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2022.03.02 対談

アメリカ帰りの「中国トップ層IT人材」がすごい!日本人が知らない、「中国に優良半導体ベンチャーがどんどん出来ているワケ」
若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路(9-2)

白井 一成 若林 秀樹

ゲスト

若林秀樹 

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長

総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長

昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

 

聞き手

白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

かつて半導体分野で世界を席巻した日本だが、この20年を経てその立場は危うくなってきた。半導体業界において日本は今後どうなっていくのだろうか?<台湾TSMCの一人勝ち…「世界に全く追いつけない」日系半導体企業が生き残る道はどこにある?(若林秀樹氏との対談:地経学時代の日本の針路)(9-1)>に引き続き、半導体業界の垂直統合・水平分業モデルの行方について、半導体・電機分野など技術経営の第一人者である東京理科大学大学院経営学研究科(MOT)の若林秀樹教授にお話を伺った。

「メモリ、パワーの垂直統合モデル」はまだ続く

白井:垂直統合モデルで生産されている半導体メモリやパワー半導体などの分野も、ゆくゆくは、ロジック半導体のように水平分業モデルに移行するのでしょうか。

若林:半導体メモリ分野は、水平分業になる可能性がゼロではありませんが、技術や業界経営者との議論の中では、垂直統合がまだ続くという見方が大きいです。

また、パワー半導体分野はおそらく水平分業にはならないと思います。というのも、パワー半導体製造は、設計と製造のすり合わせが大事になったりするからです。また、この分野のお客様がEV製造会社や、発電設備などの大型電気機械を製造する重電メーカーであることも影響しています。重電メーカー向けには、個別のカスタム性が重視されているため、より、むしろ垂直統合的なモデルでの製造が大事になってくるのです。

 

「工夫の余地」があるか否か

白井:パワー半導体は、技術者の手加減による部分が大きいために垂直統合モデルが向いていて、メモリ半導体は、マーケット規模がロジック半導体に次いで2番目だから水平分業モデルになる可能性が高い。垂直統合と水平分業のどちらのモデルが向いているかについては、このようなイメージで捉えても良いでしょうか。

若林:これを考えるときには2つの視点が必要です。まず一つ目は、「設計の付加価値があるかどうか」という視点です。半導体メモリには、半導体の素子が規則的に並べられたアレイが配置されている部分が中心であり、インターフェースも標準化されているので、設計だけをして工場を持たないファブレス企業側からすれば、演算や命令を行うロジック半導体に比べて工夫の余地がほとんどありません。むしろコスト力が最も強いので、半導体メモリのファブレスメーカーは実は成り立ちにくく、これはパワー半導体でも同じことが言えます。

これに対して、半導体メモリ分野で、設計に伴って生産だけをするファウンドリ企業ができやすいかというと、そのときにファブレス企業というお客さんがいなければ成立しません。したがって、垂直統合型の半導体メモリメーカーと水平分業のファウンドリ型半導体メモリメーカーを比べると、垂直統合型が生き残るのではないかと思います。つまり、半導体メモリやパワー半導体の分野では、設計の付加価値があまりないため、ファブレス企業も成り立ちにくいのです。

 

スケールメリットがあれば、水平分業化しやすい?

若林:二つ目は、「スケールメリット(大量生産をすることで生産性を上げること)があるかどうか」という視点です。ロジック半導体分野では、パソコンやスマホ、携帯電話の普及により、ファブレスメーカーが大きく伸びることとなりました。ここでは、各メーカーがトップに上がっていく過程で、各社の設計思想が標準化されていきます。例えば、インテルならインテルのICチップ、あるいはAppleならAppleのICチップと互換できるようになり、それは端末の規模に合わせたスケールメリットがあるということなのです。

一方で、例えば電力を使用する場合には、国によって規制や環境が違います。白物家電の場合で考えれば、気候やその国の家電の使い方、電圧、電力など全てが違いますし、あるいは電力インフラで考えると、鉄道への給電や変圧器などに影響するため運用面での規制が大きいと言えます。そのため、国ごとの規制や地域性の影響が大きい分野では、水平分業モデルは成り立ちにくいのです。

それに対して、上述したようなパソコンやスマホなどは、単に情報を扱うものであり、本質的にスケールメリットを得やすい最終マーケットを持っているため、ファブレス・ファウンドリ企業が成立しやすいと言えます。

 

急速な伸びが予想される「車向け半導体」

白井:ここ20年で大きく成長したロジック半導体分野は、パソコンやスマホの爆発的ブームに支えられ、そこで標準化されたものが水平分業という展開を生んだということでしょうか。

若林:その通りです。それには異なる2つの機器を仲介する「インターフェースの標準化」が大きな影響を及ぼしました。

この観点で考えたとき、今後は車向けの半導体が非常に伸びると予想されます。現在車1台当たりに使われている半導体や電子部品の量は、今やスマホとほぼ一緒、あるいは車のほうが多いぐらいです。さらに、車が自動運転になれば、スマホ並みの高性能の演算機能がどんどん必要になっていきます。ただ、その際に車がパソコンやスマホと全く同じ状況になるかというと、そうでもありません。というのも、車はスマホと違い、国家をまたいで使えるかどうかという問題があるからです。例えば、日本で使える自動運転車をそのままヨーロッパで使おうとすれば、おそらく規制面での問題が発生します。このような観点からすると、車向けの半導体は、スマホやパソコンなどとは違うマーケットになると思います。

また、「車が1億台の市場規模になるかどうか」も一つのポイントです。今、スマホが15億台前後、パソコンやタブレットも含めれば、5億台弱のマーケットなのに対して、1億台規模とどまっています。これがEVになると違ってくるかもしれませんが、今の時点で車は1億台程度なので、ちょうどここが、垂直統合型になるか、水平分業型になるかの分かれ目になると思います。ですので、今の時点では、車向けの半導体分野にはまだ垂直統合的な要素が残ると予想されます。

逆に、EVの市場規模が1億台を超え、さらに世界で5億、10億台となれば、業界は水平分業型になっていくかもしれません。要は、ものづくりが単に「つくるだけ」になってしまい、その中で、モーターに強い企業や電池に強い企業が部品の大部分を供給するといったような水平分業構造になっていくのです。実際現在の車産業の中でも、そのような設計に伴って生産だけを行うファウンドリ的な企業が出始めています。

 

中国上位1億人の脅威

白井: 中国はEV事業を急速に進めていますし、そこに国家資本主義で統一したプラットフォームが提供されれば、台数が著しく増える可能性があるのではないでしょうか。そうなると、中国で車用のファブレス企業が育ってくる可能性もあるのでしょうか。

若林:はい、十分にあります。現在の中国の1人当たりのGDPは、約1万ドルで、日本は約4万ドルですが、中国の国民一人当たりのGDPはOECD(経済協力開発機構)の中でも下のほうなので、日本の一人当たり平均の4万ドルからすると、中国の9割の人々の方が低いです。しかし、14億人いる中国のトップ1割のGDP額は日本全体よりもはるかに上です。これはIQや年収でもそうですが、中国の上位1億人というのは、日本平均の4万ドルどころか、10万ドル以上のお金持ちがたくさんいるのです。そして、その人たちが、ソフトウェアをつくっているということです。

例えば、習近平の出身校である清華大学には賢い人が多く在籍しており、そこからはIT業界の大物がたくさん輩出されています。その人たちが中国の支援によってどんどん渡米し、帰国したのちに新しいソフトウェアを開発するという流れができています。

中国はすでに、使用料がかからないコンピュータの中心的処理装置であるリスクファイブ(RISC-V)等の生産行っているので、たとえアメリカが装置などを輸出禁止にしたとしても、ソフトはコピーして持ってくることができます。このようにして、中国では実際にどんどんベンチャーができています。

実は、ファブレス企業を作るときの大きなポイントの1つは、CADと呼ばれるソフトウェアを製造できるかどうかです。日本の電機メーカーでも、かつてはCADを内製していました。しかし最近は、アメリカ企業のケイデンスとシノプシスなどといった、電気系CADであるEDA(半導体開発用ソフトウェア)の世界的ベンダーから供給を受けています。現在日本にあるCAD・EDAベンダー企業は、プリント基板を得意とする図研くらいしかありません。

ファブレスメーカーを強くするためには、EDAやスマホソフト・半導体ソフト製造のためのツールを持たなければいけませんが、現在日本では全てアメリカ企業に依存しているという状況です。その一方で、中国ではケイデンスやシノプシスに在籍していた人たちが企業して強力なEDAメーカーをどんどん立ち上げており、大変な脅威になっています。既に、EDAのマーケットでは、日本よりも中国が上なのです。

またパワー半導体分野でも、現在は日本企業が強いものの、アメリカ企業も力を入れ始めており、油断しているとやられる可能性は常にあります。今アメリカは、米中摩擦の中で、国家安全保障の観点から5ナノなどの最先端半導体装置の輸出を禁止していますが、パワー半導体は微細加工ルールが粗いため、その製造に微細加工レベルの技術は必要ありません。逆に言うと、その部分の輸出制限は緩いため、アメリカ企業は伸びてくるのではないでしょうか。

写真:ロイター/アフロ

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

若林 秀樹

東京理科大学大学院経営学研究科教授 専攻長、総合研究院 技術経営金融工学社会実装研究部門 部門長
昭和59年東京大学工学部精密機械工学科卒業。昭和61年東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻修了。同年(株)野村総合研究所入社、主任研究員。欧州系証券会社シニアアナリスト、(株)JPモルガン証券で日本株部門を立上げ、マネージングディレクター株式調査部長、(株)みずほ証券でもヘッドオブリサーチ・チーフアナリストを歴任。日経新聞等の人気アナリストランキングで電機部門1位5回など。平成17年に、日本株投資運用会社のヘッジファンドを共同設立、最高運用責任者、代表取締役、10年の運用者としての実績は年率9.4%、シャープレシオ0.9、ソルチノレシオ2.1。この間、東京理科大学大学院非常勤講師(平成19~21年)、一般社団法人旧半導体産業研究所諮問委員など。平成26年(株)サークルクロスコーポレーション設立、代表取締役。平成29年より現職。著書に『経営重心』(単著・幻冬舎)、『日本の電機産業はこうやって甦る』(単著・洋泉社)、『日本の電機産業に未来はあるのか』(単著・洋泉社)、『ヘッジファンドの真実』(単著・洋泉社)など。

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