地震、悪天候、発電所のメンテナンスなどが重なって引き起こされた3月の「電力ひっ迫騒動」。確かにタイミングが重なったが、根底には日本のエネルギー政策が抱える根本問題がある。足下ではロシアへのエネルギー依存も代替する必要が生じ、世界はカーボンニュートラルに向けて加速している。原子力発電所の再稼働も含めたエネルギー政策の根本について一刻も早く議論を始めなければならない。
日本各地で頻発する地震
3月16日の23時36分、福島県沖の牡鹿半島南南東60km付近において、震源の深さ60km、マグニチュード7.3の地震が発生し、福島県や宮城県で最大震度6強を観測した。
これにより東北電力管内で約13万戸、東京電力管内で約2万5千戸が停電し、原町火力発電所や福島天然ガス発電所など複数の発電所が停止している。そして、東北電力は3月17日の2時30分から6時までの間、発電所停止に伴う需給状況改善のため北海道電力、東京電力から電力の融通を受けている。
3月21日には、悪天候による太陽光発電の出力低下と、関東地方で発生した降雪をともなう寒波によって暖房のための電力需要が増大し、12年に導入された「電力ひっ迫警報」がはじめて発令、あわせて経産省から節電要請がなされた。この日、東京電力・東北電力管内の一部の火力発電所が定期検査で停止しており、さらに16日の地震で一部の発電所が緊急停止していたことも影響した。
政府は2050年までの「カーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)」実現を宣言している。上述のような自然災害が頻発する中、今後はエネルギー政策上の蓄電システムの導入や普及が重要な課題になってくるだろう。
「電力需給ひっ迫」の背景には
経産省は、電力需給ひっ迫の背景には電力供給の構造的課題があると分析している。
東日本大震災以後の日本の電力供給は、長期間停止している原子力発電所(以下、原発)の代替えとして高経年機を含む火力発電がその大部分を担ってきた(火力75.8%、原子力6.3%、水力7.7%、再エネ18.0%:資源エネルギー庁2019年)。そして現在火力発電は、カーボンニュートラル実現に向けて導入が拡大しつつある太陽光発電などの再生可能エネルギー(以下、再エネ)の調整機能を果たしている。
というのも、好天時での東京電力管内にある太陽光発電の供給量は大型火力発電所の15基分の約1500万KWで、雨天時や夜間に発生する電力不足は火力発電が補っているからだ。このようにして火力発電所の出力は、太陽光発電が順調に稼働している間は電力需要にあわせて調整する必要があるのだが、稼働率低下や卸売り電力の価格低迷にともなって、その採算性は悪化している。
日本もエネルギーを「ロシアに依存」
岸田首相は4月8日、ウクライナでのロシアによる残虐で非人道的な行為に対する制裁として「ロシアからの石炭の輸入の禁止」を掲げ、「エネルギー分野でのロシアへの依存の低減、夏・冬の電力需給ひっ迫を回避するため、再エネ、原子力などエネルギー安保及び脱炭素の効果の高い電源の最大活用を図る」と表明した。
資源自給率の低い日本のエネルギー供給は石炭が31.9%、LNG(液化天然ガス)が37.1%、石油が6.8%で、石炭の海外依存度は99.5%、そのうちロシアからの輸入は12%(経産省2019年)だ。ロシア依存を脱却するには、最大の輸入先であるオーストラリア(68.0%)やそれに次ぐインドネシア(12.0%)などからの代替輸入が必要になってくるだろう。
政府は21年10月に「エネルギー基本計画」を策定し、30年度までに電源構成の原発比率目標を全体の20〜22%としたものの、20年度時点ではわずか6.2%(資源エネルギー庁2019年)にとどまっており、目標の達成は厳しい状況だ。
原発稼働、各国が続々決定
そんななか欧州各国は、原発の新設・閉鎖延長を決定するなどして電力需給確保の方針を大きく転換しはじめた。
報道によると、英国はロシアのウクライナへの軍事侵攻によるエネルギー価格高騰やロシアへのエネルギー依存を軽減するため、30年までに原子力発電所8基を新設するエネルギー計画を発表。フランスも50年までに小型モジュール原発(SMR)を含む最大14基の原発を新設し、既存発電所の稼働期間を40年から50年に延長する方針だ。さらに、ベルギーは25年までに閉鎖する予定だった原発2基の稼働を10年延長することを決定している。
いまだ残る「原発への不信感」
日本も原発再稼働についての議論は出てきており、経団連の十倉正和会長は3月22日、「今回の、需給電力ひっ迫により、既設の原子力発電所の有効活用を真剣に考えるべきだということが再認識された」と語った。
また自民党電力安定供給推進議員連盟の細田博之会長は4月10日、「ロシアのウクライナ侵略により世界的に天然ガスの供給が不安定になり、火力発電依存が高い、日本にとって、電力の安定供給に影響を及ぼしかねないことから、稼働を停止している原発について、安全の確保を優先しつつ、緊急的に稼働させることを政府に要望した」述べている。
さらに萩生田光一経産相は4月11日、「原発の安全性を最優先し、国も前面に立って立地自治体などの関係者の理解と協力を得られるよう取り組む」と強い決意を示した。
このように、日本でも原発再稼働の気運が高まりつつあるものの、国民にいまだ安全性への根強い不信感もあることから、今夏の参議院選挙での原発廃止・再稼働の争点化を避ける動きも予想され、先行きは不透明だ。
また、16年6月公布の新規制基準には「意図的な航空機衝突への対応」などのテロ対策や「格納容器破損防止対策」などのシビア・アクシデント(設計当初の想定を超える事故)対策が追加され、より安全な新基準設定により再稼働の環境も整えてはいるが、地域住民の理解を得ることは困難な情勢だ。
資源エネルギー庁によると、現在稼働中の原発は大飯原原発、高浜原発、伊方原発などの7基で、休止中は美浜原発など3基、新基準に適合し原子力規制員会が設置を許可した原発は柏原刈羽原発などの7基である。
「リスクがあるからやらない」ではダメ
IEA(国際エネルギー機関)によると18年の日本のエネルギー自給率は世界34位の11.8%で、19年の財務省貿易統計によると石油、LNG、石炭は97%以上を海外からの輸入に依存している。
実業之日本フォーラム編集顧問で一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアチブ理事長の船橋洋一氏は以前の記事で、『福島原発事故後、原因と背景を調査・検証し、「絶対安全神話」により『小さな安心』を優先して『大きな安全』を犠牲にしてしまっていた。10年たった今でも、基本的にまだ変わっていない。リスクの存在を認め確率論的に、その割合を引き下げていく事が政府の仕事であり、国民の義務だと主張している』と語り、リスクがあるからやらないのではなく、リスクがあることを国民と共有しその割合を下げていくことの必要性を訴えている。
私たちはウクライナ危機の勃発で、海外からの供給不安定な化石燃料への依存から脱却する必要性を再確認した。また再エネ供給が安定するまでの間は、原発再稼働による電力供給も考えなければならない。今後の冷房や暖房のための電力需要が高まる事態に備え、新たな電力需給の体制構築の議論を今こそはじめるべきである。
写真:ZUMA Press/アフロ