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2020.02.19 外交・安全保障

新型コロナウイルスCOVID-19、元統合幕僚長の岩崎氏「わが国は中国の不安定化に備えるべき」

岩﨑 茂

今回の新型コロナウイルスは今後どうなるか未だ予断を許さない状況であるが、私は、これまでの状況を見て、今後、中国で途方もない事が起こる予兆と感ずるところがある。

WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は2月11日、今回の新型コロナウイルス=Corona Virus(コロナ ウイルス)をDisease(病気)であり、2019年に発生していることからCOVID-19と名付けた事を公表した。しかし、我が国では「新型コロナウイルス」と呼ばれており、まだあまりこの名称がニュース等に出てきていないものの、ここではCOVID-19と呼ぶことにする。

この名称が示すとおり、このウイルスが発見されたのは、昨年の12月との事である。このウイルスが報道された当初は、鳥とか蛇、蝙蝠等の野生動物から感染した可能性が大であり、この病原菌は野生動物から人に感染するものの、人から人への感染はしないとのことであった。しかし、その後、今年に入って1月中旬に「人から人への感染」が確認されたことが報道された。人は野生動物よりも遥かに長距離を移動する。この為、中国のみならず、世界中で感染が拡大する可能性を指摘され、これ以降、中国も含め世界各国で本格的な感染拡大防止策が取られるようになった。しかし、実際には既に、武漢市から多くの人達(10万人から数十万人との報道があるが真偽不明)が逃げ出し、中国各所に、または世界の各国各地に移動している可能性が指摘されている。これが2月中旬までの状況である。

以前、SARS(重症急性呼吸器症候群)やMARS(中東呼吸器症候群)が世界に拡大した。特にSARSは中国広東省で発生し、この時も野生動物からの伝染が原因であった。中国ではこの時の教訓で、中国国内の海鮮市場で数百種に及ぶ野生動物の販売を禁止した。しかし、実際には需要が多い事もあって販売が続いていたのである。この禁止されている野生動物が販売されていた事を、武漢市当局は知っていた可能性がある。これが発覚すれば大変なことになるとの思いが強く、当初の隠ぺいに繋がったのではないかと推測される。

今回は中国政府とともにWHOや国連本部も問題を露呈している。今年1月22日、テドロスWHO事務局長は「緊急事態には当たらない」と発言している。また、呆れた事に1月28日には「(武漢市封鎖等の中国政府の対策に対し)WHOは、中国政府が迅速で効果的な措置を取ったことに敬意を表する。」とのコメントを出している。グテーレス国連事務総長も同様の趣旨の発言をした。まるで二人とも中国の手下の様である。しかし、わずか数日後の1月31日、WHOは(観念し?)「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態宣言」を行った。それでも、その後「渡航や貿易を不必要に妨げる措置は不必要」と付け加えている。緊急事態を宣言しておきながら、この期に及んでも中国に忖度するのかと思ったものだ。そして、2月10日にWHOは武漢市へ国際調査団を送り、翌日に「他の国へ広範に伝搬されている可能性がある。我々は氷山の一角を見ているだけかも」とようやく本当のことを全世界へ伝えるようになった。何故このような事が起こるのだろうか?WHO、国連は中国マネーに乗っ取られているとの専門家の指摘もある。私は概ね正しい指摘だと考えている。

私は、今回の件ではWHOや国連の事よりもっと気になることがある。それは中国政府の事であり、今回のCOVID-19で習近平主席が窮地に追い込まれる可能性を危惧している。

今回のCOVID-19に関して武漢市当局だけでなく、中国中央政府の対応も全くチグハグで、対策が後手・後手に回り、国内からも全世界からも非難を浴びる事態になっている。今回の件では、ニュースにおいて李克強首相の露出度が多く、習近平主席がほとんど出てこなかった。最近になりようやく習近平主席の映像がニュースに出て来たものの、今回の件では習近平主席の存在感が余り感じられなかった。北京の中央政府が今回の深刻さを認識したのは、「人から人への感染」が報告された1月19日である。習近平主席は1月17-18日の間にミャンマーへ訪問、19-21日で雲南省へ出張中であり、北京にいなかったのである。この間、北京で李克強首相が指揮を執っていたが、当然、李克強首相であっても勝手に判断できず、習近平主席の指導を仰ぎつつ、いろいろな処置をしたものと思われる。そして1月20日には中国政府として「重要指示」を発出、中国全土に厳重警戒態勢をしき、1月23日には武漢市を封鎖した。しかし、この封鎖を予見し、または政府の判断内容を事前に入手した人達は、武漢市から脱出していた。この肝心な時に習近平主席は北京にいなかったのである。

中国国民も徐々に習近平主席の存在感が薄い事に気づき始めた頃、李文亮氏が亡くなった。李文亮氏は今回のウイルスの第1発見者であり、発見直後の昨年末にWeChatでこの情報を発信した。この事で彼は、本年初めに武漢市公安局に呼ばれ、「インターネットに虚偽の情報を流した」という罪で訓戒処分を受けた。彼は、その後、処分にもめげず感染者救済の為の活動中に彼自身がウイルスに感染し、病床中であった。そして2月7日に亡くなったのである。多くの中国国民が「李文亮氏は正しい情報を発信したのでは」と考え始めていた頃であり、国民の怒りは今回の一連の武漢市の隠蔽や中央政府に対する不信感、習仁平主席のリーダーシップのなさ、後手・後手の対策等々に向けられ、爆発寸前の状態にあると考えられる。

もともと習近平主席は就任当初から「腐敗撲滅」を掲げ、「ハエだけでなくトラも叩く」ことで、多くの不正を暴いてきた。この事は多くの国民から高い評価を得ていた。しかし、共産党幹部や官僚の多くからは必ずしも支持されていた訳でない様である。何故なら、殆ど全ての高級幹部等は何らかの不正をしており、「いつかは自分も処分されるかもしれない」という不安を持ちながら習近平主席の為に取り敢えず働いていたのである。このような事から、私は、もともと習近平体制は盤石ではなく、寧ろ脆く瓦解しやすい体制であると考えていた。今回のCOVID-19対応の不手際は、習近平主席を益々追いつめる事になっていくのでないか。

今回のCOVID-19では武漢市や湖北省のみだけでなく、中国各所の閉鎖が相次いでいる。この事で中国経済減速することは明らかである。減速の度合いも急ブレーキに相当する可能性が大である。経済が落ち込めば、政権に対する批判やデモが多発していくことが容易に予測される。外に逃げ出す人たちも多く出て来よう。こうなれば経済のみならず、安全保障上の問題ともなっていく。中国は、長年の歴史の中で、他国からの侵略、国内の腐敗や疫病で倒れたことが何度もある。また、最近においては、世界のどの国のどの政権でも、経済に足をすくわれることが多くなっている。

今回は疫病と経済の打撃が中国を揺るがす事態になる可能性があり、習近平体制の危機とも言える状況でないだろうか。このCOVID-19は、今後どのような方向に展開するか余談を許さない。既に中国のみならず全世界が影響を受け始めている。我が国としてはCOVID-19に対してのみならず、経済をも含めた様々な分野において万全の態勢で臨むことは勿論の事、仮に中国情勢が更に不安定化した場合等、安全保障の観点からも各種事態を考慮し、確りとした備えをしておく必要がある。(令和2.2.14)



岩崎茂(いわさき・しげる)
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。



写真:新華社/アフロ

岩﨑 茂

ANAホールディングス 顧問、元統合幕僚長
1953年、岩手県生まれ。防衛大学校卒業後、航空自衛隊に入隊。2010年に第31代航空幕僚長就任。2012年に第4代統合幕僚長に就任。2014年に退官後、ANAホールディングスの顧問(現職)に。

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