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2023.03.08 外交・安全保障

ロシアのSTART履行一時停止、韓国の核保有検討…もはや目を背けられぬ核の脅威

末次 富美雄

 再び世界に、核の気配が濃厚に立ち込めつつある。

 ロシアのプーチン大統領は、2月21日に実施した年次教書演説において、ウクライナ侵攻を続ける姿勢を示すとともに、アメリカとの核軍縮条約である「新戦略核削減条約(Strategic Arms Reduction Treaty : START)の履行を一時停止することを表明した。

 同条約は、両国の戦略核弾頭の数を、最終的に1550発にまで削減する事を目標にしており、2021年に2026年まで有効期間の延長に合意している。ただし、そもそも同条約について、アメリカのミサイル防衛計画へのロシアの危機感、対象外とされているロシアの短距離弾道ミサイル・イスカンデルの射程への疑惑など、双方の相手に対する疑念から、実効性は低いと見られていた。また、条約の対象外である中国が核弾頭の保有数を増加させつつあり、昨年11月米国防省は、2035年には1500発に達するとの見通しを明らかにしている。

 2013年には1万6千発以上であった米露の核弾頭数は、ストックホルム国際平和研究所が2022年1月時点の数として、米国5550発、ロシア6255発としており、一定の削減効果が確認できるものの、非戦略(戦術)核や巡航ミサイル等が対象外であることを考慮するとSTARTは唯一の核軍縮条約として象徴的意味に留まるに過ぎない条約とも言える。

 つまり、STARTは実効的に抑止として機能していたとは言い難い。だが、それにしてもプーチン大統領の一方的な表明は看過できるものではない。

 今回のプーチン大統領の履行停止声明は、核弾頭の削減を一時停止することだけではなく、アメリカが核実験を継続しており、ロシアも行うと主張するものだ。その発言は、核兵器の近代化を示唆している。プーチン大統領による、「核使用の恫喝」に次ぐ「核兵器能力向上による恫喝」と言え、核軍拡の危険性をちらつかせ米欧のウクライナ支援国をけん制する狙いがあるのだろう。

 日本周辺には中国、ロシアに加え北朝鮮が核兵器を保有しており、特に北朝鮮は、核搭載可能と推定される弾道ミサイルの発射を繰り返している。韓国尹大統領は、今年1月11日に、外交部と国防部の業務報告を受けた後、「北朝鮮の核脅威がこれ以上拡大すれば」との前提条件付きながら、核の保有またはアメリカに核兵器の配備を依頼することを考慮するとの考えを示している。この発言の背景には、今年1月に「韓国日報」が行ったアンケートにおいて、核兵器保有を支持する韓国国民の割合が66.8%と反対の31.8%を大きく上回ったことがあると推定できる。

 韓国の動きに危惧を募らせたアメリカは、1月にオースチン国防長官を韓国に派遣し、防衛首脳会談を開催した。会談終了後に公表された共同声明において、韓国に対するアメリカの拡大抑止公約を確認するとともに、対北朝鮮対策として、米国戦略部隊の定期的な韓国展開を約束している。共同記者会見に応じたオースチン国防長官は、拡大抑止には、核抑止が含まれることを再三にわたり強調した。アメリカ政府が韓国の核保有を許容しないことを明らかにするとともに、核兵器拡散防止に努めていることを積極的にアピールする目的があったと解釈できる。米韓防衛首脳会談以降2月には図上演習、3月には定例の米韓合同軍事演習が実施されると公表されており、2月19日に行われた米韓空軍共同訓練には、B-1B戦略爆撃を参加させるなど、アメリカが公約を果たしている事を内外にアピールしている。

 2015年に署名された米韓原子力協定において、韓国は使用済み燃料の再処理やウラン濃縮に関して厳しい制限が課されており、この改正がない限り韓国独自の開発は不可能である。さらには、核兵器の所在は明らかにしないというアメリカの方針から、米軍が韓国への核持ち込みを明らかにする可能性も低い。従って、韓国尹大統領の「核保有発言」は、本気で核保有を目指すというよりも、その姿勢を示すことで、アメリカの韓国に対する公約、核を含む韓国防衛への関与を担保するという思惑があったと推定できる。

翻って日本は…

 中国、ロシア及び北朝鮮という核を保有する権威主義国家に囲まれている日本にとって、必要とされるのは、このような韓国のやり方ではないだろうか。

 今年1月12日、ワシントンにおいて日米2+2(外務・防衛の閣僚協議)が開催された。昨年12月に日本が安全保障戦略3文書を改訂した直後であり、その議論が注目された。アメリカ側から、戦略3文書の改訂を歓迎し、日本の防衛力強化について、これを評価し支援するという言質を得たことは一定の成果である。更には、「日本の反撃能力の効果的な運用に向けて、日米間での協力を深化させる」ことに合意したことは、反撃能力行使に当たって情報収集能力欠如が指摘されている日本にとって必要不可欠な視点であり、評価できる。

 しかしながら、今回の日米共同発表において気になる点が2点あった。その一つが、「同盟の現代化」の中で「日米間でのより効果的な役割・任務の分担を実現していく必要がある」との記載があるにも関わらず、日米役割分担の根幹である「ガイドライン(日米防衛協力のための指針)」の見直しに一切言及がないことである。そして二点目は、「拡大抑止」について「日米拡大抑止協議及び様々なハイレベル協議を通じ、実質的な議論を深めていく」としか述べられていない点である。

 前者「ガイドラインの改訂」については、反撃能力に関する国会審議が未了の段階では、日米の役割分担を俎上に乗せることができなかったことは理解できる。しかしながら、拡大抑止、特に核による拡大抑止をどのように担保するかは、日米拡大抑止協議や様々なハイレベル協議で収まる話しではない。日本防衛を含む日本周辺におけるアメリカの核使用を、どのような条件で、どのような手続きを通じて行うのか、国民的コンセンサスが必要である。日米2+2の内容を見る限り、核による拡大抑止にあえて触れない、あるいは触れても公表しないという意図が見え隠れする。

 「茹でガエル」という言葉がある。カエルを熱湯の中に入れると、あわてて飛び出るが、水の段階から加熱すると、気づかず茹で上がると言われている。生物学的に正しいかどうかは別にして、核の脅威が急速に高まっているにも関わらず、「非核3原則」あるいは、「言わせず」、「考えさせず」を加えた「非核5原則」に固執する日本は、特に岸田政権においてはまさに「茹でガエル」状態であると言われても仕方がない。

 もちろん唯一の被爆国である、日本が核兵器廃絶という国際世論をリードする必要があるのは理解できる。しかしながら、核の脅威が増大する中で、「見たくないものは、無いものとする」という姿勢で、無駄に時間を浪費することは許されない。

 昨年11月、筆者は当フォーラムに核に関する議論を活発化する必要があると投稿した。日本の核保有を主張するものではなく、核による脅威が存在する以上、日本の核抑止をどのように担保するか議論すべし、というものであった。当時防衛力強化に関する有識者会議が開催されており、同会議を契機として、核に関する議論の活発化を期待した。しかし、残念ながら、ネットなどでは核に関する議論が散見されるが、国民的な議論にはつながっていない。主権国家であるウクライナに一方的に軍事侵攻したプーチン大統領が核をもてあそぶ姿は日本にとって目の前にある脅威なのである。今回のプーチン大統領の発言を契機に日本がどのように核抑止を担保するかの真剣な議論が盛り上がることを期待したい。

写真:代表撮影/AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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