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2022.11.14 経済金融

経済制裁がもたらした中露の蜜月、新たな経済の枠組みの萌芽

実業之日本フォーラム編集部

 ロシアと中国の貿易における相互依存が強まりを見せている。ウクライナ戦争を巡って発動された西側諸国によるロシアへの経済制裁を契機に、ロシアは中国との貿易量を増やし、その額は2022年上半期時点で過去最高を記録した。そして、多くのロシア企業の対外貿易はそれまでのドルに代わって人民元での取引に変わりつつある。

対ロ金融制裁で、人民元建て決済が加速

 事の発端は、ロシア最大手ズベルバングなどの民間銀行が2月、国際銀行間の送金・決済システムのネットワークである国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されたことだ。世界の1万以上の金融機関が参加するSWIFTから排除されたロシアの一部銀行は、ドルやユーロ、円、人民元などの通貨での決済が事実上不可能となった。

 さらに米欧はロシア中央銀行への制裁も発動。ロシアは約6400億ドル(約19.5兆円)もの外貨準備金を保有していたが、その約半分が凍結されたのだ。これにより、ロシア中銀は外貨準備金を使って外貨を売ったり、ロシアの通貨であるルーブルを買ったりする為替介入ができなくなり、2月末からの1週間でルーブルはドルに対して40%も値下がりした。これに対し、ロシア当局は通貨防衛策として外貨購入制限などを行い、ルーブルは現在進行前の水準まで回復している。

 ロシアは、なお続く経済制裁に対抗して「非友好的な国のリスト」を公表し、ロシア政府や企業がリストに含まれる国に対しての債務をルーブル建てで支払うことを可能にした。リストには米国、英国などに加えて日本や台湾なども含まれている。

 ドル建て決済が事実上できなくなったロシアの民間銀行はその後、SWIFTに代わって中国の国際銀行決済システム(CIPS)に接続し始め、同時に人民元建ての取引も増加している。CIPSは中国人民銀行が2015年に人民元の国際化を目的として立ち上げたもので、接続するロシアの金融機関は7月中旬時点で20行を超えている。さらに、ロシアは今年に入ってから、人民元建ての外貨準備金を12.8%から17.1%まで大幅に引き上げ、ドル建てを21.2%から10.9%に減らしている。

半導体も中国産で代替

 経済制裁を受けて、米クレジットカード大手ビザや米マクドナルド、日用品大手の英ユニリーバなど、ロシアで事業を行う多くの米欧企業は撤退や事業停止を余儀なくされた。その隙に入り込んだのが中国企業だ。

 たとえば、ロシア国内に供給されるハイテク製品は、それまでの米国製に代わって中国製が増加している。なかでも今年1〜5月までの半導体チップの出荷額は、ウクライナ戦争前の2倍以上の5000万ドル(約75億円)となっている。また、中国産自動車の存在感も増している。制裁により米国や日本、韓国からロシアへの自動車出荷が停止したため、中国車の出荷も増えているのだ。

 ウクライナ戦争によって深刻化したエネルギー供給不足や、加速するインフレは、欧米企業の生産能力を低下させつつあるが、これに乗じて中国は自国のハイエンドの製造業への資金投入を加速させ、中国を中心としたサプライチェーンの形成を狙ってい

中国、「ロシアから輸入→他国に輸出」で利益

 実際、中国とロシアの2021年の貿易額は1400億ドル(約20兆円)と過去20年で10倍以上に増えている。2022年1月〜6月期の中国の貿易相手国・地域を見てみると、取引額首位は米国で、それに続き東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国、欧州連合(EU)加盟国、韓国、日本が並ぶ。増加率は最も高い米国で11.7%だ。これに対しロシアとの取引額の増加率は26.2%と、トップ5までの国の増加率を遥かに上回るペースで推移している。さらに、ロシアの駐中国大使によると、2022年には二国間の貿易額が2000億ドル(約1兆3000億元)(約30兆円)を超える可能性があるという。

 中国のロシア産エネルギーの輸入量も増加中で、今年1月から8月までの原油、天然ガス、石炭、電力の購入額は計436.8億ドル(約6.5兆円)に達した。今年1月~6月の原油の輸入量は前年比4.4%増の4845万トン。天然ガス輸入量は前年比60.9%増の235万トンだった。

 同時期の中国から他国への天然ガス輸出量も増えており、スペインやフランス、マルタなど欧州向けに約1億6400万ドル(約245億円)、日本や韓国、タイなどのアジア諸国向けに約2億8400万ドル(約423億円)を輸出した。昨年の中国の天然ガス輸出額は700万ドル(約10億円)だったが、それを現時点で大きく上回っている。これは、ロシアから輸入した天然ガスを他国に再輸出することで、利益を得ていると考えられる。

 同時期のロシアからの石炭輸入量も増加しており、前年比23.5%増の1045.3万トンとなった(21年通年の輸入量に相当)。なかでも7月は前年の62.2%にあたる234.7万トンも増え、過去5年間で最高の611.8万トンを記録した。米欧が7月に、ロシアへの追加制裁としてロシア産石炭の輸入禁止を決定したことが背景にある。

中露同盟を強化、連携深化へ

 中国の対露関係構築の方向性にも変化が出始めている。ロシアの国営原子力会社ロスアトムが開示した情報によると、中国の張漢暉・駐ロシア大使は9月に開幕した第7回東方経済フォーラムで、「中国は東方経済フォーラムのプラットフォームを最大限に活用し、両国間の協力関係をさらに全面的に強化する」と述べ、ロシアとの協力関係強化に意欲を見せた。

 これまで中国は、米国がロシアと取引を行う中国企業にも影響を与える「二次的制裁」を発することを回避するため、米欧を意識した中立のポジションでロシアとの友好関係を維持していた。しかし、現在は制裁のもとでも貿易やエネルギー、農業、インフラ建設、科学技術、教育、医療、文化などの各方面での協力を全面的に強化し始めている。

 最強の経済制裁で苦境に陥るロシアは、今後も中国へのエネルギー輸出の依存を強め、人民元建てでの取引も増やしていくと見られる。もっとも、この制裁によるロシア経済への影響は計り知れない。西側諸国による制裁は今後も続くだろう。しかし、ロシアは中国や同盟国や友好国との協力関係を深めることで、その影響を最小限に抑えることができているのが現実だ。中露は西側諸国に対抗する新たな経済の枠組みを形成しようとしている。

写真:ロイター/アフロ

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