実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2021.06.23 対談

日本の課題:華麗なる第三国という道筋
藤野英人氏との対談:地経学時代の日本の針路(4-3)

白井 一成 藤野 英人

ゲスト
藤野 英人(レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役 会長兼社長 最高投資責任者(CIO))

野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)、ジャーディンフレミング(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。「ひふみ投信」シリーズファンドマネージャー。 投資啓発活動にも注力する。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。一般社団法人投資信託協会理事。

 

聞き手
白井一成(株式会社実業之日本社社主、社会福祉法人善光会創設者、事業家・投資家)

 

白井:地政学の重要性が指摘されています。地政学は国民の生命と財産を守ることが目的であり、日本にとっては、できる限り力の均衡、バランスをさせながら争いを起こさないことが必要です。日本は、中国の膨張に直面し米中対立の狭間にありますが、これからどのように振舞っていけばよいのでしょうか。

藤野:日本人はもう少しゲーム的センスを磨く必要があると思います。将棋や碁は役に立つと思うのですが、特に地政学や地経学には碁に近い感覚が必要でしょう。碁とは陣地の潰し合いです。自分の陣地と自分の失う陣地を比較考量しながら、相手との一手一手の呼吸によって陣地の最大化をするのです。一方で、碁とは異なる点もあります。碁では一つ一つの碁石の力に差はありませんが、地経学、地政学では、差し出すものと得るものの形が異なります。等価交換できないものかもしれないという意味では、碁よりも難しいでしょう。その中で我々が何を取られるか、何を得るのか、相手から何が欲しいのか、取れるものの長期的なインパクトは何か、持っているもののポートフォリオの中で何ができるのかという、戦略的な思考と、事柄のバリエーションを作ることが非常に重要だと思います。

ただ、日本ではその思考がすごく薄いと思います。外交官も外務省も経済人もそうでしょう。中国やアメリカでは、ストラテジックな思考方法が体系化されており、フレームワークで思考しています。そのことを考え続けているノーベル賞級の天才と、そこにお金を出す民間、政府の人たち、そしてシンクタンクが存在しています。日本には何もありません。これは本当に恐ろしい問題です。

現状では、そういう鍔迫り合いの中で、日本が勝てる余地はほとんどないと思います。現状認識すらできず、現状認識をする上でもタブーが多く、データオリエンテッドな判断がしにくいという状態です。だから、我々自身がデータオリエンテッドで、戦略的思考を持ち、相手との交渉で得るものと捨てるものを斟酌していかなければいけません。しかし、多くの人はナイーブです。全部失いたくないけれども全部欲しいというところがありますので、交渉のテーブルに就ける人が少ない。これが不安なところです。

白井:藤野さんは、日本でも、過去に企業で成功した人が増え、彼らがエンジェルとなるような起業ネットワークであるマフィアのようなものも育ちつつあると指摘されました。起業や成長支援などのエコシステムがいい形で回り始めているのですね。しかし、先行するアメリカは莫大な資本と先行者利得によって世界の産業を押さえています。日本にとって最適な戦略は、大きなところはアメリカに任し、漏れたところを埋めていくイメージでしょうか。それとも、かつてのトヨタがフォードを駆逐したように、アメリカが得意とする領域を代替する可能性もあるとお考えでしょうか。

藤野:もう米中と比較するレベルにはありません。アメリカを代替するためには、ゲームチェンジャーになることが必要です。これまでの有名なゲームチェンジは、蒸気機関、電気の発見、インターネットの発見などでした。ゲームチェンジがあったときには、ゲームチェンジをつくり出した側が覇権を握ることができますので、日本が次に勝つ機会があるとしたら、何らかの形で日本がゲームチェンジャー側に回る必要があります。ただ、教育的、歴史的、文化的な背景から、現状で日本がゲームチェンジャーになれる可能性はなかなか難しいと思います。世界一になるということだから、簡単な話ではありません。

米中をレバレッジの材料として使うしかないでしょう。二つの強国のうちアメリカは同盟国です。中国は半仮想敵国のようになっていますが、隣国であり、隣国としての過去の歴史、伝統があります。米国と中国の狭間の中でおこぼれをもらうという面で見ると、華麗なる第三国という道筋は残っていると思います。常に米国や中国の後塵を拝すのはよくないかもしれませんが、割り切った華麗なる第三国という道筋はそれほど悪くないと思います。

白井:3位というポジションを守り、どちらの国からも重要視されることで、漁夫の利を得つつ、落ちこぼれないように国力を何とか高めていくというイメージでしょうか。

藤野:現状では、華麗なる第三国も難しいかもしれない。米中をレバレッジするというような考えすらもできない状態にある。今回のコロナで、日本の古い因習や自己変革できない体質が露呈してしまいました。オリンピック開催国の日本は、ワクチン接種率を高くすることで集団免疫を獲得し、多くの観光客を呼び込むチャンスだったはずですが、日本は開催にはこだわる一方、科学的なデータに基づいた現実的なディシジョンメイキングができない。ワクチンの接種でも一部のアフリカの国に負けています。人口当たり接種率も世界で100位くらいの状況です。

経済という面では、株式市場、テクノロジーの実装、パテントの数などを考えがちですが、むしろ社会実装する力が大事ではないでしょうか。先日、先端技術の社会実装とその課題をまとめた『未来を実装する』という書籍を執筆された馬田隆明先生のお話をお聞きする機会がありました。どんなに天才的な起業家が現れて、ドローンを効率的に使うといっても、ドローンを飛ばしてくれなかったら、絶対にその才能は開花できない。自動操縦を普及させるテクノロジーを持っている会社が現れたとしても、自動操縦そのものに対して完全なノーリスク神話、無謬性を言いすぎると広がらないでしょう。AIには個人情報の問題、自動操縦には歩行者や人命の問題、ドローンにはプライバシーや落下した場合の人命リスクが横たわっています。ノーリスク神話の下で、多くの人の集団合意をとって新しいアイデアを社会実装化することに劣後したままであれば、日本はせっかくいいポジショニングにあるにもかかわらず、4位、5位、6位と後退し、その結果責任は我々国民に及ぶことになります。官僚制、あるいは政治を、より効率的に、合理的に意思決定できる集団に変えていく必要があります。その中で、華麗なる第三国という位置づけから国力を上げ、我々の眠れる資産を削り取りながら、その次のチャレンジができる土台へ持っていくというのが、我々のビジネスプラン、日本国のサクセスプランでしょう。日本の意思決定プロセスや日本自身のインテリジェンスを上げ、合理的に判断して交渉できる土台を持つ国になっていくということです。

会社を伸ばすには3つの原則があります。第一が絶対的な顧客中心主義、第二がデータオリエンテッド、第三が時間リスクをとること。時間がたてば勝つ戦略をとる、時間を味方にするということです。この3つが、経営者がやるべき重要なことです。

日本政府及び日本国の問題は、これが全部真逆ということです。お客様第一主義ではなくて、自分たちの都合主義、会社都合主義、組織都合主義が起こっています。また、データオリエンテッドではなく、曖昧な仮説に基づいています。データをとっていない、あるいはデータをとっても正確に評価する力がないということが起こっており、結果として、ただ因習に従った行動や、昨日成功したやり方が繰り返されています。時間リスクについても、日本が一番短期主義であり、四半期の利益を見てディシジョンメイキングしているため、なかなか成功しないのだと思います。

特に日本の政府や会社がデータオリエンテッドで、データをちゃんと抽出して、データの意味するところを正確に把握し、適切なディシジョンメイキングをすることが大事です。それができなければ、このままずるずるとコロナ敗戦、オリンピック敗戦に近いことが続くと懸念しています。

いま私たちが対談している4月6日は、かつて戦艦大和が沖縄に出撃した日です。このトップダウンの意思決定に、現場の人たちは総反対しました。アメリカの大艦隊が制空権、制海権を押さえていたので、的になって沈むことが見えている。むしろ国内にとめ置いて、最大防御のために、国内の地形を防御にしながら効率的に戦って、いかに沈まずに長く生き延びさせることで本土決戦に備えるほうが合理的だと多くの人が言いました。しかし現場の声は全く採用されず、犬死にする方向に行ってしまった。

どうしてこのようなことが起こったのでしょう。今回のコロナで起こったいろいろなことの相似形にしか思えません。中枢の意思決定の仕方は、80年もの間、変えられていないのです。これは重い。決して全員が合理的な判断をできないわけではなく、できている人たちがいるが、その人たちの意見を効率的にディシジョンメイクできないという点が、大きな問題なのでしょう。

白井:このような日本の構造的な問題を突きつけられると暗くなります。これらを、すぐには改善することは難しいですね。しかし、次世代の企業を創り出すことによって、今すぐにでも国富や国力を高めなければならない。日本を取り巻く地経学的変化は待ってくれないと思います。いままで以上に、起業を促していかないといけませんが、日本のムラ文化が、障害にはなりませんでしょうか。

藤野:グローバルの市場に出てくる1兆円、2兆円の企業を、いきなり日本で求めることは不可能です。そういう社会構造になっていないし、そういう資本主義にもなっていません。

日本の文化に合った勝ち筋は、1兆円の時価総額の企業を1つ作るよりも、100億円の時価総額の企業を100社作ることでしょう。1兆円の時価総額の会社を作り、マーク・ザッカーバーグのような人が数千億の資産を持つことに、日本人は耐えられない気がします。サトウタダシさんが5,000億円持っていると聞くと、それだけで腹が立つという話になる。片仮名の名前の外国人だからザッカーバーグはよくても、日本人が持っているのは腹立たしいという話です。100億円の時価総額の企業で20億円持っている、30億円持っている経営者、資産家にもむかつくかもしれませんが、腹が立つレベルはかなり小さいと思います。一方で、20億円、30億円の資産家であれば、何かはできると思います。学校を作れるかもしれないし、橋も架けられるかもしれない。社会参加ができるのです。

日本はメンバーシップ社会、コミュニティ社会、ムラ社会ですので、ムラから外れてしまった人を受け止めるキャパシティがない。少し違うレイヤーのムラを作るために、まず100億から200億円規模の時価総額の会社を作ることが良いと思います。100億の時価総額の会社ができると5~6名の役員が生まれ、その人たちは3億円から5億円ぐらいのキャッシュを得ることになります。日本国としては、そういった会社が100社生まれた方が経済的な厚みが出来ると思います。日本の上場企業は小さすぎると言われますが、100億円から1,000億円ぐらいの時価総額の会社を大量に作らないと、その次の1兆円の世界観にはなかなか進めません。

一見、遅いように見えるかもしれませんが、今の日本の小金持ち集団、未上場の小金持ち集団ではなく、上場マーケットに出てくるぐらいの少し小さいレイヤー、小金持ち集団を形成し、グローバル市場で戦うための資本の出し手を作ることが、一番スピーディーではないでしょうか。10年という時間軸では、数百名単位のベンチャー長者を作ることを経ずには、リスクマネーでグローバルに勝負することは難しいと思います。

1,000億円以上の金持ちの数は、日本はアメリカにも中国にも劣後していますが、5億円から20億円ぐらいの資産家の数、ミニ金持ち、小金持ちクラスの厚みは世界でもトップクラスです。その人たちが100億円、200億円の時価総額の会社を経営し、20億円、40億円というキャッシュを持つ人が30人、40人集まると、政治的、経済的なパワーにもなるでしょう。これをもっと分厚くする。20億円から50億円の資産家が千人、万人単位でいる状態になったら、いまの日本よりも政治は成熟するし、それぞれの人がそれぞれの地域で、政治家やお気に入りの人を支えることもできます。地域でお世話になっているという理由だけで、選挙で長老が選ばれることもなくなるでしょう。社会正義の観点からも、私のやるべきことは100億円から1,000億円の時価総額の会社を数多く作ることだと思っています。

白井:映画でもそうですが、アメリカにはヒーローがいます。みんなイーロン・マスクに憧れるというようなロールモデル、スーパースターがいます。一方、日本では、スーパースター的な人よりも、レイヤーを厚くしてそのレイヤーに憧れるほうが似合っている気がします。上のレイヤーを目指すためにどういうインセンティブを与えればよいでしょうか。

藤野:教育そのものを変える必要がありますが、文部省を動かすとなると、またそれだけで10年とかかってしまいます。それは難しいでしょう。

ベンチャーの人は一定の確率で生まれます。気質などは、確率・統計的にランダムに出てくる気がします。起業家を作るよりも、ランダムに生まれてきた起業家的な人をキャッチして、その人たちを成功に導く社会システムが必要です。日本にベンチャーマインドを作るといった、教育から、根っこから変えるといったゆっくりした方法ではなく、もともとあるものを一網打尽にする。そういう私塾のようなものがたくさんできると良いと思います。私塾は既にできつつありますので、これから私塾が増えることでベンチャーに取り組む人は急速に立ち上がってくるでしょう。

牛角を作ったレインズインターナショナル創業者の西山知義さんは西山塾を作っています。外食で頑張りたいと思っている若手に対して、西山塾は経営的なノウハウから資金調達まで、精神的なところも含めて面倒を見ており、西山塾から出た多くの会社が外食産業でIPOしています。これは一つの例ですが、こういうものがいろいろなところでできるでしょう。SHIFTの丹下大さんも塾を作るのではないでしょうか。500億円から数千億円台の成功者が、後輩を育てる仕組みを作り、マフィア化していくことが起こりつつあります。若手でもコロプラの副社長だった千葉功太郎さんが、千葉道場として個人でエンジェル業を始めた。千葉道場から多くのIPOが生まれ、千葉道場ネットワーク、千葉道場マフィアができつつあります。さまざまなエリアでマフィア化が始まっているのはアメリカと瓜二つです。

アメリカでも、ペイパルマフィアやIPOで成功した人たちが散り散りになり、そこで次のネタを探し、そのネタを持っている人たちを探してその人をたきつけ、会社を大きくして、さらに資産家になっていくという道を選んでいます。こういった話が日本でもリアリティを持ちつつあるのは非常に楽しみですし、いずれ日本にも10、20系列ぐらいのマフィアが誕生するのではないでしょうか。

(本文敬称略)

(株価および時価総額は2021年6月2日時点のものです)

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

藤野 英人

レオス・キャピタルワークス株式会社 代表取締役 会長兼社長 最高投資責任者(CIO)
野村投資顧問(現:野村アセットマネジメント)、ジャーディンフレミング(現:JPモルガン・アセット・マネジメント)、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントを経て、2003年レオス・キャピタルワークス創業。中小型・成長株の運用経験が長く、ファンドマネージャーとして豊富なキャリアを持つ。「ひふみ投信」シリーズファンドマネージャー。 投資啓発活動にも注力する。JPXアカデミーフェロー、東京理科大学上席特任教授、早稲田大学政治経済学部非常勤講師。一般社団法人投資信託協会理事。