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2022.11.08 コラム

ロシア、中国、西側諸国との全方位外交…大国インドの「戦略的自律性」とは
インドの国益を見極めつつ、日本はパートナーシップを深めよ

実業之日本フォーラム編集部

 中国に伍する人口規模を有し、核保有国でもあるインドは、ウクライナ戦争に係る国連のロシア制裁決議を棄権して西側諸国と距離を置く一方、日米豪印の戦略枠組み「QUAD(クアッド)」に参加している。さらには、中国とロシアが主導する多国間協力組織「SCO(The Shanghai Cooperation Organization:上海協力機構)」にも加盟しており、西側・中ロ側いずれとも関係を結んでいる。なぜインドはこのような全方位外交をとるのか。中国が習近平政権3期目を迎え、権威主義体制を強めるなか、インド太平洋の安全保障はますます重要になっており、大国・インドはそのキープレイヤーだ。日本はインドとどのように付き合っていけばよいのか。インド研究の第一人者である堀本武功氏に語ってもらった。

 インドが全方位外交、裏返せば非同盟の外交方針をとったのは、どうやったら自国の国益を守れるかを考えた結果だ。1947年に英国から独立した当時のインドは、国力――端的には経済力と防衛力――を持っていなかったからだ。

 国力が不十分である以上、これを補う意味で大国との同盟関係を築きたかった。だが、英国は旧宗主国であり、再び異民族支配に服するわけにはいかない。他方、もう一つの大国である米国からは期待した援助は受けられなかった。独立インド初代首相のネルーは、英国留学中に社会主義の影響を受けており、マッカーシズム(反共産運動)が吹き荒れていた当時の米国から左翼視されていたからだ。

 そのため、インドはソ連と接近した。1971年には「印ソ平和友好協力条約」を締結し、事実上の同盟関係を樹立した。ただ、インドはインダス文明をルーツとする長い歴史を持ち、大国願望が強く、独立国としての矜持が強い。強国の支配下に置かれる「ジュニアパートナー」の位置付けとなるのを避けるため、ソ連を正式にパートナーにはできなかった。以後、インドはソ連(ロシア)と「持ちつ持たれつ」の関係を築くことで、非同盟による脆弱さをカバーした。

「G3」を目指すインドの国益第一主義外交

 1950年代の非同盟外交に対し、現在のインド外交は「戦略的自律外交」とも呼ばれる。戦略的自律外交は、以前、インド国民会議派のマンモハン・シン政権時には「非同盟2.0」とも言われていた。「非同盟2.0」は、2012年に公開された政策提言書の題名だ。冷戦期の「非同盟1.0」との一番の違いは、同提言書で強調された「戦略的自律性」にある。高まった国力を背景に、他国の立場を利用して国益を追求することが戦略的自律性の目指すところだ。モディ首相やジャイシャンカル外相も、しばしば戦略的自律外交に言及している。

 実際、インドの国力は増している。インドは、2021年時点の世界のGDPで英国に迫る第6位(図1)、防衛支出では米中に次ぐ第3位で(図2)、今年9月には初の国産空母「ビクラント(「勇敢な」とか「強い」の意)」を就役させた。現在、インドの人口は13億人超と中国に次ぐ規模だが、国連の「世界人口推計2022」によれば、2023年には中国を上回り、世界最多の人口を有する国になる見込みだ。インドは自国をいずれ米中と並ぶ大国として、「G3」の地位を占めるようになりたいと望んでいる。

 このようにインドの大国志向は明らかだが、国力はまだ十分とはいえない。収支赤字が続いている上、気候変動による熱波や洪水による被害が大きく、経済活動が阻害されているとの指摘もある。一方で、インドは2030年代以降に人口ボーナス(生産年齢人口がそれ以外の人口の2倍以上に達する期間)のピークが来ると推測されており、トータルで見ると経済成長が続くポテンシャルを持った国だと言える。 

「仮想敵国」の多国間枠組みにも入り込む

 前述したように、インドにとってロシアは戦略的パートナーだが、中国はいわば「仮想敵国」だ。インドと中国はヒマラヤ山脈を挟む形で国境を接する隣国同士で、断続的に国境紛争が続いている。両国は大国願望を持つライバルだが、近年、中国は急激に台頭し、貿易関係もインドの大幅輸入超となっている。もう一つの隣国パキスタンとは、カシミール地方の帰属を巡り、独立直後から緊張関係にある。

 他方で、中国とパキスタンは「全天候型友好関係」にあり、大きく見れば中国とパキスタンという二つの対立国にインドは接していることになる。この状況に自国のみで対処できるだけの国力は、インドに備わっていない。ロシアとの関係を基軸に対立国との対抗手段をとらざるを得ないのが現状だ。

 こうしたなか、インドはロシアとの距離を見定めながらウクライナ問題に対処せねばならない。国連安全保障理事会のロシアへの非難決議では、インドのほか中国なども棄権したが、印中で足並みを揃えたわけではない。もし、インドが非難決議に賛成すれば、ロシアの反発を招くばかりか、中ロのさらなる接近を許す可能性がある。それ故の棄権だったろう。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所によると、過去20年間にインドが輸入した兵器の67%がロシア製だ。輸入した兵器は結局、中国・パキスタンとの紛争に使われることになる以上、ロシアとの関係を悪化させるわけにはいかない。先に、「持ちつ持たれつ」と表現したとおり、カシミールでの即時停戦などの決議案について国連安保理で表決される際は、ロシア(ソ連)が拒否権を行使することで否決されている。かといって西側との関係に鑑みれば、ウクライナ問題でロシアと完全に歩調を合わせることも得策ではない。

 「ではなぜ、仮想敵国である中国と、ロシアを主軸とするSCOにインドが参加しているのか」という疑問が湧くが、これについては、やはり中ロの過度な接近を牽制する意図があると指摘できる。9月15~16日、ウズベキスタンで開かれたSCOで、モディ首相は、ロシアのプーチン大統領に対し「今は戦争をしている場合ではない」と述べた。私は今年5月、インド太平洋の安全保障に関する国際会議のためにインドを訪れた。その際、関係者の多くは「ウクライナ戦争が長期化し、ロシアが戦術核の使用など国際世論の大きな反発を買うような事態が生じれば、インドもロシアを支持できないだろう」と述べていた。

 インドにとっても、ロシアがこれ以上事態をエスカレーションさせることは望んでいない。ウクライナ戦争の深刻化によって、米国がよりこの問題に関与せざるを得なくなれば、米国がインド太平洋の安全保障に割く力が減少し、中国を利することになるからだ。

米国主導の枠組みへの参加は中国への牽制手段

 では、インドと米国の関係はどうか。バイデン米大統領主導の下、各国は日米豪印によるQUADや、日米印はじめ14カ国で構成される「IPEF(インド太平洋経済枠組み)」で中国に対抗しようとしている。

 だが、これらの枠組みは対中包囲網としては不十分だ。まず、QUADは多国間協議の枠組みであって、参加国を拘束するような集団安全保障組織ではない。つまり、NATOのような強制力や常設軍は持っていない。だが、もしQUADが、中国が常々主張する「アジアのNATO」になるならば、インドは加盟をためらうだろう。現状の緩い枠組みの中で構成国が共同訓練を行うだけなら、いくらでも名目が立つ。中国を刺激し過ぎない程度に牽制できれば良いというのがインドの考えだからだ。

 次にIPEFは、9月に交渉開始が正式に合意された経済枠組みで、サプライチェーンの強靱化やエネルギー安全保障など4つの経済分野で協議を進め、中国が進める巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する狙いがある。ただ、IPEFは米国にとっては米国連邦議会の承認は不要で、バイデン大統領の権限で推進できる通商枠組みだ。同じ通商枠組みでも、議会承認が必要で、法的拘束力を伴うTPP(環太平洋パートナーシップ協定)とは異なる。もしトランプ前大統領が2024年の大統領選挙で勝利するようなことがあれば、枠組みが機能しなくなるリスクは十分あるし、「拘束力がない」ということは、インドはいつでもIPEFを抜けられるということでもある。

 このように見ると、今後の発展次第ではあるが、QUAD、IPEFとも今のところ中国への対抗力という点では「ないよりはまし」といった意味合いにとどまるし、インドとしてもそれが好都合ということだろう。

真の友人がいないインド、日本は戦略的パートナーシップを

 「戦略的自律外交」の下、インドは国益の最大化のために利害関係国と不即不離の関係を保つ努力を続けているが、裏返せば真の同盟国がいない「綱渡り外交」ということでもある。このようにしたたかでもあり、「真の友人」がいないインドと日本はどう向き合えばよいのか。日印二国間の外交関係では「民主主義国同士」といった表現をするが、実態からいえば、日本とインドは共通の価値があるとはいえない。インドの「民主主義度」は低下している。

 「国境なき記者団」によれば、インドにおける報道の自由度は、2002年は180カ国中80位だったが、その後どんどん低下し、2022年は150位まで低落した。これを見ても、2014年のモディ政権発足後、報道の自由は一層制約されたと言える。インドでは総選挙が定期的に実施され、その結果に基づいて政権が樹立されるため、モディ首相は自国を民主主義国と主張するが、ヒンドゥー民族主義的な傾向が強い。少数意見は軽んじられ、もしくは封殺されている。スウェーデンの民主主義研究機関「V-Dem」は、インドを「選挙独裁」に分類している。

 とはいえ、米国以外に同盟国を持たない日本にとって、インドは当面、重要なパートナーであり続けるだろう。またインドとしても、日本を橋渡し役として米国とつながりを深めていくことは、対中政策として重要だ。米国もまた相対的な国力は低下している。つまり、インド太平洋の安定において、日米印はパートナーシップを組む実利がある。QUADの一員であるオーストラリアも同様だ。日本は、インドの置かれている複雑な立場や外交戦略を深く知った上で、現在の協力枠組みを生かしながらより密接にパートナーシップを強めるべきだ。(談)

実業之日本フォーラム編集部

実業之日本フォーラムは地政学、安全保障、戦略策定を主たるテーマとして2022年5月に本格オープンしたメディアサイトです。実業之日本社が運営し、編集顧問を船橋洋一、編集長を池田信太朗が務めます。

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