国が攻めてきたときに抵抗する自衛戦争。もう一つは民族自決のための独立戦争です。
中国側は、「台湾を巡る問題は国内問題である」と主張しています。政府は、その国の領土、国民の一体性を保つ権利・義務がある。どの国でも、国内の分離独立運動は、国家の正統性、国民の一体性を損なう重大な犯罪行為に当たります。
従って、台湾が中国の一部なら、台湾が独立運動をすることは反乱罪に当たり、正統性のある中央政府が犯罪者を取り締まるのは国際法上、問題ないという整理になります。台湾と中国との間で武力衝突が起こっても、それは「国内問題」であり、「内政不干渉の原則」により、第三国は台湾問題に干渉できないということになります。
一方、台湾の頼清徳総統は「台湾は実質的に独立国であり、改めて独立宣言する必要はない」と言っています。この主張に従えば、台湾に攻め込んできた中国は侵略国であり、台湾の中国に対する戦争は自衛戦争として認められます。
国連憲章は、ある国が別の国に攻められた場合、その国は自衛権を行使できると定め、自分の力で自国の独立を守れないときには、第三国と協力して独立を守ることができると規定しています。これを「集団的自衛権」といい、この権利を通じて、第三国は国際法にのっとって侵略されている独立国である台湾を助けることができます。ただその行使のためには、攻められている国から「助けてくれ」という要請が必要だとされています。それが国際法の枠組みです。
中国と台湾、それぞれに理屈はありますが、われわれが考えるべきは、国際社会における正義です。この場合の「正義」とは、「その地域にいる人の望みがかなうようにする」ということだと思います。この点、台湾は民主主義的な地域で、世論調査を見る限り、大多数の人々が「独立国家」(現状維持か、中国からの独立を望む)であることを望んでいます。台湾の住民の望みがかなうよう動くことが国際社会として正しい行いだと思います。
国内不満が高まれば矛先は台湾に
——中国が台湾に侵攻する可能性はあるのでしょうか。
どの国でも、政府の目的は政権維持と再選です。中国は、習近平政権の維持と習氏の再選が最も大事だということです。
中国が台湾を攻めれば、負けて習政権が崩壊するリスクがあります。しかし、国内の不満が高まり政権維持を危うくすれば、国民の不満の矛先を変えるため、リスクを負ってでも台湾を攻める選択肢が生まれるでしょう。
つまり、習氏が台湾を攻めることを決断するのは、国内問題などで「政権が倒れるリスク」が「台湾を攻めるリスク」を上回った時です。現状、習政権が危うくなる兆候は見られず、「台湾を攻めるリスク」の方がはるかに大きいので、すぐに台湾に軍事侵攻するとは思えません。
——その一方で、中国は景気の減速が深刻で、富裕層を中心に国外に脱出するなど共産党政権に対する不満が高まっています。政権崩壊のリスクを減らし、台湾への軍事侵攻を封じるためには、米国や国際社会は中国を経済的に支援するべきですか。
確かにかつて米国は、中国や北朝鮮にそうした「関与政策」をとっていました。北朝鮮では経済の不安定化により政権崩壊のリスクが高まると「暴発」する恐れがあるので、それを防ぐために米国は経済援助を行いました。しかし北朝鮮は、受けた援助を国民経済の改善に振り向けず、軍事力の増強に使った。なぜなら、北朝鮮の独裁政権を支えているのは、国民の同意ではなく、軍隊や警察といった「国民を強制する力」だからです。
同じように、共産党の一党独裁体制である中国も、米国の経済援助は国民の生活向上ではなく、国民をたたく「ムチ」の強化に使われました。ですから経済援助は、共産党政権の権力を強め、台湾を攻める可能性を高めると思います。
金門・馬祖に迫る「Better red than dead」
——すでに習政権は台湾に対し、偽情報やサイバー攻撃といった武力行使を伴わない「認知戦」を仕掛けていますが、軍事侵攻を決断した場合、どんな手法をとると考えられますか。
軍事侵攻に際し、「中国はいきなり台湾上陸を目指さず、周辺海域の海上封鎖によって台湾を締め上げる作戦をとるだろう」と考える識者がいます。共産党にとって重要なのはハイコストでない戦いを仕掛けることであり、確かに台湾上陸はコストが高い。しかし、実は海上封鎖もかなり大掛かりな作戦です。
「台湾は中国の一部」という共産党の主張に従えば、中国の領海となる台湾島周辺12海里(約22㎞)内の封鎖は、国際法上、国内問題となります。ですが、海上封鎖を効果的に行うにはもっと広範囲で行う必要があります。例えば、1982年のフォークランド諸島の領有権を巡る英国とアルゼンチンの戦争では、英国が同諸島から200海里(約370㎞)を封鎖しました。中国がさらに広い範囲で封鎖しようとすると、そこには米国軍が控えているはずです。
このように海上封鎖は採用しにくいので、危険水域を設定する可能性の方が高いと思います。平時の軍事演習でも行われていますが、危険水域を台湾周辺に設定し、「台湾軍と中国軍がミサイルを撃っているので危険ですよ」と言って、外国の船が入ってこないよう警告するわけです。ただ、もし米国軍が意図的に危険水域を突破しようとしたら、それを阻止することは難しい。
そうすると、まずは小さな島を小さな作戦で取ると思います。具体的には、台湾が実効支配する金門島・馬祖島を奪う。両島は、中国大陸から2キロぐらいしか離れていません。中国は、毛沢東の時代、金門・馬祖を何度も攻めましたが、失敗に終わりました。もし習氏が両島の「解放」を実現したら、毛沢東ができなかったことをやったことになる。非常に低いコストで習近平が英雄になるわけです。
中国軍が金門・馬祖を攻めれば、本格的な戦闘になる前に両島は中国領となるでしょう。中国は、両島に「Better red than dead」を迫るだろうと思うからです。これは冷戦のときに欧州で広まったフレーズで、意味としては「あなたは赤(共産主義者)になるか、それを拒んで死ぬか」ということです。中国には、金門・馬祖を破壊する軍事力があるので、両島の住民は脅されれば中国人になることを選ばざるを得ないでしょう。
では、例えば米国は、金門・馬祖のために集団的自衛権を行使できるか。答えは、「台湾は助けを求めないので、行使できない」ということになると思います。台湾が独立運動をやっていた当時、事実上の主導者は李登輝元総統ですが、彼は「独立した台湾に金門・馬祖は含まれない」と言っています。そのため、中国軍が金門・馬祖を占領しても、台湾当局は第三国に助けを求めず、放棄する可能性が高いでしょう。
一方で、台湾本島に「Better red than dead」の脅しが効くかは疑わしい。台湾本島の人は、「共産主義にならなくても、自分たちは死なない、なぜなら戦争に勝つからだ」という意識があります。脅しに屈しない以上、中国は台湾上陸と武力行使という非常に高いコストを払わなければならない。中国は台湾を攻撃する戦術ミサイルを千数百基保有していますが、軍事史を見る限り、空爆だけで住民の抵抗意志をくじくことは難しい。実際に占領して住民を支配することが必要です。このようなことから、軍事侵攻の選択肢としては、台湾統一をいきなり目指すのではなく、金門・馬祖両島へ侵攻することから始めるとみています。
日本の集団的自衛権行使には高いハードル
——専守防衛を旨とする自衛隊が、有事において台湾を助けることはできるのですか。
さまざまな問題があります。まず本来、「自衛権」は「正当防衛」と同義です。日本語では別の単語ですが、欧米ではどちらも「self defense」です。
自衛権は、日本では「個別的自衛権」と「集団的自衛権」に分けられます。自衛権は個人の正当防衛に当たります。自分が襲われたときに反撃するのは当たり前で、法律の有無にかかわらず当然に行使できるものと考えられています。他人が襲われたときに助けるのも正当防衛です。
国際法や国連憲章では、自国が武力攻撃を受けていない場合でも、第三国への攻撃に対し、共同して武力で反撃する権利が認められています。これが先ほども触れた集団的自衛権で、どの国も持つ権利です。
ところが日本の場合、憲法9条で戦争を放棄しています。2015年に成立した安全保障関連法で集団的自衛権の限定行使ができるようになりましたが、日本の周辺地域以外で軍事行動するとき、さまざまな制限があります。例えば、米国に対する後方支援ならできるとか、あるいは武器使用を含む「フルスケール」の支援ができるかとか、それはそのとき起こっている事態によって異なります。
基本的に外国の軍隊は、「やってはいけないこと」が決められた「ネガティブリスト」にのっとって動きます。一般的に戦争法は、「戦争になっても民間人を攻撃してはいけない」「民間施設を攻撃してはいけない」ということが決められているだけで、それ以外は何をやってもいい。なぜかというと、戦争では次に何が起こるか予想することは難しく、「やっていいこと」が決められているポジティブリストでは予想外の事態に対応できないからです。
一方で日本の場合、憲法に立脚した国内法の制約があり、自衛隊はいわゆる「ポジティブリスト」方式に基づいて動きます。ポジティブリストは、「やっていいこと」以外の行為は禁じられています。侵略された台湾に対して集団的自衛権を行使するハードルは高いと言わざるを得ません。
個別的自衛権で中国を制約する方法も
——さまざまな法的な制約がある中、台湾有事において日本はどのような役割を果たすべきですか。
台湾を助けるために知恵を絞るべきです。国際社会に対する日本の影響力を高めるには、ソフトパワーを増やすことが重要です。その基礎として「日本は正義の国である」と思われることが大事です。「日本は国内法の制約で、残念ながら台湾を救うことができない」と説明するだけでは、「正義の国」として望ましくありません。
例えば、日本の領土・領海・領空を守ることでも中国軍の軍事作戦を制約することは可能です。
中国軍が台湾を効果的に攻撃するには台湾の東側に出る必要があります。標高3000m級の山々が連なる台湾山脈は台湾島の東側に寄っており、西側(中国大陸側)からミサイルを撃っても高い山に邪魔されて、台湾東部の基地は攻撃しにくいからです。中国軍が台湾の東側を攻めるには、台湾から約111㎞しか離れていない与那国島の近海や、沖縄の宮古海峡を通らないといけません。
つまり、日本が自国の領土・領海・領空をしっかりと守れば、個別的自衛権の範疇で、中国が台湾を攻める行動を大きく抑止することにつながる。そのことを相手に分かるよう示すことです。抑止力を発揮するには、(1)自分が抑止する能力を持っていて、(2)それを使う意思があり、(3)その能力と意思を相手が知っている——という3条件が必要です。これらを満たせば、台湾有事の可能性は劇的に減ると思います。
村井 友秀:東京国際大学特命教授 防衛大学校名誉教授
1978年、東京大学大学院国際関係論博士課程単位取得退学。米ワシントン大学国際問題研究所研究員。1993年より防衛大学校国際関係学科教授、国際関係学科長、人文社会科学群長、総合情報図書館長を歴任。2015年、東京国際大学国際戦略研究所教授、防衛大学校名誉教授。著書に『失敗の本質』(共著)、『日中危機の本質 日本人の常識は世界の非常識である』など。
地経学の視点
多くのメディアは「台湾有事は起きるのか」と問題提起するが、かねて中国は偽情報の拡散や世論誘導などの認知戦によって台湾に揺さぶりをかけており、その意味ですでに有事は起きている。問うべきは「中国は台湾に軍事侵攻を仕掛けるのか」だ。
村井教授は、現状では習政権が台湾を直接攻めるのはコストが大きいため、軍事侵攻の蓋然性は高くないという見方を示す一方、台湾が実効支配する金門・馬祖両島への侵攻はより低コストで実現できるとして警鐘を鳴らした。
村井教授は、「日本の考える『戦争』と中国の考える『戦争』は異なることを認識すべきだ」とも語った。中国の「外交交渉」は説得と威嚇であり、威嚇には局地戦争も含まれる。裏返せば、局地戦争は中国にとって「戦争」に当たらない。日中が外交交渉中に局地戦争が起こったとき、対処できるオプションを日本が持っておかないと、中国が一方的に有利になりかねない。
つまり、台湾有事はすでに起きており、中国の外交は局地戦を含む。そして、日中は一衣帯水の関係にある。かつて安倍晋三元首相は「台湾有事は日本の有事」と述べた。その意味を改めて考えるべきだ。(編集部)