ウクライナ戦争の勃発を受けて、世界各国が相次いで軍事費の増額に踏み切っている。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によると、21年の世界の軍事費は2兆1130億ドル(約297兆円)となり、初めて2兆ドル(約280兆円)を超えた。対実質GDP比(経済力に対する軍事支出のバランスを示した指標)は約2.21%で、7年連続で増加している。1位の米国と2位の中国だけで世界の軍事支出の半分以上を占める。
国名 | 2021年度軍事支出 | 前年比増加率 | 2022年度軍事費予算額 |
米国 | 115兆円 | -1.4% | 108兆円 |
中国 | 41兆円 | 4.7% | 30兆円 |
インド | 10.7兆円 | 0.9% | 9.8兆円 |
イギリス | 9.6兆円 | 3% | 7.6兆円 |
ロシア | 9.3兆円 | 2.9% | 7.7兆円 |
日本 | 7.6兆円 | 7.3% | 5.4兆円 |
中国、22年度の軍事費はGDP5.5%超え
首位の米国は前年比1.4%減の8010億ドル(約115兆円)だった。21年までの10年間で、米国の軍事分野への研究開発費は24%増加し、兵器の購入費は6.4%減少しており、SIPRIは「既存システムへの大規模な支出よりも、新技術の開発を優先しているようだ」とみる。日本は前年比7.3%増の541億ドル(約7.6兆円)と1972年以降で最大の増加率となった。
2位の中国は、前年比4.7%増の2930億ドル(約41兆円)と27年連続の増加だった。これは米国の軍事費の36%ほどだ。しかし、22年の軍事費はこれまで以上の増額となりそうだ。中国の22年予算案で示された軍事費は1兆4760億ドル(約207兆円)だった。これは22年の目標GDPの5.5%前後を大きく上回る。中国は、ペロシ米下院議長が8月上旬に台湾を訪問したことを受け、台湾周辺海域で大規模な軍事演習を行ったばかりだ。
国名 | 21年実質GDP | 軍事費対GDP比 |
アメリカ | 3226兆円 | 3.48% |
中国 | 2484兆円 | 1.23% |
日本 | 688兆円 | 1.11% |
イギリス | 448兆円 | 2.15% |
インド | 432兆円 | 2.49% |
ロシア | 225兆円 | 2.90% |
ミサイルなどの開発への支出が増加
中国政府が公表した最新の「中国宇宙白書」によると、19年の中国の軍事費は「人員の生活費」、「訓練・整備費」に比べて空母やミサイル、戦闘機などの製造開発のために使われる「装備費」への支出が多かった。
17年の装備費支出は前年比6.3増の4289億元(約8.7兆円)。全体の軍事費(約21兆円)に占める割合は41.11%にものぼり、年平均成長率は13.44%だった。また、装備費に分類される航空装備品の年平均成長率も10.56%と大幅に伸びており、ここに重点的に支出されるようになったことがわかる。実際、13年から17年までの間の軍事費に占める装備費の割合は4.56ポイント増加している。年平均成長率は9.62%で、同時期の軍事支出の年平均成長率の7.08%とGDP年平均成長率の7.01%をそれぞれ上回った。
関連企業、上場による資金調達で軍事費削減も
現在、中国の習近平(シー・ジンピン)政権は民間の技術開発を軍事のために使う「軍民融合」を国家戦略として押し進めている。分野は基礎インフラ分野、科学技術・宇宙開発,船舶、電信、インターネットと多岐にわたる。また、政府は軍民融合促進策を相次いで打ち出しており、18年には軍関連の12企業で構成される「軍事融合産業発展基金」を設立した。これらの企業は中国・香港両市場に上場しているが、ここで広く資金を調達することで国家予算における軍事費の削減も図る。
企業名 | 主力業務 | 関連上場企業 |
中国核工業集団 | 原子力発電所運転技術サービスプロバイダー。原子力計測機器・規格外機器の専門サプライヤー | 中核科技 ジルコニ |
中国核工業建設集団 | 原子力エンジニアリング。防衛エンジニアリング。原子力発電所・その他産業・土木建設事業下請け | 中国核建 中国核電 |
中国航空科学技術集団 | 宇宙船、人工衛星 | 中国衛星 航天電子 航天機電 四維図新 |
中国航空科工集団 | ミサイル産業。宇宙産業向け機器の研究・設計・製造・打上げ・メンテナンス作業 | 航天通信 航天科技 航天発展 航天電器 |
中国航空工業集団 | 航空業における研究・設計・製造 | 中航飛行機 中航重機 中直股份 洪都航空 中航資本 |
中国船舶工業集団 | 造船業、舶用機器の製造 | 中国船舶 中船防務 |
中国船舶重工集団 | 造船業、船舶修理業(軍艦、民間船舶を含む)、船用備品、船舶技術開発、貨物・技術の輸出入 | 中国重工 中国動力 楽普医療 |
中国兵器工業集団 | 戦車や装甲車の開発、弾薬の供給 | 北方導航 光電股份 凌雲股份 |
中国兵器設備集団 | 軍用機器の研究開発、設計、製造 | 長安汽車 中国嘉陵 江鈴汽車 |
中国電子技術集団 | 通信機器、コンピュータ、コンピュータ・ソフトウェアの設計、製造、開発、応用 | 太極股份 海康威視 衛士通 国睿科技 |
中国航空エンジン集団 | 航空機用エンジンメーカー | 中航動力 中航動控 |
中国電子情報産業集団 | 中国最大の国有総合ITコングロマリット。電子情報技術製品・サービス提供 | 南京CECパンダ 深科技 長城信息 |
「軍民融合」戦略で軍事力増強へ
政府は軍民融合政策に力を入れているものの、19年時点で民間企業による軍事向け製品の生産額は5200億元(約10.5兆円)で、一般向け製品生産額の3兆4600億元(約70兆円)と比べるとその差はまだ大きい。政府は民間企業による軍用製品の生産をさらに増やしていきたい考えだ。そのため、中国政府は今後軍民融合の新たな促進策を打ち出すと見られている。
一方、米国は中国の軍民融合政策を受け、航空宇宙分野の研究所など中国の7団体を輸出禁止リストに掲載した。民間企業の技術開発を国家の軍事力向上に積極利用する中国に、世界各国が警戒感をあらわにしている。
提供:Russian Defense Ministry Press Service/AP/アフロ