中国が、世界のAI市場で存在感を増している。米調査会社IDCは、世界のAI市場は、21年の885億7000万ドル(約1.7兆円)から25年には2218.7億ドル(約4.4兆円)に増加し、5年間の売上高の年平均成長率(CAGR)は26.2%まで成長すると予想している。中国のAI市場は25年には184億3000万ドル(約3643億円)を突破し、アメリカに次いで2位となる見込みだ。
急成長する中国AI市場のなかでも、特に「画像認識」・「音声認識」・「機械学習(過去データを活用して未来のシナリオを理解するAI技術)」などAIソフトウェア分野の動きが活発で、21年の市場規模は前年から43.1%増加し、52億8000万ドル(約7040億円)に達した。
中国の画像認識市場、3000億円を突破
画像認識市場は、前年の16.6億ドル(約2213億円)から21年は23.4億ドル(約3120億円)と約30%増加した。商湯集団(センスタイム)や曠視科技(メグビー)、ソフトバンクグループが出資する創新奇智(AInnovation)、雲従信息科技(CloudWalk、クラウドウォーク)、海康威視(ハイクビジョン)が全体の45.6%と半数を占めている。その他、百度(バイドゥ)スマートクラウド、阿里雲(アリクラウド)、華為(ファーウェイ)クラウド、騰訊(テンセント)クラウドも一定程度のシェアを獲得している。
音声認識市場は前年の15.5億ドル(約2067億円)から21年は21.7億ドル(約2890億円)と約28%増加した。「科大訊飛(アイフライテック)」が首位を守るが、シェアはやや低下気味だ。一方で、阿里雲(アリクラウド)や百度(バイドゥ)スマートクラウドのシェアは拡大傾向にある。
機械学習市場は前年の15.5億ドル(著者調べ)から21年は5.7億ドル(約760億円)に減少している。主要企業である華為(ファーウェイ)クラウドの伸びは堅調だったが、次世代の高速計算機である量子コンピュータの技術を扱い、5年連続シェア3位以内を維持する「九章雲極(DataCanvas)」が新型コロナウイルスパンデミック(世界的大流行)の影響によって収益減少となっていた。これが減少の原因の一つとして考えられる。
有力AIスタートアップ「AI四小龍」とは?
多くのAI企業のなかでも、中国で「AI四小龍」とも呼ばれるAI有力スタートアップ企業4社「センスタイム」、「メグビー」、「イートゥ」、「クラウドウォーク」は著しい成長を見せている。
エンジニア出身の創業者が独自技術を強みに多額の資金調達を行ってきた4社はユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)として注目を集めており、公安・金融・都市管理分野で、画像認識と音声認識技術を使った顔認証や交通状況の把握のためのサービスを提供している。北京や香港、米国などの有名大学で先端技術を学んだ人材を集め、中国国内のビッグデータ収集や資金調達を実現した。これが社会的な需要とマッチし、政府の支援も受け急成長を遂げてきた。
企業 | 主力分野 | 強み | 画像認識市場シェア率(2021年時点) |
商湯集団(センスタイム) | スマートシティ、スマートビジネス | 低コストでのAIシナリオ大規模生産 | 22.2% |
曠視科技(メグビー) | モノIoT,都市IoT、サプライチェーンIoT | 産業向けサプライチェーン・マネジメント・ソリューション提供 | 15.2% |
依図網絡(イートゥ) | スマート公共サービス、スマートビジネス | 自社開発のAIハードウェアやソフトウェア、ハードウェアとソフトウェアの組み合わせ、ソフトをクラウド経由で提供する「SaaS(サース)」サービス | 9.0% |
雲従信息科技(クラウドウォーク) | スマートガバナンス、スマートファイナンス | AIシナリオ生成 | 9.8% |
センスタイム、アジア最大級のAIDC稼働開始
そのなかで、特に勢いを増しているのが画像認識技術で強みを持つセンスタイムだ。日本では、17年からホンダと自動運転のAI技術で共同実験をしていることや、若者に人気の自撮りカメラアプリ「SNOW」で同社のAI技術が使われていることでも知られている。
そのセンスタイムが提供するAIサービスの中核をなすのが汎用AI基盤「センスコア(SenseCore)」だ。顔認証技術のみならず、他のさまざまなサービスにも応用できることで世界の注目を集めている。マーケティング領域などの顧客の各用途に応じてカスタマイズができる独自モデルを作り、AIサービスの開発を可能にしたことで、潜在的な顧客を掘り起こした。センスコアを支える演算基盤としてセンスタイムが2月に中国・上海市で稼働開始したのが、東京ドーム約2.7個分、総面積13万平方メートルのAIデータセンター(AIDC)。規模はアジア最大級で1日あたり2万3600年分もの映像を処理することができる。
同社はセンスコアの研究開発に約970億円を投じているが、このように早い段階からAI技術の需要を見定めて多額の資金を投入するなどして、市場競争力を高めてきた。
米ハイテク制裁の影響も
一方で、センスタイムは米制裁の影響も直に受けてきた。米国によるAIなどの高度技術を扱う中国のハイテク企業への制裁はさらに強まっており、同社は昨年末に2度目の制裁リストに追加されている。この影響で予定していた香港証券取引所での新規株式公開(IPO)は一時延期となったが、その後の募集再開によって上場を実現した。
それから1週間以内で株価が2倍に上昇したものの、大株主の株式売却を制限するロックアップ期間の終了により、6月30日時点で株価は51%も急落し、下げ止まりに歯止めがかかっていない。米制裁による行き先の不透明感に加えて、IPO前の投資家や機関投資家が保有する233億株(持ち株比率70%)を売却したことも下落に拍車をかけた。
中国AIスタートアップ、困難どう乗り越える?
センスタイムなどAIスタートアップ企業の多くは収益モデルが未だ確立されておらず、投資家の間では、莫大な先行投資が必要で回収期間が非常に長い特徴を持つAI関連企業への投資に対して慎重な見方が多い。さらに、米国によるハイテク制裁がいつまで続くかも読めないのが現状だ。さまざまな困難が待ち受けているAI関連企業だが、世界がデジタルトランスフォーメーション(DX)化するなかでAI技術の応用範囲は急激に広がることは必至だろう。世界のAI業界をリードする存在になりうる中国AIスタートアップが、今後どう困難を乗り越え、技術革新を進めるかに注目したい。
写真:ロイター/アフロ