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2023.03.06 外交・安全保障

中国による台湾侵攻、サイコロが示した成否は…米CSISリポートを読み解く
― JNF briefing by 末次富美雄 ウォーゲームが示した日本の防衛上の課題(1)

末次 富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。今回は、元・海上自衛官で、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令などを歴任、2011年に海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官した実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員に、1月に公表された米戦略国際問題研究所(CSIS=Center for Strategic & International Studies)による、中国の台湾侵攻に関するウォーゲーム(図上演習)のリポートについて解説してもらった。中国の台湾制圧が失敗に終わったとしても「台湾有事は日本有事」。日本にとって対岸の火事というわけにはいかない。

 以前解説したように、米戦略国際問題研究所(CSIS=Center for Strategic & International Studies)は1月、中国が2026年に台湾侵攻を開始することを想定したウォーゲーム(図上演習)のリポートを公表し、中国は台湾制圧に失敗する可能性が高いとしました。そこから日米共同の課題を整理したのが前回の記事でした。今回は、あらためてCSISの位置付けやリポートの内容について解説したいと思います。

 CSISは、防衛・安全保障に関わるシンクタンクとしては世界1位と評価されています。政治的には「中道」で、常勤研究員などが約220人在籍し、政府とCSISとを行き来することで、「回転ドア(官僚と民間人が行き来することで政策の質を高めること)」の役割も果たしています。研究員にはジョセフ・ナイ氏(国際政治学者、ハーバード大特別功労教授)も名を連ね、日本からも数多くの若手官僚や政治家候補などが客員研究員として出向しています。

 CSISリポートは7つの章と結論で構成されています(図1)。第4章に示すいくつかの条件を加味して24のシナリオを作成し、そのウォーゲームの結果を5つに分類しています。第7章で政治、軍の運用、装備に関する提言をまとめ、「勝つことが全てではない、事態の発生を抑止することが重要である」と結論付けています。

台湾有事における米国最大の課題は「距離」

 情勢認識としてリポートが強調しているのは、中国の経済的・軍事的な台頭です。中国のミサイルの中で、特に対艦弾道ミサイルの脅威を挙げています。一方で中国の欠点も指摘し、第5世代戦闘機のエンジン不足など具体的に分析しています(図2)。

 他方、米国の対中方針については、中国による軍事侵攻と台湾による独立宣言の双方を抑止する「二重の抑止」を基準に、一定の軍事的、経済的関与を維持しつつ、政治的関与を増加させつつあると分析しています。台湾有事における米国の一番大きな課題は、「地理的に遠い」点です。その上で、台湾有事に関し、米中対立やウクライナ戦争の影響を踏まえた透明性のある分析がないことを指摘し、考慮すべき事項について共通認識を持つことがリポートの目的だとしています。
 
 後述するように、リポートはシナリオごとに各国の軍隊・自衛隊の損害状況を具体的に示しています。そのため、いたずらに損害に着目する報道が目立ちますが、リポートの目指すところは損害規模の多寡ではなく、シナリオを成立させるための条件にあるといえます。

 ウォーゲームには、いくつかの種類があります(図3)。このうち、「実験的ウォーゲーム」は意思決定のプロセスに着目したもので、「教育的ウォーゲーム」は戦場における指揮官や幕僚(スタッフ)の意思決定手続きの教育が目的です。そして「分析的ウォーゲーム」は、一定の条件(分析アーキテクチャー)の下、繰り返しシミュレーションすることで、政策判断に役立つ資料を提供します。CSISのリポートは、この中から「分析的ウォーゲーム」を選択し、台湾有事のシナリオを検討しています。

 分析アーキテクチャーの例を図3に示しました。これは中国超音速対艦巡航ミサイルYJ-12が米空母機動部隊に25発飛来した場合の被弾数です。20面のサイコロを振り、20が出れば、空母は「撃沈」と判定されます。ただし、実際の戦闘における不確実性、誤認識や判断ミス、天候条件などを完全に再現することが困難なことから、ウォーゲームで見積もられる損害は目安でしかありません。

台湾侵攻の成功可能性を下げる「4つの条件」

 今回は、中国が台湾に地上軍を侵攻させる「着上陸」、いわゆる「D-dayモデル」を採用しています。台湾がこれに抵抗し、米国が台湾支援のため中国軍に対抗するというのが基礎シナリオです。リポートでは、実現する可能性の高いシナリオを「基本シナリオ」、シナリオに大きな影響を与える変数を加えたものを「代替シナリオ」としています(図4)。

 代替シナリオを当事国別に見ると、まず中国と台湾には変数はありません。他方、米国の変数には「自動的に参戦する」だけでなく、「関与しない」もあります。米国が参戦しない場合の代替シナリオは、「台湾単独対処」となります。米軍が参戦を意思決定するまでの期間も変数とされ、「進攻開始4日後に爆撃機のみ参加」「14日後に本格参戦」という代替シナリオが示されています(代替シナリオの「D+●」という表記は、中国軍による台湾侵攻開始後の日付を示す)。そして、「台湾に米軍があらかじめ展開することはない」というのが基本シナリオであるのに対し、「侵攻前に、米海兵隊MLRを事前展開する」というのが代替シナリオとなります。

 北朝鮮が同時期に行動を起こす可能性も言及しており、対北朝鮮用兵力として、在韓米空軍4個スコードロン(飛行隊)中、2個スコードロンを台湾有事に充当、地上軍は拘置兵力として韓国内に残すというシナリオとなっています。また、日本については、在日米軍基地使用の可否、自衛隊の関与時期およびその要領などが変数とされています。

 図5はウォーゲームの結果です。(1)基本シナリオ、(2)悲観的シナリオ、(3)楽観的シナリオ、(4)台湾単独シナリオ、(5)極めて悲観的シナリオ――で5分類し、各シナリオで、中国と米台等合同軍、どちらが有利かをグラフに当てはめたものです。このうち、「悲観的シナリオ」は、条件が変わることで大きく状況が変わることを意味しています。「極めて悲観的なシナリオ」は、「台湾の抵抗と米国の介入」に直面した中国が、どのようにすれば勝てるかを検討するためのシナリオとされています。

 結論として、図5に示す4つの条件がそろえば、2026年の中国の台湾侵攻が成功する可能性は低いとしています。しかし発生する損害を考慮した場合、米国は一定期間世界的地位を損ね、台湾は政治・経済的に壊滅的な状況となり、中国も共産党政権が不安定化するという見通しを示しています。

明らかになった台湾海峡という「壁」の厚さ

 図6は、「基本シナリオ」を図示したものです。

 中国の侵攻は、台湾周辺に艦艇・航空機を配置することによる封鎖に始まり、台湾主要港湾や航空基地などへの大規模ミサイルによる破壊、航空機による空爆、そして地上兵力の揚陸作戦という順で行われると考えられています。ほとんどの場合、守りが手薄な台湾南部への揚陸が選択されています。台湾東部海域には、米軍などの干渉を阻止するために、艦艇や潜水艦を配置するのは各シナリオ共通です。中国が日本(在日米軍基地を含む)を攻撃するリスクについては、米軍が在日米軍基地を使用して中国艦艇などへ攻撃することで、行われる可能性が高いとされます。

 「基本シナリオ」では、中国軍は30個大隊、約3万人が台湾への揚陸に成功すると見積もられています。なお、中国本土への攻撃に関しては、戦争の拡大、特に核戦争へとエスカレーションするのを防ぐために、抑制的な想定がされています。中国本土への攻撃がやむを得ない場合でも、その対象は、水平線以遠を観測する「OTHレーダー」や、情報を衛星に送信するための「人工衛星アップリンク施設」といった高価値目標に限っている点には注目すべきでしょう。

 図7は、各シナリオにおける中国上陸兵力の規模です。

 すべてのシナリオで中国軍は台湾上陸に成功しますが、課題は補給が続くかどうかです。CSISのウォーゲームでは、「台湾単独対処」のシナリオ以外は補給が維持できず、最終的に中国が敗北すると見積もられています。約130キロしかない台湾海峡という「壁」が、いかに厚いかを示しています。

 なお、「台湾単独シナリオ」では、台北制圧まで10週間とされていますが、その後も台湾中央部の山岳地帯で散発的な抵抗が続くと予想され、抵抗が長くなるほど米国を含む西側諸国が介入する可能性が高いとされています。

日本は米国以上の損害も

 図8は、各シナリオにおける損害の見積もりです。米国は、航空機200~484機、艦艇8~17隻、中国は航空機18~327機、艦艇17~138隻が失われると見積もられています。人員の被害では、米国は7000~1万人が、中国は最大で7万人が死傷すると算定されています。日本の人的被害は言及がありませんが、最大で航空機が161機、艦艇が26隻被害を受けるとされており、航空基地などへのミサイル攻撃を考慮すると、少なくとも米国以上の損害が出ることは確実といえます。

 なお、日米の航空機の約90%が、中国の航空基地への攻撃で失われるとされている点に注意が必要です。この数字だけを見ると、「高性能・高額なものよりも、廉価な航空機を数多くそろえる方がいい」という議論も出てくるはずです。また米国は、中国の侵攻兵力を直接低下させ得る長距離対艦ミサイル(LRASM)の在庫が決定的に不足しており、1週間以内に使い果たすと指摘されています。ウクライナ戦争においても、ミサイルを含む弾薬が戦争遂行に不可欠だと認識されており、米国が台湾有事でも同じ課題を抱えていることが浮き彫りになっています。

 図9は、ウォーゲームの結果からCSISが提言としてまとめたもののうち、日本に関連する部分です。

 政治・戦略の分野では、地理的条件や基地機能の観点から、日本の重要性が第一に示されています。台湾軍の強化策としては、中国との非対称戦力、対艦・対空ミサイルの充実が挙げられており、これを「山あらし」戦術と呼んでいます。ドクトリン(軍事行動の基礎)の分野では、基地防護機能などの強化を挙げ、「スタンド・オフ・ミサイル(長距離対艦ミサイル)の備蓄拡大」が提言されています。これらを総合すると、中国が主体的に攻撃時期や攻撃方法を選択し、先制攻撃を行うと見積もり、その一撃に耐え得るレジリエンス(対応し、回復する力)の重要性を強調した内容となっています。

 図10は、台湾有事において中国の侵攻が失敗に終わった場合の、戦後の国際情勢を見積もったものです。

 米国の国際的影響力の低下や中国の不安定化に加え、核保有国同士の戦いには、常に「核戦争へのエスカレーション」のリスクがあることが指摘されています。そして、たとえ一時的に休戦に合意しても、次の戦争への休止期間にしか過ぎない可能性があることも挙げられています。今回のリポートの標題を「次の戦争の最初の戦い」としているのも、この考えに基づくものです。リポートは、「中国に、武力によって台湾統一は成し遂げられないと理解させることで、台湾有事を抑止することが重要である」と締めくくっています。

(第2回に続く)

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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