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2023.03.07 安全保障

CSIS台湾有事シミュレーションの示唆…日本の集団的自衛権の発動条件は適切か
― JNF briefing by 末次富美雄 ウォーゲームが示した日本の防衛上の課題(2)

末次 富美雄

 「今」の状況と、その今に連なる問題の構造を分かりやすい語り口でレクチャーする「JNF Briefing」。実業之日本フォーラム・末次富美雄編集委員が、米シンクタンクCSISによる、中国の台湾侵攻に関するウォーゲーム(図上演習)のリポートを解説する。後半は、リポートで得られた知見から、日本の安全保障上の課題を整理する。

 前回解説したCSISリポートを踏まえ、日本の安全保障上、考慮すべき点をまとめると、5項目に集約されます。1つは、中国の台湾軍事侵攻を「2015年に制定された安全保障法制上、どの事態に位置付けるか」という問題です。自衛隊が行動するに当たり、想定されている事態は、「重要影響事態」「存立危機事態」「防衛上の事態」の3種類です(図1)。

 24回のシミュレーションのうち19回は、中国が在日米軍基地を攻撃する結果となっています。このことから言えるのは、「日本が米軍に在日米軍基地の使用を許可する限り、中国からの攻撃は避けられない」ということです。

 CSISリポートでは、台湾有事において、「日本が米軍に在日米軍基地使用を認めない選択肢は取り得ない」としています。それを前提とすれば、中国は在日米軍基地も攻撃対象とするはずであり、前述した3種類のうち、どの「事態」に該当するかという議論をする間もなく、中国から日本領域への攻撃が開始されるということです。そうなった場合には速やかに「防衛上の事態」と認定すべきだということになります。「台湾有事は日本有事」という理由は、ここにあります。

 もっとも、中国としては、日本に在日米軍基地の米軍の使用を許可しないよう、直接的な武力に訴えない政治的、経済的、軍事的な圧力、いわゆる「認知戦」を仕掛けてくることは確実です。その場合、どのように対応するのか、真剣に考えなければならない時期に来ているといえます。

手続きの明確化や事前協議の条件はすぐにでも検討を

 考慮すべき点の2つめは、「日米安保条約6条に係る交換公文の解釈」です。同条は、米国への施設および区域の提供を定めています。しかし、図2に示す事項については、日本国政府の了解を得るべき事項(事前協議事項)とされています。今回課題となるのは、「わが国から行われる戦闘作戦行動」の部分です。

 米軍の作戦行動は「Need to Know(必要とする人にのみ情報アクセス権限を与える)」が原則であり、直前まで高度に秘匿されます。台湾有事において、米国が日本に対し「事前協議」を行うかどうかは分かりません。もし事前協議を行わず米国が攻撃活動を実施し、これに中国が反撃として日本領域の攻撃に着手した場合、日本国内で米国に対する批判が集まる可能性は否定できません。

 一方、米国から事前協議があった場合、日本政府としてどのような手続きで承認するのか、国民への説明は行うのかなど、すべて未知数です。日本も多大な被害を受けることは確実ですから、国民的議論を行う必要があります。

 3つめは、「基地のレジリエンス向上」です。自衛隊基地や在日米軍基地に中国がミサイル攻撃などを行った場合、航空機の防護や、滑走路の被害を速やかに復旧させることが極めて重要です。戦闘機などに対するシェルターの整備や滑走路の緊急修復に加え、民間飛行場の使用や道路の活用なども検討が必要です。

 グーグルアースを使えば、基地の表面は確認できてしまいます。例えば、在日米軍嘉手納基地と航空自衛隊千歳基地の画像を見ると、千歳基地の方が多くの掩体壕(シェルター)があることが分かりますが、本来、掩体壕はこうして確認できるようなものであってはいけないものです。いかにしてミサイル攻撃から航空機を保護するか、真剣な検討が不可欠です。

自衛隊と米軍間での役割分担のすり合わせは必須

 4つめは、昨年12月に公表された国家安全保障戦略などの「『防衛3文書』との整合性を図ること」です。これに関して、図3で二つの課題を挙げています。その一つが、「日米共同部隊」の編成についてです。自衛隊は長年にわたり日米共同訓練を積み重ねており、理屈や技術の上では共同部隊を編成することは可能です。しかし、武器使用基準、あるいは交戦規則は、自衛隊と米軍で大きく異なり、専守防衛を基本とする自衛隊と、作戦目的によっては先制攻撃を辞さない米国とでは、根本的にルールが異なるため共同部隊の編成は困難です。任務や地域を分け、役割分担をする方が効率的でしょう。陸海空の自衛隊の部隊運用を一元的に担う「統合司令部」が今後、数年以内に新設されますが、有事における米軍との窓口としての機能も重要になるでしょう。

 また、日本が保有を目指している「反撃能力」についても、意志統一を図っておく必要があります。政府が説明する「反撃能力」は、弾道ミサイル攻撃が行われた場合、武力行使の3要件に基づき、相手の領域において行使できる、と規定されています。CSISのシナリオに従えば、在日米軍基地を含む日本領域に中国からミサイル攻撃を受けた場合、ミサイル発射基地である中国本土を攻撃できるということになります。しかしCSISのシナリオでは、前述のとおり中国本土への攻撃は慎み、必要であれば高価値目標に限定するとしています。こうした日本の反撃能力行使に関しては、米国との十分なすり合わせが必要でしょう。

 最後の5つめは、「長距離対艦ミサイルの整備に当たって相互運用性を考慮する必要がある」点です。図4は、防衛力整備計画に基づく「スタンド・オフ防衛能力」整備に係る概算要求書から抜粋したものになります。

 CSISのリポートには、長距離対艦ミサイルの在庫数の少なさが課題として指摘されています。日本の防衛3文書では、日本の防衛産業の育成がうたわれており、「スタンド・オフ」防衛能力についても、12式地対艦誘導弾の能力向上(射程延伸)や極超音速誘導弾の開発など、国産化に重点を置いた表現となっています。

 一方で、開発完了までのタイムラグを考慮し、トマホークをはじめとした海外製品の購入も同時に行われる計画になっています。有事における生産能力維持の観点から、国産化の重要性は理解できますが、米国もウクライナ戦争でミサイルや弾薬を量的に確保することが教訓となっています。従って、相互運用性確保の観点から、米軍でも使用できるミサイルの保有を目指し、国産と輸入のバランスを確保する必要があります。

 ここまで示してきたとおり、CSISのリポートは、わが国の安全保障上極めて示唆に富むものです。今後、国家安全保障戦略を具現化していく上で大いに参考にすべきものでしょう。

写真:AP/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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