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2023.08.14 経済金融

歳出先行・財源後回しの岸田政権、行きつく先は「望まぬインフレ」か

河野 龍太郎 白石 洋

 発足から2年弱が経ち、岸田文雄政権の財政政策へのスタンスが明らかとなりつつある。新型コロナ後の経済再開が進み、景気が持ち直し傾向にある中で、岸田政権は新たに恒常的な歳出を決定する一方、具体的な財源については先送りを続けている。歴代の政権は、一時的に歳出を拡大しても、恒久的な歳出拡大には二の足を踏んでいた。岸田政権の拡張的財政スタンスが物価高に与えるインパクトは小さいとはいえない。

 政府・こども未来戦略会議は、6月13日に「こども未来戦略方針」を決定した。内容は多岐にわたるが、中心的な政策は子育て世帯への現金給付(児童手当)の拡充である。従来、設けられていた所得制限を撤廃するほか、これまで中学生までであった支給期間を高校生まで延長し、第3子以降の支給額を3万円に増額する。政府はこれらの「こども・子育て支援加速化プラン」に年間3兆円台半ばの費用を要すると想定している。「加速化プラン」の歳出項目の太宗は、2026年度までの3年間で実施することとされており、28年度までには全てが実施される計画だ。

 一方、財源については、徹底した歳出改革等による確保が原則だとして、増税は行わない方針が示されている。もっとも、高校生の児童手当拡充に対応して「扶養控除との関係を整理する」としており、実質的に高校生の子どもを持つ高所得世帯は増税となる可能性があるほか、社会保険料への上乗せによって徴収する「支援金制度」を構築するとしている。歳出改革によって社会保険料の上昇を抑制し、「支援金制度」が全体として追加負担にならないよう目指すとはしているが、若干の歳入改革(社会保険料の引き上げ)が想定されている。こうした施策により、加速化プランが完了する2028年度までに安定財源を確保するとしている。

変容する歳出削減の目的

 このように、一応は歳出削減と歳入改革によって安定財源を確保する方針が示されてはいるが、歳出削減の具体策は現時点で不明である。

 政府は近年、高齢化や医療の高度化に伴い増加する社会保障関係費の伸びを抑制すべく、毎年1500億円程度の歳出削減を行っているが、これは財政健全化を目的としたものだ。従って、毎年1500億円程度の社会保障関係費の削減を継続しつつ、さらなる歳出削減で子ども対策に充当しない限り、歳出の増加ペースは、子ども対策関係費の分だけ、ほぼそのまま高まる。そのことは、掛け声だけのPB(プライマリーバランス、基礎的財政収支)黒字化がさらに遠のくことを意味する。

 子ども関連以外の社会保障関係費を、毎年1500億円を大幅に上回る規模で追加的に削減し続けるのは、医療機関など社会保障サービスの供給主体の既得権に切り込む必要があり、政治的ハードルが相当高い。結局、年1500億円程度の削減目的が「財政健全化」から「子ども対策の財源」に変わる可能性が高いように思われる。

 一方、歳入改革となる保険料の上乗せや所得控除の見直しも与党内の反発が強く、「こども未来戦略方針」では、財源について「さらに検討する」としている。支援金制度については、詳細について年末までに結論を出すとしているが、実際に実現するのか、実現するとしても、どの程度の規模になり、いつ実施されるのかは不透明である。

 いずれにしても今回の子ども対策は、歳出については、内容・規模共におおむね固まっているものの、具体的な財源は現時点ではほとんど決まっていない。最終的に、政府の歳出総額は、大きく増加する一方で、歳入はそれを補うほどは拡大しない可能性が高いように思われる。また、「こども未来戦略方針」では、財源不足が生じないよう、必要に応じ、つなぎとして「こども特例国債」を発行するとしており、少なくとも当面は歳出拡大が大きく先行する可能性が極めて高い。

防衛費拡大も借金頼み

 こうした構図は子ども対策に限ったことではない。昨年末に岸田内閣は、防衛費の大幅拡大を閣議決定したが、ここでは借金頼みの様相がより明確であった。

 防衛費については、本フォーラムの借金頼みの防衛費増額で安全保障の向上につながるかで論じており、ここでは詳細は割愛するが、歳出は今後段階的に増額され、2027年度以降は従来の計画よりも4兆円程度増えることになる。一方、財源については、増税で賄うのは4分の1程度に過ぎず、その増税のタイミングも、「24年以降の適切な時期」とされていたが、後述する足元の「自然増収」もあって、自民党税制調査会は、早々に「24年4月からの法人税増税は困難」とし、25年以降の先送りを固めている。

 また、4分の1程度は歳出削減で確保する予定となっているが、その具体策は不明である。そのほか、独立行政法人の持つ剰余金や国有資産の売却益なども充当されるが、これらは国の純資産の減少、つまり公的純債務の膨張をもたらすものであり、財政赤字の拡大と実質的に何ら変わらない。また、毎年一定額生じる決算剰余金も活用される予定だが、決算剰余金は、もちろん財政黒字ではなく、赤字国債を大規模に発行して編成した予算において、最終的に資金が余って生じているに過ぎない。従って、防衛費拡大の少なくとも半分程度は、実質的に赤字国債で賄うということにほかならない。

8兆円近い恒久的歳出拡大は異例

 温暖化対策もしかりである。岸田政権は今年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定し、脱炭素を図るための呼び水として、2023年度から32年度にかけて、合計20兆円規模の歳出を行う方針である。財源については、まずGX経済移行債の発行により確保されるが、最終的には、カーボンプライシングで得られる将来の財源によって償還されることが見込まれている。ただ、カーボンプライシングが具体的にどのような形態をとるのか、また、いつ実施されるのか、明確には決まっていない。50年度までの償還が想定されてはいるが、やはり当面は歳出増が先行する。

 GX対策は、一応は歳入改革で全て財源が確保される予定なので議論から除くとしても、防衛費と子ども対策だけで恒久的な歳出拡大が実に8兆円近くに上る。これほど大規模な恒久的歳出拡大の決定は、近年に例を見ない。しかも、財源の相当部分が未確定のまま実行に移されようとしている点でも極めて異例である。歴代の政権は、恒久的な財源を見出すことができなかったため、一時的な歳出を繰り返しはしたものの、恒久的な歳出拡大の決定には二の足を踏んできた。

実は抑制的だった安倍政権の財政政策

 振り返れば、安倍晋三政権は、アベノミクスの第二の矢として「柔軟な財政政策」を掲げ、脱デフレに向けて財政政策を積極的に活用する姿勢を示し、毎年、補正予算による景気刺激を繰り返した。しかし、恒久的な歳出増は、消費増税の一部を転用し、幼児教育の無償化などが実施されたものの、今回の防衛費増額や子ども対策に匹敵する規模の政策は実施されていない。当初予算ベースで見れば、高齢化や医療の高度化で増加を続けた社会保障関係費を除けば抑制されていた。上述のとおり、社会保障関係費に関しても、毎年、伸びを1500億円程度削る歳出抑制努力は継続されていた。

 一方で歳入面では、消費税率が2014年4月に3%、19年10月に2%、計5%引き上げられたほか、04年の年金制度改革で決定された厚生年金保険料の約5ポイントの引き上げが、小幅ながら毎年、17年まで続いていた(労使折半で年0.354%)。これらは、いずれもそれ以前の政権が決めたものであり、安倍政権は当初15年10月に予定されていた2度目の消費税を2回も先送りはしたものの、結局、国民負担率(租税負担と社会保障負担が国民所得に占める割合)は、12年度の39.8%から19年度には44.3%まで上昇している(図1)。この19年度の数値には、19年10月の消費増税の影響は半期しか含まれていないため、それも含めれば、安倍政権の下で国民負担率は5%程度上昇した計算になる。

【図1】国民負担率(対国民所得比)の推移

 つまり、安倍政権の下では、安倍晋三その人の政策志向とは裏腹に、実際の財政政策の運営は、歳出面では、一時的な景気刺激策が頻繁に繰り返されたものの、恒久的な歳出拡大の決定は極めて限定的であり、一方、歳入面では引き締め的であった。加えて、この間、東日本大震災に伴う復興費の支出が徐々に減少していたこともあり、OECD(経済協力開発機構)の推計では、景気循環調整後の一般政府のプライマリー収支のGDP比は、2012年の7%程度から19年には3%程度まで縮小している。

 しかし現在は、消費増税や社会保険料の継続的な引き上げといった大きな歳入改革は一切予定されておらず、岸田首相自身も当面の消費増税の引き上げを否定している。一方で、恒常的な歳出拡大が、財源が未確定なまま、そして少なくともその一部は明白な国債ファイナンスによって実行に移されようとしている。

税収の大幅増の真因

 このところ、税収が政府の想定を大きく上振れているのは事実である。ただ、コロナ前と比較して実質GDPが拡大しているわけではなく、現在の税収増はいわばインフレタックス(インフレによる実質増税効果)というべきであろう。確かに税収増は好調な企業業績を反映しているが、それは円安による嵩上げと実質賃金の下落によるものであって、家計から企業への所得移転によるところが大きい。企業が賃上げに積極的になったといっても、大幅な実質賃金の下落の一部を穴埋めするに過ぎない。

 仮に公的債務の対名目GDP比の悪化が和らぐとしても、マクロ経済全体で見ると、インフレ高進にもかかわらず、ゼロ金利が継続され、政府の利払い費が抑えられる一方で、家計が保有するゼロ金利の預金の実質価値が低下していることを通じて、家計から政府に所得移転が進んでいる(増税と同等の効果が生じている)だけである。これらが、インフレタックスの意味するところである。

 歳出削減や歳入改革などの財政調整を行っているため、インフレタックスもやむなしとも言えるが、インフレによって増えるのは税収だけではない。つまり、今後は必然的に歳出についても膨張圧力が生じる。既に政府は物価高対策としてガソリンや電気ガス代への大規模な補助金を行ってきたが、今後も、政府が供給する公共サービスの実質価値を維持しようとすれば、公務員給与なども含め、さまざまな分野で支出を増やさざるを得なくなるだろう。

 また、あまり気付かれていない点だが、このところの税収増には、コロナの下で実施された極めて大規模な政府歳出の拡大が、民間部門の所得や支出を拡大させ、その一部が税収として政府部門に還流していると考えられる。それ故、全てを恒常的な税収増と捉えることは慎重さに欠けるように思われる。

税収増が歳出に回る恐れ

 しかし当面、税収が増加基調を続ける可能性が高い中で、政治的には税収の「自然増」を積極活用すべしとの議論が強まっていく可能性が高い。実際に、鈴木俊一財務大臣は、2022年度の決算剰余金が想定を上回る2.6兆円となったことを受け、この半分の1.3兆円を防衛費の整備に充てることを明言している。従来の想定は0.7兆円だった。増税を先送りする原資に充当することも選択肢として、年末までの予算編成で検討するという。前述のとおり自民党税制調査会も増税を先送りし、25年以降とする方針を固めつつある。

 もちろん筆者は、子ども対策、安全保障の強化、温暖化対策などの岸田政権の取り組みそれ自体を批判するつもりはない。いずれもわが国喫緊の課題であろう。

 バブル崩壊以降、政府は補正予算による景気刺激を繰り返す一方、当初予算では、社会保障関係費の膨張による財政への圧迫が懸念される中で、社会保障関係費以外の歳出項目については抑制的で硬直的な運営が続けられてきた。同時に、予算審査の甘い補正予算では必要性が必ずしも高くはなく一時的な効果しか持ち得ない施策が乱発される一方、長期的に必要な歳出までもが抑制され、望ましい財政資源の再配分が行われてこなかったように思われる。恒久的歳出拡大によって、こうした悪弊が打破されるのであれば、そのこと自体は望ましい。

 財源についても、新たな歳出を決定する度に、必ずしも特定の財源を割り当てる必要もないはずである。もしインフレ懸念がなく、むしろ大きな負の需給ギャップ(需要が供給を大きく下回る)が存在し、デフレ懸念が強い局面ならば、マクロ安定化政策の視点から、歳出拡大が財源確保に先行することも容認し得るだろう。

「高めのインフレ定着」を招きかねない

 しかし、日本のインフレ率は既に高い水準にある。CPIコア(生鮮食品を除く消費者物価指数)は、1月に前年比4.2%のピークを付けた後も3%台での推移が続き、2%超えは6月段階で、既に15カ月目となる。さらに、エネルギーを除くCPIコア(新型コア)に至っては現在も4%台が続いている(図2)。

【図2】CPIコアとエネルギー除くCPIコア(新型コア)の推移(前年比、%)

 この背景には、円安による輸入物価上昇だけでなく、コロナ後の経済再開が進む中で、人手不足が深刻化していることがある。こうした状況の下で、岸田政権が、安倍政権時代以上に拡張的な財政運営を続けるとすれば、日本経済にインフレ傾向が定着するリスクが高まる。

 今後、岸田政権が補正予算による景気刺激は極力控える姿勢に転換するのであれば、財政政策全体としてはこれまでの政権に比べて拡張的とはならないかもしれない。しかし昨秋に、コロナ禍が減衰しつつある中でも、再び29兆円に及ぶ大規模補正予算を決定したことや、何より現在、政権の支持率が低迷していることなども踏まえると、政策転換は期待できそうにない。あるいは、2024年9月の自民党総裁選で勝利した後、岸田首相は君子豹変し、筆者が本フォーラムで論じたような「社会連帯税」の導入などの歳入改革を一気に進める腹づもりなのだろうか。

 昨年度と同様の巨額の補正予算が今年度に再び編成されることはないであろうが、少なくとも向こう数年間は、財源確保が十分でない恒常的な歳出拡大が実施されることで、財政政策は、コロナ前よりも拡張的となる可能性が高そうである。筆者は、今回の日本のインフレ上昇は、一時的な現象ではないと考えている。それはグローバルインフレのインパクトが思った以上に大きかっただけではない。これまで述べたように、岸田政権下において、日本の財政政策のスタンスが大きく変質しつつあることも、高めのインフレ定着を考える理由の一つである。

 日本銀行は7月27〜28日の金融政策決定会合で、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)の一段の柔軟化に踏み切ったが、安定的な2%目標の達成にはまだ距離があるとして、マイナス金利政策も含め、当面、大規模緩和を維持する姿勢を示した。日銀からすれば、目標の達成に向け、インフレの持続性が高まることは望ましいことかもしれない。

 しかし同時に、財政の持続性への疑念が高まるとすれば、物価安定目標が実現しても、十分な金融引き締めを行うことが困難になる。実質金利の一段の低下によって、インフレ高進や円安の進行を抑えられなくなる恐れもあるだろう。早晩、日本でも財政インフレ(インフレに伴う金利上昇をきっかけに利払い費が増える政府が、償還財源として国債を増発し、それがさらなるインフレを呼ぶ事象)が意識され始めるのではないか。

 ただ、将来、必要な金融引き締めが実行できないとすれば、それは公的債務への配慮を意味する財政従属(フィスカル・ドミナンス)が理由というより、住宅ローン利用者への負担増や国債を大量保有する地域金融機関経営への悪影響などに配慮した金融従属(フィナンシャル・ドミナンス)が理由になると思われる。

 そこまで考えるのは、気が早過ぎると考える人も多いだろう。しかし、今後の経済・物価、そして金融政策の見通しを考える上でも、日本政府の財政政策のスタンスが変わりつつあることを念頭に置く必要がある。債務水準が既に相当に高く、インフレ傾向も続く中で、平時から拡張的な財政運営を続ければ、天変地異や地政学リスクの顕在化によって、緊急時に財政需要が生じた際、財政の持続性に対する疑念が一気に強まるリスクがあることは言うまでもない。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

地経学の視点

 本稿にあるとおり、防衛費や少子化対策については十分な財源がないまま恒久的な歳出を決めたが、本来、岸田首相が会長である自民党宏池会は「軽武装・経済重視」の財政再建派だ。
 
 思い出すのは、今年6月のバイデン米大統領の「失言」である。バイデン大統領は6月20日、日本の防衛費増額について「私が説得した」などと発言。後に日本自身の決定だったと訂正した。事の真偽は不明だが、少なくとも米国が日本の防衛費増額を歓迎していることは分かる。米国が自ら世界の警察官でないことを認め、日本周辺の地政学的リスクが高まるなか、日米同盟の「双務性」を高めることが自らの派閥の信条よりも優先された結果なのかもしれない。
 
 少子化対策については、土壇場で3兆円から3兆5000億円へと官邸主導で積み増しされたにもかかわらず、各社の世論調査では、総じて政策への支持率は低かった。その理由の一つに、十分な財源が確保されていないことが挙げられているのは、「財政再建派」の宏池会会長にとって皮肉だ。
 
 筆者は、借金頼みの防衛費増額で安全保障の向上につながるかで、「日本の仮想敵国は、日本の防衛費増額の頼りない財源論議を耳にして、ほくそ笑んでいるのではないか」と述べている。防衛も少子化対策も国の礎であり、そこに恒久的な歳出を充てること自体には異論はない。ただ、「裏付けなき礎」が財政の信認低下をもたらし、周辺国から足元を見られて地政学的リスクを高める——というシナリオは避けねばならない。「新時代リアリズム外交」を掲げる岸田首相には、安全保障につながる財政論も期待したい。(編集部)

河野 龍太郎

BNPパリバ証券 経済調査本部長・チーフエコノミスト
1987年横浜国立大学経済学部卒。住友銀行(現・三井住友銀行)、大和投資顧問(現・三井住友DSアセットマネジメント)、第一生命経済研究所を経て、2000年からBNPパリバ証券。2023年より東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員。近著に『 成長の臨界―「飽和資本主義」はどこへ向かうのか 』(慶應義塾大学出版会)

白石 洋

BNPパリバ証券 シニア・エコノミスト
ロンドンスクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得後、2000年よりリーマンブラザーズ証券のロンドン支店、東京支店の経済調査部に在籍。2008年より現職。国内の経済・政策動向の分析を専門とする。