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2022.02.03 対談

電力市場のパラダイムシフトはもうすぐそこに…新たな覇権争いに先んじる中国の「驚くべき秘策」とは
伊原智人氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-3)

伊原 智人

ゲスト

伊原智人(Green Earth Institute株式会社 代表取締役CEO)

1990年に通商産業省(現 経済産業省)に入省し、中小企業、マクロ経済、IT戦略、エネルギー政策等を担当。1996~1998年の米国留学中に知的財産権の重要性を認識し、2001~2003年に官民交流制度を使って、大学の技術を特許化し企業にライセンスをする、株式会社リクルート(以下、「リクルート」という。)のテクノロジーマネジメント開発室に出向。2003年に経済産業省に戻ったものの、リクルートでの仕事が刺激的であったことから、2005年にリクルートに転職。震災後の2011年7月、我が国のエネルギー政策を根本的に見直すという当時の政権の要請でリクルートを退職し、国家戦略室の企画調整官として着任し、原子力、グリーン産業等のエネルギー環境政策をまとめた「革新的エネルギー環境戦略」策定に従事。2012年12月の政権交代を機に内閣官房を辞して、新しいグリーン産業の成長を自ら実現したいと考え、Green Earth Institute株式会社に入社。2013年10月より代表取締役CEO。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

電力もインターネットのように「分散型」になっていく?

伊原:私が電力の自由化に取り組んでいた際、電力会社から猛反対を受け、政治を使ってなんとかする必要がありました。しかし、通信業界のように、この業界にも技術的なパラダイムシフトが起これば、政治家を巻き込んで泥沼の戦いをすることなく、競争の土台は自ずと整い、いろいろなプレーヤーが参加して競争が起こるでしょう。だから、電力におけるインターネットや携帯電話にあたるイノベーションを探そうと思いました。

2003年に電力市場課に着任した際、いろいろなリサーチをしたところ、無線や宇宙からの配電というアイディアもありましたが、現実味がありませんでした。それに代わるのが、蓄電池とスマートグリッド的な需要調整だったのです。

電力会社が握っている中央給電が全ての発電と需要を結びつけていますので、そこを通っている限りは電力会社の枠から外れることはできません。かつて、電話が通信局を通る必要があったのと同じです。

ところがインターネットのように分散すれば、そのくびきが外れて新しい競争が起こります。蓄電池とスマートグリッド、スマートメーターでの需要の調整ができれば、競争環境を変えることができるのです。しかし、そのころは、まだ蓄電池の価格も高く、全ての需要をコントロールする方法はありませんでした。ただ、2000年代後半から、アメリカのゴア元副大統領やオバマ元大統領がスマートグリッドや再生可能エネルギーを主張し始めたことから、風向きが少し変わってきました。

白井:再生可能エネルギーが主要電源になる時代に向けては、送配電網の再構築が必要ですね。中国では、「中国製造2025」の重点分野ロードマップで、送配電分野の主要な目標設定と大規模な投資計画が発表されました。一方、日本のそれは需給一体型で、再エネレジリエンスの考え方による地産地消の分散型エネルギーシステム(マイクログリッド)と言われています。

伊原:最初に携帯電話が急速に普及したのは香港や東南アジアでしたが、特に既存のインフラがあまりない東南アジアでの普及スピードには驚かされました。固定電話の有線がない国のほうが新しいイノベーションを入れやすかったということでしょう。

電力も、送配電網が隅々まで行き渡っている状態の国よりも、全く送電インフラがない国のほうから、最初から分散型を前提に太陽光発電と蓄電池を置くようなケースが出てくるように思います。

需給一体型は、大きな発電設備と中央給電ありきの、需要と供給を一体で管理するという世界感です。昔はこの方式が効率的でしたが、これからの時代には適切ではありません。原子力発電所が止まったら全部止まるのと同じように、送配電が止まったら全部止まってしまいます。

最終的には、インターネットのように複数でカバーしあえる分散型の環境が選ばれていくということがあってもおかしくないでしょう。分散型であれば、隣の地域が足りなければ電力を貸すこともできます。東京と大阪がつながっている必要はありませんし、そのほうが災害にも強いでしょう。

日本は蓄電池そのもので優位性を高めよ

白井:電力でもリープフロッグが起こり得るということですね。RE100を中心とした需要家の再生可能エネルギー調達ニーズの高まりもあり、いかに早く分散型電源の普及とスマートグリッドへの転換が行えるかが勝負ですね。国を挙げて取り組むべきことだと思います。蓄電について、日本の技術的な優位性はいかがでしょうか。

伊原:太陽電池モジュールと同じリスクがあると思います。蓄電池のシェアは、中国や、テスラを含めたアメリカが多くを握っています。蓄電池のセパレータや膜は日本が強いと言われますが、本当にそこだけを押さえていればいいのでしょうか。蓄電池そのものでも優位性を高めた方がいいように思います。

白井:電気自動車が蓄電池の代わりになると言われていますが、バッテリーが中国製であり、かつ中国では電気自動車が相当普及していることを踏まえると、中国は非常に戦略的に動いているように見えます。中国の送電網は田舎にはあまりないでしょうから、リープフロッグしやすいかもしれませんね。

伊原:同感です。また、電気自動車の対抗軸には水素がありますが、水素もガスと一緒で、需給一体型、中央配電的です。すなわちパイプを引かなければならないということだと思いますが、これではなかなか難しいような気がします。

白井:消費電力をマネジメントするスマートグリッドやスマートメーターの将来は、ITや人工知能の発展を展望すると、非常に重要になるということでしょうか。また、第4次産業革命はデータが中心になると言われていますが、エネルギーの分野においても自国民の電力使用量などのデータが非常に重要だと考えてもよいのでしょうか。

伊原:そうですね。ときどき自慢しているのですが、国の文書の中に正式に「デマンドレスポンス」という言葉を入れたのは私が最初だと思います。エネルギーの究極の目標は、できるだけ使わないことです。作るのも重要ですが、その分を使わないほうがいいはずなので、省エネが前提と使い方の賢さがポイントです。

それをいかに効率的に安く実現するか。そのためには、スマートIT的に、つまりITで管理して無駄なものは使わず、最低限で抑えて、かつそれを平準化する必要があります。余計な負荷は止めるようなことも可能でしょう。

データの重要性はおっしゃるとおりですが、その際のデータは必ずしも発電だけとは限りません。需要側の電気機器1個1個を含めたデータを取り、予測ができれば、その予測に合わせて発電することができます。いまは予測ができないため、できる限り多く蓄電池を揃えなければいけません。そういうさまざまなところにある無駄はITでカバーできるでしょう。

白井:2021年9月21日、中国の習近平国家主席は「中国は海外で新たな石炭火力発電所を建設しない」と表明しました。一方、国家能源局の章建華局長によると、中国は再生可能エネルギー関連設備の製造では世界1位で、世界の水力発電所建設の70%を中国企業が請け負っているほか、世界の風力発電設備生産量の50%を中国が占めています。太陽光電池の関連材料・部品供給に占める中国企業の割合は、ポリシリコン58%、シリコンウエハー93%、太陽電池セル75%、太陽電池モジュール73%と、全ての製造工程で50%以上です。

近年は特に一帯一路沿線国家への再生可能エネルギー関連投資が伸びており、技術的な支援が必要な国・地域に対して、中国の先進的な技術の普及を行い、クリーンな一帯一路の建設に注力しています。一帯一路加盟国などに、電力のパッケージのようなものを輸出するようです。こうした、再生可能エネルギーを前面に押し出していく狙いは、覇権構築の一環のように思えます。

戦略は見え見えですが、割とあけすけなのが印象的です。中国は、他の分野、たとえば金融などでも、割とダイレクトに自分たちの戦略を語る印象があるのですが、電力についてもそのような気がします。電力が最も重要なインフラのひとつであるため、電力網の整備のために全てを中国から供給されると、小国で、かつ中国と地続きの国は、生殺与奪権を握られてしまいかねません。しかもデジタル人民元が普及すると通貨も握られてしまう可能性があります。グーグルなどのITプラットフォーマーは、我々日本人のデータを掌握していますが、中国の戦略はもっと直接的な印象です。

伊原:彼らは別に隠しもしないでしょうから、そういうことだと思います。ただ、小さな国にとって、生殺与奪権を握られることはさほど悪いことではないかもしれません。そのことによって、安定した電力が得られ、生活がよくなり、産業が拡大するのであれば、何が問題なのかということかもしれません。国連で中国のために1票投じればいいのでしょう。

そのようなやり方がいいかはわかりませんが、中国は他国の民主主義を変えろとか、そういったことは言い出さないと思います。経済を握り、産業を握って、自ずと中国なしでは生きられないようにしていくのでしょう。中国からすると、周りの国のためにいいことをしているという考えではないでしょうか。大きな国は警戒すると思いますが、小さな国にしてみると、自分たちはお金もないし、何がいけないのかと感じるでしょう。

中国から「日本の技術は要らない」と言われる時がくる

白井:CICC(中国国際金融股份有限公司)の研究レポートをまとめた主席アナリストの劉俊氏は、「今後40年のあいだに、中国のカーボンニュートラルの推進は総額60兆元(約1000兆円)の関連投資を生み出す。そのうち太陽光発電への投資が20兆元(約333兆円)を占める」と予想しています。足元の中国の二酸化炭素排出量とその他諸国(中国と対立する西側諸国やQuadを除く)の排出量は同等額です。中国にとって国内と同規模以上の市場が見込めるということです。

中国は一帯一路諸国をはじめ、他国へのエネルギー設備を輸出することによって、自国内の膨大な再生可能エネルギーへの投資を回収でき、かつ、一帯一路諸国は中国への負債を高めることとなり、それらの国への支配的地位を高めることができそうです。一帯一路周辺国の中国からの輸入は再生可能エネルギーだけでなないでしょうから、中国はEUの中のドイツのような立場が狙えるのかもしれません。

伊原:私たちの会社は中国に技術をライセンスしています。私たちの事業は、微生物を使って化学品をつくる商用化をゴールとしており、ライセンス形態の場合、先方に微生物を渡さないとビジネスができません。以前から、周りの有識者や中国での経験を積んでいる方には、中国に菌を渡したら盗まれるといって、さまざまな警告を受けました。しかし、我々の場合には、他に選択肢はなく、ライセンス供与に迷う余地はありませんでした。

実際に一緒に仕事をしてみると、とても信頼できるパートナー企業でした。知財に関してもだんだん敏感になってきており、彼らのものづくりも相当進んでいます。パートナー企業を見る限り、商用生産のプロセスは日本のメーカーより長けているとも思われました。また、経験のない微生物の遺伝子組み換えは、外部からのノウハウをどんどんと導入するのです。一面だけを捉え、時間的な進展を考慮しないのは、中国の底力を見誤ることになるでしょう。彼らのほうから「日本の技術は要らない」と言われる時期が来る気もします。

我々日本人が、どういう生活、どういう生き方がいいと思うのかを考え直さなければいけないような気がします。大量生産で、食べたい物を食べ、多くの物を消費して、やりたいことをやって、できる限り働きたくない、というのがいい生活なのか。それとはまた違う価値観があるのか。20世紀の典型的な成功を求めていくと、中国には勝てない気がします。

中国と日本の差は深刻化していく

白井:2013年の日本再興戦略によると、クリーンエネルギー技術の市場規模は、2013年の40兆円から2030年には160兆円になる見通しです。2021年8月30日にREPORT OCEANが発行したレポートによると、2020年に約762.2億米ドルであった世界の太陽光発電市場は、2021年から2027年には年率20.5%以上の成長が見込まれています。その中で、世界全体で約360万人(2018年)の雇用が創出されていますが、再生エネルギーでは2050年まで雇用が大幅に伸びると予測されています。

多くの学者が、第4次産業革命が本格化すると、機械が人の仕事を代替するため雇用の重要性は低くなり、現在の製造業に代表される第2次産業革命時代の資本と労働者の投入で競争優位を築くモデルから、頭脳が生み出すテクノロジーの融合が競争の中心になると主張しています。このような傾向は第3次産業革命時代から観察されており、今後は景気浮揚策としての財政出動も、考え直す時期にきたのかもしれません。

中国は、AIなどの第4次産業革命に猛進しているだけでなく、製造業の世界的な需要に応えることで、しっかり稼いでいます。しかし、それらが徐々に減退していくと予想されますが、その代わりとして、再生可能エネルギーや半導体、電気自動車などへの大規模投資を行いつつ、一帯一路諸国の市場へアクセスし、雇用対策や国内景気の維持を企図していると考えています。

これらの市場規模は現時点では正確に測ることができませんが、第4次産業革命を追求しつつ、次世代型のケインズを実践するという非常にバランスの取れたスマートなやり方だと思います。驚くとともに、日本の将来が寂しく思えてきます。

伊原:太陽光発電の雇用増加は大きなトレンドです。再生可能エネルギーが本格化したとき、いままでの20年間の中国のスタンスと日本のスタンスの差が、これから表面化、深刻化していくでしょう。