中国の通貨・人民元が国際的地位を向上させている。これまでドルは、第二次世界大戦の固定相場を維持した(金・ドル本位制の下で為替相場を安定させる)ブレトン・ウッズ体制が崩壊してからもなお、世界の基軸通貨としての役割を果たし、各国が外貨準備として大量にドルを保有する状態が続いていた。しかし、ウクライナ戦争勃発後に米国など西側諸国が次々とロシアへの経済制裁を打ち出した結果、米国と対立する中国でドルへの警戒感が増した。ユーロの国際的地位を向上させたいEUも含め、外貨準備の「多様化」、「脱ドル化」が進んでいる。
IMF(国際通貨基金)が発表した外貨準備統計(COFER)によると、2022年4〜6月の世界の中央銀行の外貨準備に占めるドル割合は59.53%で、4~6月期ベースで6年連続の減少だった。ドルに次ぐユーロも同19.77%と2021年の20.57%から低下。これに対し、同時期の人民元は前年同期比0.38%増の2.88%で世界5位となった(図)。この背景にはIMFが2016年10月、人民元をIMFのSDR(特別引き出し権)の通貨バスケットとして採用したことがある。SDRは、緊急時に引き出して加盟国に配分するIMFの準備資産だ。
さらに、2022年5月には5年に一度のSDR構成通貨の比重見直しが行われ、人民元の構成比率は前回の10.92%から12.28%へ引き上がり、ドル、ユーロに次ぐ3位となった。一方、円は同様に8.33%から7.59%、ユーロは30.93%から29.31%へそれぞれ低下している。国際的地位が高まる人民元。現在、世界の80以上の中央銀行や金融当局が人民元を準備通貨に組み込んでいるという。
海外投資家からも熱視線が注がれる。2022年6月末時点で海外投資家が保有する中国国内の人民元建ての金融資産総額は10兆1億元(約218兆円)に上り、そのうち株式や債券は3兆6億元(約70兆円)だった。2016年末に比べ、それぞれ5.5倍、4.3倍もの増加だ。
クロスボーダー取引でも利用拡大
人民元の(国境をまたぐ)クロスボーダー決済も広がる。SWIFT(国際銀行間通信協会)によると、世界のクロスボーダー取引での使用通貨における人民元の割合は、2021年末の2.7%から2022年1月末には過去最高の3.2%まで増加。円を抜いて4位となった。
また、2022年上半期の人民元クロスボーダー決済の収支総額は、中国人民銀行(中央銀行)によると前年同期比15.7%増加し、20兆3200億元(約409兆円)に上った。越境EC(海外向け電子商取引)での決済増加が牽引役となった。
2022年は米国で大幅利上げが行われたものの、中国人民銀行は相場変動を一定の範囲に制限する管理変動相場制を採用しているため、人民元を売り、ドルを買うことによる大規模な資本流出は見られなかった。また、中国は新型コロナウイルス感染拡大への厳格な防疫政策で経済活動を制限してきたが、これによる国外への資本流出も少なかった。中国は広域経済圏構想「一帯一路」での人民元利用も想定しており、そのネットワークも拡大したい考えだ。
脱ドル化はロシア、EU、中東でも
進む「脱ドル化」の動き。中国に先駆けてドル依存脱却を目指してきたのがロシアだ。2010年時点でロシアが保有する米国債は1763億ドル(約25兆円)で、当時のロシアの外貨準備金の約40%を占めていたが、2022年7月にはわずか20億ドル(約2800億円)にまで減少している。ロシアは友好関係にあるインドやベラルーシ、カザフスタン、ウズベキスタンなどとの間でもドル建て決済比率を下げ、現地通貨か人民元建てでの決済を行っている。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、インドのセメント最大手ウルトラテック・セメントは、2022年7月初旬にロシア産石炭の取引において総額約1.72億元(約34兆円)を人民元建てで決済した。インドの金融機関が中国や香港に持つ支店や、提携する中国国内の銀行へドルを送金し、人民元と交換して決済を行うとみられている。
EU諸国もドル依存に危機感を抱く。イギリス、ドイツ、フランスは、米国によるイランへの経済制裁の影響を回避しイランとの貿易を継続するため、2019年1月に貿易取引支援機構(INSTEX)を立ち上げている。
2022年12月には中国とサウジアラビアの首脳会談が予定されている。これまで両国間の石油取引はドル建て決済が中心だった。中国は以前からサウジアラビアと人民元建ての石油取引を検討しており、今回それが実現されるかに注目したい。
デジタル通貨利用拡大を人民元国際化の切り札に
中国は、国家戦略として自国のCBDC(中央銀行が発行するデジタル通貨)である「デジタル人民元」の大規模な実証実験も推し進めている。CBDC決済は世界中で拡大しており、BIS (国際決済銀行)によると、2021年末時点で世界81カ国の中央銀行の約90%がCBDCに関する業務に取り組んでいるという。その先頭を行くのが中国で、現在、デジタル人民元は世界で最も利用されているCBDCとなった。
中国は、外貨準備や金融、貿易など多方面で人民元をグローバル化させ人民元債市場を拡大させることで、着実にその地位を高めている。私たちは、ドルを脅かす存在となりつつある「国際通貨」人民元を注意深く見守る必要がある。
写真:ロイター/アフロ