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2023.06.28 経済金融

挽回なるか「北朝鮮以下」、対内直接投資100兆円計画の現実味

唐鎌 大輔

 6月16日、来年度予算編成や重要政策の基本的な指針となる「経済財政運営と改革の基本方針2023(骨太の方針)」が閣議決定された。同方針には、少子化対策や資産運用立国の実現、グリーントランスフォーメーションの加速などさまざまな項目が盛り込まれたが、本稿では直接投資残高に関し、期限と水準の目標が設定されたことに着目したい。

 今回の「骨太の方針」では、「対内直接投資残高を2030年に100兆円とする目標の早期実現を目指し、半導体等の戦略分野への投資促進(中略)を早期に実行し、我が国経済の持続的成長や地域経済の活性化につなげる」と記された。

 こうした方針が出る前から、日本の対内直接投資を巡る話題が目立つようになってきている。直近では5月18日、岸田文雄首相が海外の大手半導体メーカーや研究機関計7社の経営幹部らと首相官邸で面会したことが大々的に報じられた。

 具体的には、日本でも頻繁に名前が報じられる半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)をはじめ、韓国のサムスン電子、米半導体大手のマイクロン・テクノロジーや、IBM、インテル、アプライドマテリアルズ、ベルギーの研究機関imec(アイメック)の首脳らと面会した。その際、岸田首相は「政府を挙げて対日直接投資のさらなる拡大、半導体産業への支援に取り組みたい」と述べ、日本への投資を促した。実際、熊本県菊陽町の雇用・賃金情勢がTSMCの工場誘致を境に劇的に変わり始めており、対内直接投資に伴う経済効果の大きさは折り紙付きと言える。

北朝鮮の後塵を拝す「資本の鎖国」

 対内直接投資残高は、外国企業(外国投資家)が日本企業に対して行った投資(資本参加や技術提携など)の残高を示すものだ。現状、日本の対内直接投資残高は世界的に見ても異様に低く、ここにアップサイドを見出すのは自然である。UNCTAD(国連貿易開発会議)のデータによれば(図1)、2021年末時点の対内直接投資残高(対名目GDP)に関し、日本は数値が公表されている201カ国中198位の5.2%にとどまっている。日本より下にはネパール、イラン、イラクの3カ国しかなく、1つ上はなんと北朝鮮(5.9%)という悲惨な状況である。OECD(経済協力開発機構)平均が56%であることに照らしても、日本の対内直接投資状況がいかに閉鎖的か分かるだろう。

【図1】主要国の対内直接投資残高(%、対名目GDP、2021年)

 なお、UNCTAD統計上、最上位に位置する国・地域(ルクセンブルグや英領ヴァージン諸島、英領ケイマン諸島など)は租税回避地であり、節税を目的とした見せかけの投資による「外れ値」と言える。また、これはウクライナ戦争前のデータであり、経済制裁の影響でロシアの順位はかなり下がっている可能性もある。従って、この順位に盲従することは正しくないが、途上国全体の平均でも32%というデータがある。仮に、「2030年までに100兆円」という目標が達成された場合、名目GDPが現状から横ばいとすれば、GDP比率で20%程度まで上昇することになるが、これでも途上国平均には届かない。

 ちなみに、20%前後のG20(主要20カ国)加盟国を挙げると、アルゼンチン、イタリア、インドネシアといった名前が並び、G20加盟国以外ではエクアドル、ナイジェリア、ベネズエラなどがある。イタリアを除けば、先進国という枠組みにはない国々だ(そのイタリアも先進国の中では劣位に立たされることが多いのは周知のとおりである)。

 現状、日本が受け入れる対内直接投資の水準が国際的に見て際立って低く、「資本の鎖国」と揶揄(やゆ)されるような状況であることは事実だ。だが、「安い日本」と言われるなか、国内製造業の国内回帰がそれほど期待できないのだとしたら、外資系企業の日本への新規投資を促すことは(目標の絶対的水準が低いとしても)重要な施策である。インバウンド政策は海外の「人」を、対内直接投資政策は海外の「企業」を日本に取り込む努力をする政策であり、共に日本経済の両輪として注力すべき「安い日本」の戦略分野である。

目標達成を重ねてきた「得意科目」

 こうした現状を踏まえ、定量目標として掲げられた「2030年までに100兆円」は現実的なのか。例えば13年から22年までの対内直接投資残高は、平均すると前年比9.4%で伸びている。仮にこの伸び率が維持された場合、政府目標の期限である30年には約94兆円、31年には100兆円の大台に乗るイメージになる(図2)。「2030年までに100兆円」は不可能ではないが、たやすい目標とも言えない。ハードルとしては絶妙な高さに設定されている。

【図2】日本の対内直接投資残高

 ちなみに対内直接投資残高は、国際的に見た異常な低水準もあって、事あるごとに時の政権が中期目標として掲げていた。例えば、今から20年前の2003年1月、当時の小泉純一郎政権も「対日直接投資残高を5年間で倍増(01年末比の残高を06年中に倍増)する」という政府目標を掲げ、03年5月には「Invest Japan」のスローガンの下、JETRO(日本貿易振興機構)に「対日投資・ビジネスサポートセンター(BSC)」が設立されている。BSC設立は対日投資に係るあらゆる情報がワンストップで入手可能になり、外国企業が手続きの煩雑さから解放されることを企図したものであった。

 筆者は2004年4月にJETROへ新卒入社し、自分の名刺に「Invest Japan」のロゴが刻印されていたことをよく覚えている。この小泉政権の目標(01年対比で06年に倍増)は、残高ベースおよびGDP比ベース、いずれもほぼ達成されている(それぞれ6.9兆円→13.4兆円、1.3%→2.5%)。

 また、最近では2013年、第二次安倍政権により掲げられた「日本再興戦略」において、「20年までに対日直接投資残高を35兆円に倍増する」という目標が設定されており、やはりJETROを巻き込んだ包括支援が強化されている。20年の対内直接投資残高は約40兆円なので、これも達成されている。「発射台が非常に低いおかげ」とも言えるが、おざなりにされやすい財政再建目標などとは違って、対内直接投資残高に関する政府目標は達成されてきた経緯がある。必然的に今回も期待を抱くことにはなる。

 ちなみに、2021年6月には菅義偉政権が対日直接投資推進会議において、30年の残高目標を20年対比で2倍となる80兆円にする方針を示しており、今回の「骨太の方針」はこの目標が上方修正された格好になる。

「日本が選ばれない真因」は解明されず

 そもそも、なぜ日本への対内直接投資がこれほど少ないのか。抽象的な論点では、パンデミック下でも露呈した閉鎖的な国民性などは頻繁に指摘される。もっとも、「終身雇用・年功賃金に浸かった日本のウェットな労働市場においてドライな外国企業の基本姿勢が受け入れられにくい」という点で捉えれば、これは解雇規制を筆頭とする硬直的な雇用法制という具体的な論点に帰着する。雇用法制の硬直性は、産業再編などをにらんだ外資系企業の進出を阻む一因になり得る。そのほか、より基本的な指摘として言語の壁(英語が日常的に使えない)などの問題も考えられる。

 しかし、これら要因のうち、いずれが「北朝鮮未満の対内直接投資残高」という状況につながっているのか。これほどまでに日本が投資先として選ばれない理由として十分なものなのか。決定的な解明はなされていない。いずれにせよ、事実として日本が徹底的に避けられてきているというデータがある以上、考えられる障害は全て除外していく必要があるし、それが「骨太の方針」に透ける政府の意図だろう。

「半世紀ぶりの円安」「デリスキング」は好機

 では、政府はどのように対内直接投資残高を引き上げていくつもりなのか。上記で指摘されるような障害を一つひとつ取り除きつつ、投資家のモチベーションを刺激する仕組みづくりに勤しむしかない。

 「骨太の方針」では、先に挙げた半導体への投資促進のほか、「アジア最大のスタートアップハブ形成に向けた戦略、特別高度人材制度(J-Skip)や未来創造人材制度(J-Find)の創設、技能実習制度や特定技能制度の在り方の検討等を含む高度外国人材等の呼び込みに向けた制度整備、国際金融センターの機能強化、投資喚起プロモーション・世界への発信強化」などが掲げられている。だが、率直に言ってこの文言からは、何がどれほどの確度をもって奏功しそうなのか良く分からない。

 とはいえ、客観的に見て、日本が巻き返せる余地は相応にあるようにも思える。現時点で確実に言えることは、実質実効為替レート(REER)で「半世紀ぶりの円安」を記録している以上、他の先進国から日本への投資がコスト面で相当改善しているという事実だ。近年、「安い日本」を生かす策と言えば、インバウンド政策(外国「人」の受け入れ)の重要性がかなり浸透しているものの、対内直接投資政策(外国「企業」の受け入れ)の重要性はそれほど認知が進んでいないように感じられる。また、客観的な事実として、依然として世界3位という経済規模、治安の良さ、教育水準の高さなどPRできるポイントも相応にある。

 新たな加点要素となり得るのが、「地政学的な安定性」である。今年春に公表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通し(WEO)や国際金融安定報告(GFSR)で指摘されていたように、世界的に直接投資は政治・外交的に距離感が近い国・地域に再編成される傾向がある。いわゆる「デリスキング(De-Risking)」という概念である。

 この点、西側陣営の成熟国であり、かつコストが安い日本は利便性が高い立地にも見受けられる。詳しくはWEOをお読みいただきたいが、事実として世界の直接投資動向は地政学リスクの高い中国から、中国以外へシフトしていく潮流がある(図3)。このような時代背景には日本が対内直接投資を引き込む上で確かに追い風だろう。

【図3】地域別の直接投資件数

「円安を生かすカード」は1枚でも多い方が良い

 昨年来、筆者が主張していることだが、日本は今後、基礎的需給構造の変化を背景に、円高局面よりも円安局面の方が長いものになっていく可能性が高い。基礎的需給構造の変化に関しては、過去の本コラムへの寄稿「なぜ『経常黒字大国ニッポン』で円安基調が続くのか」や、「日本が直面する新たな外貨流出源、『デジタル赤字』は氷山の一角」でも議論したとおりだ。

 仮に、円安が日本の新常態だとすれば「円安を生かすカード」は1枚でも多く用意しておいた方が良い。近年では、サービス輸出(インバウンド受け入れ)に関する議論が多く展開されており、それ自体はあるべき方向性の一つに違いない。だが、観光産業だけで550兆円規模の日本経済を浮揚させることは難しいだろう。インバウンド最盛期の2019年の旅行収支でも、約2.7兆円の黒字しかなかったのだから。

 かたや、「北朝鮮未満」という状況にある対内直接投資のポテンシャルは、相応に大きさを感じさせるものだ。過去の実績を見れば目標達成の実現可能性もそれなりに高い。奏功すれば、再び日本経済が円安を起点に輸出数量を伸ばすという構図を取り戻す芽もなくはない(新時代の成長モデルとしてそれが正しいのかどうかはさておき、だが)。

 いずれにしても、2022年に直面した円安が長きにわたった「円高の歴史」の終わりであるとすれば、今後は円安を生かす手段としての対内直接投資がカギになってくることは確かだろう。対内直接投資残高の引き上げは、今年度「骨太の方針」における最重要論点の一つと言って差し支えない。

(本稿はあくまで個人的見解であり、筆者の所属組織とは無関係である)

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

唐鎌 大輔

みずほ銀行 チーフマーケット・エコノミスト
慶應義塾大学経済学部卒。JETRO(日本貿易振興機構)、日本経済研究センター、欧州委員会経済金融総局を経て、2008年みずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)。欧州関連の著書多数。日本EU学会所属。

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