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2021.09.01 対談

Cash is Trash? – デジタル通貨の行方と新たな秩序形成の兆し
井上智洋、駒澤大学経済学部准教授との対談:地経学時代の日本の針路(5-2)

井上 智洋 白井 一成

ゲスト
井上智洋(駒澤大学経済学部准教授)

慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。主な著書に『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』などがある。

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

白井:通貨覇権が米中の争いの領域の一つとなるなかで、デジタル化によって競争のルールが一気に変貌する可能性があります。日本は、国際公共財としての通貨システムの未来に、どのように関与して、どのような秩序形成を目指すのか、日本の存在感を示すことで、どのくらい日本の安全保障に寄与させることができるのか、という視点と積極的な行動が問われるということですね。

井上:そうですね。あと、いわゆる電子マネーの動きもなかなか侮れないと思っています。

私たちは銀行にお金を預けていて、その預けているお金でいろいろな決済ができますが、お金を振り込んだりする既存の銀行の仕組み、ネットバンキングとかがあるにしても、あまり手軽じゃないし面倒ですよね。

例えば、以前私は自分の仕事を手伝ってもらった方に銀行振込をしていましたが、今はLINE Payで送っています。LINE Payを使うほうがめちゃめちゃ簡単だからです。

あと、PayPayを使っている学生が多いので、私はPayPayも利用しています。学生がゼミの経費で本を買ったときにPayPayで支払ったりしているわけですが、銀行振込に比べてすごく簡単で、便利です。

キャッシュレス化が進んで、お金というものが完全にデジタルデータでしかなくなってしまえば、もうそれはIT産業の中に含まれてしまうと思います。銀行に代表される金融業がIT産業の一部になっていくのです。もう既に、その動きが、PayPayだったり、LINE Payだったり、といった電子マネーのような形で社会に実装され始めていると思っています。

これの意味するところは、私は、銀行の役割が変わらざるを得ないというか、今後、銀行自体が消えてなくなるとは思わないですが、銀行にお金を振り込む、銀行口座を持つということ自体が当たり前じゃない世の中が、日本だと遠くの未来かもしれないですが、いずれやってくることを示唆しています。給料の支払いだって、電子マネーで行うようになるでしょう。

これから、経済が発展して成長すればするほど、こうした電子マネーによる取引の量はふえるはずです。貨幣というプラットフォームが、どのシステムを基盤に動いていくかといったときに、PayPayとかLINE Payのような電子マネーが最大の基盤になる可能性もあります。

今までは銀行決済、現金通貨による決済が中心というシステムだったのが、全然違うシステムに置き換わってしまう。特に、有力なIT企業が金融サービスを担っていくという傾向は確かだと思います。

白井:日本は諸外国よりは遅れていますが、先生がおっしゃるように、PayPayやLINE Payなどのペイメントシステムが徐々に普及しつつあります。しかし、これらの技術は、第3次産業革命的であり、PayPayとかLINE Payのアプリの中で閉じられた世界での価値移転です。ブロックチェーンを第四次産業革命的技術とするなら、これらの本格的到来は、いままでの比ではない破壊力をもっていると思われます。インターフェースは、LINE Payなどと似ているとは思いますが、価値の移転が世界中どこでも誰にでも瞬時に可能です。今は、本格的に始まる金融業の破壊的創造の前哨戦であると感じています。

井上:おっしゃるとおりです。そのことは、2019年に発刊した私の著書『純粋機械化経済 頭脳資本主義と日本の没落』でも、リブラ発表以前ですが、「グーグルが通貨を発行してばらまく日」という節のタイトルでちょっと書いています。

ただ、私はグーグルやフェイスブックよりもアマゾンが通貨を発行すると怖いと考えています。GAFAMの中でも、唯一アマゾンだけがネットの中で消費者がどんどんお金を使っている経済圏を有しています。ほかの企業は、広告で稼いでいたり、アップルみたいにハードウェアを売っていたりする。ネット上での買い物というと、やっぱりアマゾンだけなので、そういう会社が暗号資産を発行し、それで決済できるとするのが一番適していますよね。

白井:アマゾンでの買い物での支払い、出品者の入金、出品者へのファイナンスや購入者への割賦販売など、理屈の上ではこれらのすべてをアマゾンコインで行えますね。また、アップルなどの他のアプリでもアマゾンコインを受け入れるという話になると、日本円でお給料がどんと入ったら、みんなすぐにアマゾンコインに両替して、日本円は単に給料を払う記号にしかすぎなくなるのではと思っています。

先生のご指摘のような、LINE Payなどのペイメントは、消費者の行動をすでに変えてしまったのだと思いますが、同じようなインターフェースでも裏側がブロックチェーンになると、ネットワーク効果がさらに出てくると思われます。

井上:憶測ですが、アマゾンが通貨を自ら発行し始めたら、時代の転換点かもしれないですね。先ほど述べたようにGAFAMの中でも小売りを展開しているのは、アマゾンだけなので、アマゾンこそが通貨を発行するメリットを最も享受できるはずです。私もアマゾンのヘビーユーザーで、アマゾン経済圏に組み込まれていると思っています。しかも、アマゾンで買うものの比重がますますふえていっています。「アマゾン通貨」が発行されれば、円よりも使う機会が多くなるかもしれない。これはちょっと考えると恐ろしいことで、円の防衛というのが、成り立たなくなるとも思えています。

白井:そうですね。過去の日本は製造業をサービス業に転換しなきゃいけないとか、アメリカのインターネットプラットフォーマーに対抗できる企業が必要だと言っている間に、結局何も出来ずに世界に大きく遅れを取ってしまいました。マネーのデジタル化も、20、30年後には、日本に流通するデジタル通貨は全部アメリカ製ですということになりかねないですね。

井上:おっしゃるとおりです。

白井:暗号資産業界では、詐欺的なコインでも、一定程度の価値を維持するものが多くあります。例えば、2018年2月にベネズエラが法令にて発行すると発表したペトロは、埋蔵されている石油の価値で担保されているという説明でした。しかし、実際には途中で裏付けの資産を意図的に減らしましたが、それでも市場での価値は維持されていました。このようにブロックチェーンベースのトークンには、ネットワーク効果が働きやすい特性があります。確かな裏付けや仕組みによって作り出されたコインであれば、もっと信用され、一気に普及する可能性があるのかなと考えております。信用のある国家が発行する法定デジタル通貨であれば、なおさらだと思います。ネットワーク効果について、もう少しお聞かせください。

井上:私がMMTを批判している部分と関係します。MMTは、貨幣は税金として納められるチケットのようなものであるから、貨幣には価値があるという言い方をしています。MMT論者は、貨幣は価値があるとみんなが思っているから価値を帯びてくるという貨幣の「自己循環論法」を「ババ抜き貨幣論」と言ってバカにしています。

このババ抜き貨幣論は、王様の議論と一緒です。最初に王様になるには戦士として強いとか、人望があるとか、何かそういう実体的な要因が必要ですよね。ですが、一度王様になったら死ぬまで、体力が弱って、よぼよぼで戦士として使えなくなっても王様でいられ続ける。というのは、王様になってしまえば、王様であることの根拠が王様であるというふうに、自己循環していくからです。貨幣もそれと全く同じことだと思います。最初に何かきっかけがあって価値付けがなされれば、後は価値があること自体で価値が維持されていきます。

私は、ババ抜き貨幣論のほうが、いわば貨幣の本質かなと思っています。みんなが貨幣に価値があると思って受容するから、自分も貨幣に価値があると思って受容するというわけです。ただ、その循環に入るためには、私は「神の一撃」と呼んでいるのですが、何か最初のきっかけが必要ですよね。最初の一撃が税金として納められるチケットであるということであったり、さっきおっしゃったような、石油によって価値が担保されているということだったり、あるいは、金とか銀のような素材でつくられているということが、最初の何かしらの一撃になって、価値を持ち始める。すると、価値があるから価値があるというふうに、その貨幣の価値が自立していく。ネットワーク効果的に、みんなが使うと利便性があがるので使うみたいな感じで、勝手に価値が増幅していくみたいに考えられると思っています。ただし、ベネズエラのペトロは、いまいち使い勝手が悪くてあまり利用されていないようですが。

白井:最近、ビットコインが投資資産として注目を集めています。また、ブロックチェーンの特性上、通貨のような設計となっています。

井上:これは全くおっしゃるとおりで、通貨の役割(①支払決済手段、②価値尺度、③価値保存)のうちの、特に価値の保存機能ですね。ビットコインには、価値の保存機能はあると思いますし、それゆえ、新たなアセットクラス(投資対象の分野)になっても不思議ではありません。

ただ、価格は乱高下しますし、決済にはそれほど利用されていないので、通貨だと言い切っていいのかどうか議論の余地はあります。それでも、価値が増大していく可能性がある以上、資産としての役割は果たしています。

白井:貨幣は、財・サービスの取引から発生する債権・債務を管理するためのシステムであると認識しています。データを管理する帳簿と、その上でなされる商取引の単位としての通貨がセットになっているのが貨幣であると言えると考えています。この文脈で考えると、ブロックチェーンと暗号資産も、貨幣と言えるのだと思います。しかし、仰るように、ビットコインを通貨として利用するには、そのボラティリティが邪魔をしますよね。しかし、ブロックチェーン技術による法定通貨とペッグしているステーブルコインが複数登場しており、これはその使い勝手からすれば、将来的には、相当大きな存在になるように思います。貨幣はプラットフォームだと先生は仰っておられますが、私もそのように思います。

井上:私は、プラットフォームとは、何かの活動の基盤になり得るもので、かつネットワーク外部性を持っているもの、と定義しています。

何かの活動の基盤になり得るものなので電話やOS、SNS、通貨とかは全てプラットフォームだと言えます。

貨幣はどういうプラットフォームですかといった場合に、白井さんの言葉を借りて、貨幣とは「財・サービスの取引から発生する債権・債務の関係を管理するためのプラットフォーム」と定義できると思います。この定義に従えば、帳簿(データ)の役割が非常に重要で、このように捉えると、ビットコインに代表される暗号資産は、「ブロックチェーン技術による決済の帳簿」であり、貨幣(=プラットフォーム)であると理解できますね。

特に、いかに帳簿(データ)を書き換えられないようにするかが大事ですが、今、我々が銀行に手数料を払わなければならないのも、このデータを書き換えられないようにセキュリティを強化したシステムをつくるのにかなりのお金がかかっているからだと思います。これが、ブロックチェーンを使った仕組みに代替できる時代になったら、既存の金融システムは淘汰されるだろうし、スマートコントラクトによるさまざまなアプリケーションが登場し、世の中を劇的に変えていくのでしょうね。

白井:銀行業は、このようなことに対応して生き抜かないといけないと思いますが、そもそも、事業資金の提供という役割は引き続き必要なのでしょうか。今までは、第2次産業革命的で資本を必要とする設備投資に対して、信用供与を行ってきました。しかし、これから第3次、4次産業革命的な事業体が成長していくのであれば、今までのように資本をあまり使わないように思います。

井上:そうですね。私は、20年ぐらい前から、銀行の歴史的役割は終わったんじゃないかと思っていました。日本長期信用銀行が潰れたのも、有形資産(機械設備など)への投資がかなり減ってしまったからです。経済成長率がこの20年間の平均で実質0.9%ぐらいしかないような日本の経済状態では一層、その機能は求められていません。

企業自体が内部留保を抱えていて、そのお金すら使い切っていないのに銀行からわざわざ借りる必要があるのか。今は、コロナ危機によって一時的に情勢が変わってはいますが、コロナの影響を抜きに考えれば、銀行からお金をあまり借りる必要がなくなった世の中になっていると思います。

第2次産業革命の影響が完全に途絶えたタイミングで、銀行の歴史的役割は終わったのですが、第3次、第4次産業革命が起きて新たな投資は必要ですかというと、企業は十分に蓄積した資金と株式の発行で工面できるといった状態です。

井上 智洋

駒澤大学経済学部 准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。早稲田大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。2015年4月から現職。博士(経済学)。専門はマクロ経済学、貨幣経済理論、成長理論。主な著書に『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』『人工超知能』『AI時代の新・ベーシックインカム論』などがある。

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

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