昨年12月7~10日、中国の習近平国家主席はサウジアラビアを訪問した。同国のムハンマド皇太子は首都リヤドで歓迎式典を開き、中国の国旗を象徴する黄色と赤のスモークを発した編隊飛行と21発の礼砲で盛大に歓迎した。習主席はサルマン国王と会談して「包括的戦略パートナーシップ協定」を調印したほか、キング・サウード大学から名誉博士号を授与されるなど、両国の親密ぶりが演出された。湾岸・アラブ諸国の首脳会談などにも参加し、中国は存在感と影響力を内外にアピールした。
米中への態度に温度差?
習主席に対する熱烈な歓迎ぶりとは対照的に、昨年7月の米バイデン大統領の訪問では、サウジ側の反応は冷淡だった。7月15日、バイデン大統領はサウジアラビア西部のジッダに到着し、翌16日に湾岸諸国とイラク・エジプト・ヨルダンの首脳で構成された「GCC+3」に参加。アフガニスタン問題、イエメン、ウクライナ、シリア情勢、イランの核協議、原油高騰や気候変動といったテーマについて協議した。ロシアのウクライナ侵攻に伴い世界的にエネルギー価格が高騰していることから、米国はサウジに対し原油増産を要望したが、サウジの回答は2027年までの目標である「日量1300万バレル」からのさらなる増産はない、というものだった。
またバイデン大統領は、米ワシントン・ポストで活動していたサウジアラビア人ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件についてムハンマド皇太子の責任を追及したが、皇太子は関与を否定した。そのほかバイデン大統領は、イスラエルとサウジの国交回復について米国が橋渡しできないかとも提案したが、サウジ側は時期尚早だとして、両国の認識の違いが目立つ結果となった。
会談の中で米国は、中東から中国・ロシアの影響を排除するよう関与したい旨を述べたが、サウジ側は「それは米国の一方的な願望だろう」という反応で、対外的にアピールできる成果がほとんどなかった。
中国とサウジの利害が一致
図1は米中と、サウジやアラブ・湾岸諸国の関係図である。青い矢印は「良好」、赤は「国交回復」を示し、白い矢印は中国との緊密な関係に発展する可能性の高い状況を表している。今回の習主席の訪問で、中国とサウジアラビアが緊密化を増していく図式になろう。
【図1】米中と中東諸国の関係図
前述したように、サルマン国王と習主席は「包括的戦略パートナーシップ」の合意文書に署名した。サウジアラビア国営通信は、両国がグリーンエネルギーやクラウドサービス、医療産業など34分野(35分野との報道もある)の投資案件で、総額300億ドルに上る合意が成立したと報じている。
これら合意の中国側の思惑としては、まず石油とLNG(液化天然ガス)の安定的確保が挙げられる。石油取引に係る通貨を人民元建てにしたいという提案も行っており、人民元の国際化を推進する狙いもあるだろう。サウジを中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に取り込み、中東での影響力を拡大しつつ、米国とサウジの間にくさびを打ち込む戦略ではないかと思われる。
一方、サウジ側の狙いの第一は、石油の安定輸出である。輸出石油のうち25%が中国向けになっており、これを確実なものにしておきたい。また、後述する「サウジ・ビジョン2030」で掲げた投資拡大やインフラ整備、ハイテク技術の移転、電気自動車工場等の新設などについて、今回の合意で弾みをつけたいようだ。
10月にムハンマド皇太子は、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国の5カ国で構成する新興国のグループ)に加盟したいと意思表明している。また9月にはウズベキスタンで行われたSCO(上海協力機構)で、サウジ、カタール、エジプトが「対話パートナー国」として招待された。SCOは中国とロシアが主導する多国間協力組織だ。サウジは、BRICSへの加盟申請やSCOの関係強化によって、中国との関係を緊密化させたいのだろう。こうした経済的側面のほかに、政治的にサウジと中国は、人権問題などの内政干渉への反発や非民主主義といった共通点があり、利害が一致しているとも言われている。
「一つの中国」への賛同国を増やす狙いも
サウジの成長戦略である「サウジアラビア・ビジョン2030」について補足する。同ビジョンは2016年4月に発表された。「活気ある社会」「盛況な経済」「野心的な国家」の3本柱からなり、各項目の30年までの達成目標が具体的な数値で示されている。「石油依存型経済から脱却する」という大方針の下、投資、観光、製造業、物流など経済の多角化を目指す。民間企業の役割を拡大させ、新たな雇用を創出し、国民の生活水準を向上させる計画である。
図2に示したのは、ビジョンの達成項目だ。3本柱の下に「確立された価値」「生活の充実」「強固な基盤等」といった中項目があり、小項目として24の数値目標が掲げられている。このうちピンク色の項目は、2020年時点で進捗があまり思わしくないものだ。緑色は、おおむね成果が表れている項目である。
【図2】サウジアラビア・ビジョン2030(2016年4月発表)
日本エネルギー研究所中東研究センターの近藤重人主任研究員の分析(「サウジ・ビジョン2030」の中間評価とコロナ禍の影響)では、財政改革や公的資金の規模拡大などトップダウンで進める分野については一定の成果が表れている一方、民間部門の裾野を広げる分野や海外からの投資については期待どおりの成果が表れていないと評価している。目標達成に向け、中国の支援を得るための「熱烈歓迎」だった、とみることもできる。
一方、中国の思惑はサウジだけにとどまらない。サウジ訪問に合わせ、習主席が12月 9日に参加した中国・GCC(Gulf Cooperation Council=湾岸協力理事会)首脳会談では、包括的政治・安全保障対話、経済パートナーシップの発展、文化的関与の拡大など15分野で5年間の行動計画を採択した。
中国のGCC戦略は、基本的に次の5点である。すなわち、(1)中国通貨による石油・ガス取引のプラットフォームとして上海証券取引所を活用すること、 (2)人民元の決済を行う国際銀行決済システム「CIPS」の活用、(3)クラウドコンピューティングの共同センター立ち上げや5G・6Gにおける通信技術協力(中国通信機器大手・ファーウェイの技術などを活用)、(4)宇宙パートナーシップの拡大、(5)中国語を教える湾岸諸国300カ所でのスマート教室の設置――である。
同じ12月9日に、「第1回中国・アラブサミット」も開催された。習主席は基調演説を行い、中国とアラブ諸国の経済発展に向け、ウィンウィンの関係を築こうと呼びかけた。今後3~5年で、食料、エネルギー、グリーンイノベーションなど8つの共同行動を推進することに合意したほか、共同声明には「『一つの中国』の原則の厳守」という項目が盛り込まれた(図3)。台湾統一を公約に掲げる習政権にとって、経済支援を武器に国際世論を味方につける戦略と言える。
【図3】第1回中国・アラブサミットで合意された協力イニシアチブ
米中を天秤にかける中東のしたたかさ
習主席のサウジ訪問により、経済・政治面で中国とサウジや中東各国の関係の緊密化がかなり進展したようにみられる。もっとも、中東諸国の過去5年間の武器の輸入国の内訳を見ると、欧米への依存度が大きい(図5)。米国の安全保障上のプレゼンスがアジアにシフトし、アフガンからの撤退、イラク・シリア駐留軍の縮小などにより中東諸国での影響力が低下しているものの、サウジが輸入する武器のうち82%は米国からの調達だ。カタール、UAE(アラブ首長国連邦)も同様の傾向である。こうした状況を踏まえてか、米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は、今回の習主席の中東訪問について、「別に驚くものではない」と平静を装った。
【図4】中東諸国の武器輸入国の内訳
また、中国が推進する、原油の決済通貨として人民元を活用する取り組みは時期尚早との見方が強い。サウジアラビアは1200億ドル以上の米国債を保有しているとされ、サウジの資産と外貨準備金のほとんどはドル建てであることに加え、サウジの通貨リヤルは他の湾岸通貨と同様にドルペッグ制だからだ。つまりサウジは米中を天秤にかけ、実利を得ようとしているように見える。
こうした「天秤外交」は、サウジだけでなく中東諸国に見られる。UAEは2020年、米国の仲介でイスラエルと国交を回復した。その見返りとしてUAEは、米国から最新鋭ステルス戦闘機F35を50機、MQ-9無人攻撃機を18機購入できることになっていた。だが、UAEがファーウェイの通信技術を取り入れようとしていたり、中国がUAE国内に秘密基地の建設を計画したりしていたため両国関係に亀裂が生じ、F35等の供与は中断された。22年に入るとUAEは、トルコやシリアの大統領と相互訪問したり、トルコとの間に包括経済協定の交渉を開始したりするなど、「全方位外交」を主張している。
日本は中東との友好を前提にしつつ、冷静な目を
昨年12月の習主席のサウジ訪問で、中国は影響力の拡大を図った。石油やLNGの安定確保から、「一帯一路」への取り込み、人民元建て決済場面の拡大による人民元国際化の好機とみていると思われる。さらに米国とサウジとの間にくさびを打つ狙いがあったのではないかとみられる。
一方、サウジアラビア、湾岸・アラブ諸国にとっては、アラブ諸国の地位向上あるいは経済発展のために中国を利用したい思惑がうかがわれた。サウジのBRICS加入申請やSCOの「対話パートナー国」へ名を連ねことで、中国とより緊密な関係構築を望んでいるようだ。政治的には、中国とアラブ諸国共通の価値観として内政不干渉があり、台湾問題は中国の国内問題として、双方が承認し合ったと思われる。
ただし、このことは中東地域における「脱・米国」に直結しない。昨年7月のバイデン大統領の中東訪問は目立った成果はなかったが、イスラエルとの国交回復を通じて米国との距離が接近した国があることや、中東が武器調達を米国に依存する構図は変わらない。
伝統的に日本と中東各国とは友好関係にあり、緊密な友好親善を続けていくべきだ。石油やLNGが確保できるよう、中東情勢の安定化への寄与が求められる。他方で、中東における中国の影響力拡大の状況を注視し、彼らの「天秤外交」がどちらに傾くのかを冷静に見極める目も必要だろう。
写真:新華社/アフロ