実業之日本フォーラム 実業之日本フォーラム
2022.12.15 安全保障

未然に攻撃防ぐ「能動的サイバー防御」明記も…気になる「総合防衛力」の中身
防衛力強化へ、有識者報告書2022を読む(3)

末次 富美雄

11月22日に岸田首相に提出された「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」の報告書は、日本がこれから取るべき安全保障政策について大きな方針を示している。実業之日本フォーラムでは全5回の予定でその内容を読み込んでいく。第3回である本記事は「総合防衛力の強化」についての言及を読み解きながら、その実現に向けて解決しなければならない課題を示したい。

報告書には従来の日本の安全保障政策を大きく転換させるような提言がいくつか含まれており、年末までに策定予定の防衛3文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)の内容にも大きな影響を与えると思われる。どのような提言がなされたのか。

まず注目したいのは、日本の防衛力を、自衛隊が持つ防衛力に加え、研究開発や空港・港湾などの公共インフラ整備、サイバー能力、国際協力を総合した全体最適として考えるとしたことだ。この「総合防衛力」の考え方は、中国が進める民間の技術開発を軍事のために使う「軍民融合」、米国が今年公表した国防戦略において重視事項に挙げている「国防エコシステムの強化」と通じるものがある。

先端技術のデュアルユース(軍民両用)やマルチユースが一般的となり、経済金融のボーダーレス化が進む現代は、あらゆるものが安全保障に直結している。その観点から、総合防衛力として日本の国力全体の活用を図っていくアプローチは極めて妥当だ。

一方、この考え方に懸念がないわけではない。

というのも、政府が2027年度までに防衛費を国内総生産(GDP)比2%まで増やす目標を達成するために、従来の研究開発費や公共インフラ整備費を防衛費に上乗せしようとしているのではないかという指摘があるからだ。前防衛大臣の岸信夫首相補佐官は先月10日にFNNのインタビューを受け、「見せかけではなく真水(純粋な防衛予算)を増やすことが抑止力につながる」と強調している。このような見方は、萩生田光一政調会長を始めとした自民党議員から盛んに発せられている。

空港の滑走路、自衛隊機と民間機で共有されている

提言された総合防衛力の向上策には、空港の整備も含まれた。背景には、日本の多くの空港で自衛隊機と民間機が滑走路を共有しているという実態がある。尖閣諸島や与那国島などの南西諸島防護の拠点である沖縄の那覇基地でも共同使用されており、自衛隊機のスクランブル(緊急発進)時には、民間機の運航が一時停止されることが常態化している。

南西諸島における空港や港湾施設の整備は、東シナ海や台湾での有事を想定した場合、自衛隊装備の輸送のみならず住民保護の観点からも必要不可欠であるため、これを総合防衛力としてカウントすることに違和感はない。

大事なのは、どこまでを総合防衛費に含めるか、きちんと線引きをすることだ。総合防衛力に係る経費を各省庁の「草刈り場」にしてはならない。そのためには、政府が研究開発や公共インフラ整備のどの部分を総合防衛力とするかという判断基準を作り、防衛省にそれを機能させることが重要だ。

海外のサイバー空間監視が、攻撃を未然に防ぐ

総合防衛力の一角を占めるサイバー分野に関する提言も見ていこう。具体的な記述があるわけではないが、サイバー攻撃を未然に防ぐ「能動的なサイバー防御」を必要とした点は挑戦的だった。

米軍統合軍教科書Joint Pub3-12に米軍が行うサイバー作戦が定義されている。図は、同教科書のサイバー空間作戦の種類を分類したものだ。有識者会議が提言した「能動的なサイバー防御」は図の「サイバー空間活用」に相当する。

(Joint Publication 3-12 Cyberspace Operation 8 June 2018から筆者作成)

これまで行われてきた「サイバーセキュリティー」は、国内のサイバー空間での対処に限定されていた。対して、「能動的なサイバー防御」が目的とするサイバー攻撃の未然防止には、海外のサイバー空間の状況調査も行わなければその実効性は担保できない。サイバー空間には国境が無く、ほぼ無法地帯であり、国内のネットワーク監視をするだけではサイバー攻撃を完全に防ぐことはできないからだ。

なお、相手のハードウェアやネットワークを攻撃する「サイバー空間攻撃」は相手領土に対する物理的攻撃に等しいため、実行するためには自国が侵攻を受ける「武力攻撃事態」や同盟国が武力攻撃を受けて自国の存立が脅かされる「存立危機事態」の認定といった法的手続きが必要になるだろう。

防衛省ではなく内閣府が指揮すべき

チャレンジングな提言は他にもある。それは、サイバー安全保障分野における対応を一元的に指揮する司令塔機能を大幅に強化するための「制度」の設置を促していることだ。

もし「能動的なサイバー防御」の意味するところが、前述の海外サイバー空間の調査を含むのなら、司令部機能は防衛省以外が担う必要があるだろう。防衛省という実力組織が海外でサイバー関連の情報収集活動をしてしまえば、サイバー攻撃の準備を始めたととらえられかねない危険性があるからだ。防衛省はあくまでも自衛隊内のネットワークについてのみ責任を持ち、政府や民間企業のネットワークは内閣府が司令部機能を保持する。内閣府は防衛省のサイバー部隊との連携を強化し、情報共用を深化させるべきだ。これについては米国も同様で、軍の責任範囲とされているのは国防省のネットワークのみであり、民間のネットワークは「国土安全保障省」の所管とされている。

防衛力の核は、「国民の意識」

報告書に記された「自衛隊が強くなければ国は守れない。自衛隊だけでは国は守れない」という言葉は、日本人の高い国防意識こそが国を守る基本であることを指摘したものだ。

ウクライナ戦争が何よりの教訓になる。ロシアのウクライナ軍事侵攻開始から9か月以上が経過したが、終結する兆しは見受けられない。ロシアは2014年、極めて巧妙にリトル・グリーン・メンと称される非正規軍をウクライナへ展開。情報戦、サイバー戦、心理戦を組み合わせたハイブリッド戦争をつうじ、短期間でウクライナ南部クリミアの併合を成し遂げている。ロシア軍は今回のウクライナ侵攻当初もサイバー攻撃を含むハイブリッド戦を試みた。しかし、ほとんど成果が上がらなかった。

それは、2014年のクリミア併合を受けたウクライナが、米国を始めとするNATO(北大西洋条約機構)諸国からの支援を受け、サイバー能力を含めた国家としてのレジリエンス(回復力)を強化していたからだ。さらに、ウクライナのゼレンスキー大統領のリーダーシップと国際社会に対する戦略的コミュニケーション能力、そしてウクライナ国民の「自らの国は自らの手で守る」という強い意志は、世界2位の強さを持つとされていたロシア軍からの攻撃に耐えるだけではなく、押し返す力となった。

総合防衛力を強化するためには、自衛隊の人員装備や弾薬などといったハードパワーの強化や海上保安庁との連携強化といった制度上の改革に加え、自衛隊の活動を総合的に支援する国民の力が必要となる。厳しい訓練中に、自衛隊の存在そのものを否定するデモに遭遇する時ほど、隊員の意気を消沈させる出来事はない。総合防衛力の核は、自らの国を守るという国民の意識であることを忘れてはならない。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

著者の記事