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2021.12.06 対談

メタバース新人類、現実社会を捨ててメタバース空間で生きる高校生も…「発達するVR空間での新しい生き方」とは
喜田一成氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-2)

喜田一成

ゲスト

喜田一成

株式会社スケブ 代表取締役社長
外神田商事株式会社 代表取締役
株式会社シーズメン CMO(Chief Metaverse Officer)

1990年福岡県生まれ。筑波大学情報学郡情報科学類出身。ハンドルネーム「なるがみ」としてサブカルチャー業界で広く知られており、VRSNSの総滞在時間は4,500時間以上。2013年に株式会社ドワンゴに入社後、3Dモデル投稿サービス「ニコニ立体」を企画・開発。その後合同会社DMM.com、パーソルキャリア株式会社を経て独立。2018年に国内のクリエイターに対して世界中のファンが作品をリクエストすることができるコミッションサービス「Skeb」を個人で開発。2021年2月に「Skeb」を運営する株式会社スケブの全株式を10億円で譲渡。「Skeb」は2021年11月時点で総登録者数160万人を超える世界最大級のコミッションサービスとなる。2021年12月にシーズメンのメタバース事業を統括するCMO(Chief Metaverse
Officer)に就任。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

労働環境で起きている「2つの大きなパラダイムシフト」とは

白井:さきほど、労働において、「技術的失業」と「ロングテールによる就業」との2つのパラダイムシフトが訪れていると申し上げました。

「技術的失業」は、技術発展によって労働が機械に代替され、雇用が奪われていくという現象です。すでに、第3次産業革命によって労働分配率が下がり、その傾向が現れてきています。現在では、第4次産業革命が進展しており、2045年にAIがシンギュラリティを超えると、既存の労働の半分以上がAIや機械に置き換えられてしまうと予測も多く散見されます。

そうすると、人は何を楽しみに生きていくのでしょうか?300年前の第1次産業革命前までは、農地の1単位あたりの作物生産量が一定であるため、豊かになるためには他人の土地を奪う必要があったわけですが、産業革命によって富が等比級数的に増大することとなりました。人類が誕生して以来、ずっと富も人口も横ばいであったのが、産業革命によって一気に富と人口が増大したのです。

第2次産業革命は主に工業化であったため、工場建設などの資本投資とその労働がドライバーであり、労働すればするほど豊かになり、人々は労働による賃金を得ることで、さまざまな消費により欲求を満たしてきました。しかし、これからは働かなくていい、働く場所がないといったように、いままでと全く異なるパラダイムシフトが待ち受けているのです。

一方、技術の進歩を受けて、将来的なデジタル空間はもっと快適なものになるでしょう。未来のデジタル世界を想像してみたいと思います。

例えば、VR技術がさらに高度化したイメージですが、朝目覚めると、すでに自分の好みのワールド(メタバース上の空間)にいる。ヘッドマウントディスプレイもつけず、脳の端子でさまざまな知覚がコントロールされており、友人との会話も旅行やスポーツも楽しむことができる。このようになれば、その空間のなかで、人間の営みは、ある程度完結できるようになるかもしれません。

「技術的失業」が加速していくと、数十年後には、先進国の人口の多くが働かず、ベーシックインカムなどで生活しているかもしれません。

一方、「ロングテールによる就業」が一般化している可能性があります。デジタル空間が大きくなれば、そのなかの市場も整備され、ヒエラルキーも確立されているはずですので、そこの空間で人間の欲求が満たされたり、労働が満たされたりすることも、不自然ではないと思います。

「引きこもったまま」月収30万を稼ぐ高校生

喜田:VRSNSに1日10時間以上滞在している19歳のネット高校に通う友人がいます。私は、彼のような子が2040年の典型的な高校生ではないかと考えています。彼の場合は親が非常に裕福であり、働かなくてよいという状況を実現できていますが、これも第4次産業革命の進展で働かなくとも生きていけるという未来と符合しています。

彼のような新世代の高校生の発生は、家庭内での個人主義化が進んでいるからではないでしょうか。親から勉強しろと言われない。昔のように近所のおじさんが「おまえ、勉強しとんのか」と言えば、パワハラや事件になる可能性もありますし、スマホで撮られて訴えられたりするかもしれません。学校の先生も今は強く言えないですよね。叩いて指導なんてことはもってのほかですから。となると、子どもにどんどんノータッチになっていく。子どもはこれまで勉強に使っていた時間が新たな可処分時間になり、それを好きなときに使うことができる。

彼は四足演算ができません。彼の将来について友人として心配していたのですが、彼はアバター用のデジタル衣装の製作を趣味で始め、現在では販売するまでに至っています。先に説明したクリエイターエコノミーの醸成によって、基礎学力がもはや必要ではなく、一点突破型の、しかも少人数が求めるニッチな技術を持つことで生活することが可能になりつつあります。

ずっと勉強せずにゲームをしていても、ゲームの中の知識や技術が磨かれていき、それが商品になるのです。プロゲーマーだけではありません。遊ぶことの抑止力がどんどんなくなっています。

我々の世代と比べて、いまの子供たちは自由に遊んでも文句を言われない。その時間で好きなことをやった結果、その「好き」がお金に変わりつつあるのです。それがどんどん進むと、2040年の高校生は、掛け算、足し算もできないし、日本語が書けないかもしれません。でも「システムがサポートするから問題ない」という状態になっていることは十分あり得ます。

白井:私も喜田さんから彼を紹介していただいて、1時間ほどZoomでお話をさせていただきました。そのとき彼は「技術が進化すればリアルなモノはほとんど要らなくなる」「現実での恋愛や結婚も不要で、洋服や食事にも魅力を感じない」と言っていましたね。

リアル(現実世界)は捨てている…?

また、彼の「リアル(現実世界)は捨てています」という言葉が最も印象的でした。我々の時代には、学校の成績は捨ててもスポーツで頑張る人がいました。これと一緒なのでしょう。我々の時代のゲームやデジタル空間は、学業にとっては邪魔な存在で、あくまでも遊びでした。しかし、彼らにとっては、2つの世界がパラレルワールドのようになっています。リアルは生命を維持するための空間であり、もう1つのバーチャルは自分のさまざまな欲求を満たすための空間だと捉えているのでしょう。

喜田:昔は文学、武道の2択でしたが、今はそこに芸術的なものが加わり、その中に、ゲームやVR、SNS、YouTube、インフルエンサーなどがあるのだと思います。

ヒト消費の最たる役務、払った側が受け取るものは承認欲求です。先に申し上げたSuper ChatでもSkebでも、払う額が大きければ大きいほど、払った人が強調表示されます。すると「皆さん、いつもありがとう」という感じで認知されます。お金を払うことで自分を知ってもらえるという認知ビジネスです。もちろん応援するという気持ちはあるのですが、応援しているライバルは大勢います。ライバルに差をつけたいから可処分所得を超えてまで払うのです。

白井:ホストクラブやキャバクラ、あるいはアイドルグループで、応援したい子をナンバーワンにしたいから、お金を使うという感じと同じなのでしょうね。将来的に技術が進み、メタバースの社会実装がなされていくと、人間が現実社会で得ていた承認欲求のような精神的満足が、デジタル社会である程度満足できてしまうことにならないでしょうか。

喜田:そうなるでしょう。しかし、現実世界であれば、地域の草野球とか水泳競技で1位をとって、3年後に「あのとき、とれてよかった」となっていたものが、デジタル世界では、毎日賞をとらないと満足できないような状態になってくると思います。

デジタル空間を観察していると、承認欲求は、もっと、もっと、という感じになっていて、1回、名前を呼んでくれただけでは満足できなくなっており、依存症的な状況とも言えます。

白井:今でもSNS依存症が散見されますが、メタバースにもっと依存していく人類の未来を心配されているということですね。第4次産業革命が人間をメタバースに追いやった結果、人間はそこに営みの一部を求めるとしても、そこでの精神的なストレスというのは相応に大きいということかもしれません。

喜田:既に「バーチャル一般人」という言葉があります。インフルエンサーでもなく、何かクリエーションできるわけでもない人のことを指しています。VRSNSには、現実とは別の評価軸で評価され知名度がある多くの有名人がいて、それらがフォロワー数などで可視化されているため、同じ空間にいて比較される機会が発生すると肩身が狭いこともあります。

白井:VRSNSに行くと否応なく評価されてしまうのですね。現実社会では社会的地位があっても、VRSNSでは現実とは別の評価軸があり、ゼロから自分自身の評価を積み上げていかなければいけないということですか。

「性別・外見」を気にせずに恋愛関係に発展する

白井:それは興味深いですね。未来の社会を暗示しているようにも思えます。将来的な人の営みは、物質的な世界とデジタルな世界に、それぞれどの程度依存していくのでしょうか。精神的な部分を含む全国民のデジタルシェアはどのぐらいになっているのでしょう。

喜田:2040年ぐらいの日本では、まだ物質世界に依存している比率が高い可能性があります。

ただ、エストニアやオランダのように多様性を許容し、デジタルに特化しているところでは、かなり進んでいるかもしれません。メタバースが人間の営みを支える機構として認められ、そこに依存する人が増えていく。そこで食べていけるプラットフォームが確立するから文句を言われることもない。そういう可能性は十分にあり得るでしょう。

ただ、これはかなりあいまいな話で、どのぐらい依存するかは現時点では予測するのは困難です。ただ、加速度を持って、将来はいまより増えていくことは間違いないでしょう。さきほど話に出たイーロン・マスクのNeuralinkのような、後頭部にデバイスをつけるだけで、知覚のすべてを電気信号から受け取るというデバイスが出ていれば、相当メタバースが進展していると考えてよいでしょう。

白井:リアルでは危険なことや不可能なことでも、メタバースではあらゆる経験が可能になりますよね。また、メタバースでは、恋愛も概念も変わりそうです。

さまざまな倫理も含めて実体社会が持っているものが、デジタル空間では新しい解釈が必要になります。3、40年後にはデジタル空間で行われる人の営みは非常に大きくなっているでしょうから、その奥行き、人間の可能性も含めて、非常に興味深いものを感じます。

喜田:今のVRSNSでも、すでに恋愛関係になる例が散見されます。パートナーや「お砂糖」と呼ばれる精神的な相棒、あるいはバーチャル上の恋愛や結婚相手をつくる文化があります。しかも現実の性別は気にしません。

VRSNSでは、男性でも女性のアバターを選択する方が多く、声もボイスチェンジャーなどで女性の声に変換することもあります。もはや初見では話している相手の現実の性別が男性なのか女性なのか分からないし気にならなくなり、純粋に「性格が好きか嫌いか」ということで人を見るようになる方もいます。

VRSNS上で交際した人たちが現実世界で会うこともありますが、現実での姿は数あるアバターのうちのひとつ。リアルアバターでしかないという認識になる方もいます。

結局、声や姿などの外的情報を任意のものに変えることによって、人間そのものを浮き彫りにできるのも、メタバースの特徴と言えます。

白井:非常に面白い現象ですね。現実社会は、視覚情報にかなり左右されていますが、将来メタバースが進展すると、自由に視覚情報や知覚そのものを組み替えることが可能になります。現実とバーチャルの2つの併存した空間が交錯して、何が現実なのかも分からない人間社会ができあがるかもしれません。

喜田:VRSNSのユーザーは、よく現実世界のことを「基底現実」と言います。現実世界はメタバースの世界の1つだと思っているのでしょう。メタバースが基軸になって、その中の1つに現実世界があるという感じです。現実世界の上にメタバースがあるわけではなく、並んでいる、あるいはメタバースのほうが基底かもしれないと考える人もいます。

白井:現実では亡くなった人を、生き続けているように見せるために、その偶像をAIで作ることもできますね。

喜田:ゴーレム化です。ファンタジーの世界でゴーレムというのがあります。これは指示されたものをひたすら行う自動人形なのですが、まさにゴーレム化ですね。

真実の見極めが難しくなる

白井:人間の意識はどこからくるのか、とか、モノや人工知能、機械に意識が宿る可能性など、科学で解明するよりも早く、そのようなことに対応しないといけない世界がやってきそうです。

喜田:そういう世界の到来は、漫画などではすでに予知されています。『攻殻機動隊』という有名なSF作品では、人間がサイボーグ化したり、全身義体化といって脳殻以外は全てに機械に置き換えたりしています。ただ、見た目は人間と変わりません。その脳殻をAIに変えれば違いがわからない場合、どうやって個を保ち、どうやって個を特定するのでしょうか。『攻殻機動隊』の中では個のことをゴーストと呼ぶのですが、「ゴーストがあるかどうか見分ける方法は存在するのか」というのが一つのテーマになっています。

現実世界でも、東北大学や東京大学などがディープラーニングで発声やイントネーションまで模倣して、読み上げを行うソフトウェアの開発を行っています。これとアバターを組み合わせると、いよいよ本人かどうかわからない。本人が死んでいるのに、AIがそれを使って発声できるようになると、ますますわからない状態になってしまいます。

白井:最近になってから、映像を巧妙に偽装して、フェイクニュースを作ってあちこちにばらまいたりするディープフェイクが散見されるようになりました。フェイクであってもデジタル空間にいったん流布された情報はなかなか消えず、それが真実であるかのように見え続ける可能性もあります。さらなる技術進歩によって、何が真実なのかを見極めることができなくなる可能性もありそうです。