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2022.12.30 コラム

「台湾」と「資源」で読み解く岸田・アルバニージー時代の日豪関係

寺田 貴

 既に旧聞に属するが、2022年10月22日、豪州西部のパースを訪れた岸田首相は、豪州のアルバニージー首相と会談した。

 5月の総選挙でアルバニージー政権が誕生して以降の5か月間で、日豪首脳会合は電話会談含めて既に5回に及ぶなど、日豪の蜜月関係を象徴する。同じような蜜月関係は安倍首相とアボット首相との間にも存在した。

 安倍首相は2014年7月に豪州を訪れた際、日本の首相として初めて豪州国会で演説を行い、豪州の国家安全保障会議にも出席するなど、豪州の対外関係における日本の存在感を高めている。そして滞在の最終日にはアボット首相の提案により、豪政府専用機にて共に西オーストラリア州に飛び、日本の高度成長を支えた良質の鉄鉱石を算出するピルバラ鉱山を訪れている。岸田・アルバニージー会談が開かれたパースはその西オーストラリア州の州都で、世界で最も美しい街の一つとされており、多くの観光客をひきつけてきたが、それ以上に、インド洋に面し、鉱山を所有する多数のエネルギー企業が存在するなど、インド太平洋時代における政治と経済の要所とも呼べる豪州の都市でもある。

アングロサクソン系の米英に続く日本

 この会談では2つの重要な宣言が発表されている。一つは「安全保障協力に関する日豪共同宣言」で、他方は「日豪重要鉱物資源パートナーシップ」である。

 前者は、2007年に安倍首相(第1次政権)と先述のアボット首相の師匠格にあたるハワード首相との間で発表された「安保宣言」に現在の不安定化する安全保障環境を反映させ、そしてその間の15年に渡る緊密化した日豪関係の成果も盛り込みながら、大きく進展させた改訂版である。

 旧宣言では、両国の安保協力の分野として、テロ対策や大量破壊兵器の拡散防止、平和維持活動などが挙げられ、同盟国である米国と日豪両国がそれぞれ、すでに活動している分野での協力が中心であった。しかし日豪両国はこの15年で「準同盟」化を進めており、「物品役務相互提供協定(ACSA)」や機密情報をやりとりする「情報保護協定」、そして2022年1月には自衛隊と豪軍の相互訪問や共同訓練の法的取り決めである「円滑化協定」にも署名し、日本にとって豪州は米国以外で最も緊密な安保・防衛関係を構築した国となっていた。

 それを踏まえた今回の新宣言の最大の特徴は「日豪の主権、地域の安全保障上の利益に影響を及ぼしうる緊急事態に関して相互に協議し、対応措置を検討する」と明記し、米国以外で初めて、豪州と緊急時の態勢を話し合う枠組みを設定することになった。

 この「緊急事態」は台湾有事も含まれうる。実際にこの表現は、集団的自衛権に基づいた米豪同盟であるANZUS条約の第3条の内容と類似しており、ここから、日本が米国と1995年の台湾危機以降進めたように、緊急時の自衛隊と豪州軍の役割などを規定する日豪の「防衛協力の指針」(ガイドライン)の策定を視野に入れているという見方もある。

 豪州は英米との新たな同盟体制であるAUKUSを21年9月に発足させ、原子力潜水艦の開発と将来的な配備に踏み切ったが、豪州の国防・安保枠組みにおいて、日豪協力は、米豪同盟、AUKUSの次に位置することとなった。伝統的な友好国であるアングロサクソン系の英米に次いで日本が豪州の外交・安保戦略に加わる重みが、今回の日豪安保宣言の改定によりさらに具現化された形である。

 現に、12月にワシントンで開かれた米豪2+2(外務・防衛担当閣僚会議)では台湾海峡の平和と安定が重要案件として取り上げられたが、その際に日本を米豪の軍事演習に招くことも発表されている。23年は日米豪3か国安保関係のさらなる進展が予想できよう。

 他方の「日豪重要鉱物資源パートナーシップ」は、豪州の鉱物産業部門に日本が投資を行い、豪州は日本の最先端メーカーに重要鉱物を確実に供給できる体制を整える、といった合意事項が含まれていることが画期的である。ウクライナ危機で不安定になった世界の資源・エネルギー市場において、豪州が日本に対し資源・エネルギー供給を確約することを意味する。特に液化天然ガス(LNG)は豪州からの輸入が約4割を占めることから、岸田首相の国会開催中の電撃的訪豪により、日豪パートナーシップは安保と共に経済の面でも、新たな高みに引き上げられたことを印象付けた。

 以前、安倍首相追悼の拙コラムでも紹介した2015年1月発効の日豪経済連携協定(EPA)について、日本の外務省は「豪州市場における日本企業の競争力を確保しつつ、エネルギー・鉱物資源,食料の安定供給を強化」するとして、エネルギー安保が含まれる意義を喧伝している。ただ実際は、どのような形で「強化」されるのかは未知数のままであった。そのためか、同協定には「各締約国は、エネルギー・鉱物資源物品の安定的な供給の重要性…を認識し、そのような安定的な供給及び長期的な安全保障の目的を達成するため、利用し得る妥当な措置をとる」といった文章が組み込まれており、主に日本のエネルギー安保の面から日豪両国がさらに同協定を進化させる意図が示されていた。

 岸田・アルバニージー両首相による「日豪重要鉱物資源パートナーシップ」は、まさにこの意図が現実化されつつあることを示しており、さらに資金と技術を日本が提供するということは、両国の経済関係を長年支えてきた相互補完性をフルに活かすことをも意味している。両国の同盟国である米国とはそのよう資源・エネルギー協力枠組みを構築するに至っていないことを考慮すれば、資源に乏しいものの財力と技術力で優る日本が、広大な大地の下に眠る豪州の資源の開発を、両国の民間セクターを巻き込みながら進める意義は理解できるのではないだろうか。

 旧安保宣言が出される前年の2006年、日本の自衛隊機は日本の領空で中国軍機を迎撃するために22回スクランブルをかけたが、その15年後の2021年では、スクランブルの回数は722回にまで増えている。またこの間、豪州の対中関係も悪化し、例えば22年11月のバリ島でのG20会合で会談を持つまでの6年間、豪中首脳会合は一度も開かれなかった。23年、豪州はシドニーにてQUAD(日米豪印)首脳会議を初めて主催する。より緊密になった日豪関係を軸にしながら、いかにQUADを強固な枠組みにして中国の「挑戦」に対応するのか、さらにいかに米豪同盟に日本を関与させていくのか、対中関係を注意深く差配しながらの豪州の「ミドルパワー」外交に注目が集まる。

写真:代表撮影/ロイター/アフロ

寺田 貴

同志社大学 教授
1999年オーストラリア国⽴大学院にて博士号取得。シンガポール国⽴大学人文社会科学部助教授、早稲田大学アジア研究機構准教授を経て、2008年より現職。この間、英ウォーリック大学客員教授、ウィルソンセンター研究員(ワシントンDC)などを歴任。2005 年にはジョン・クロフォード賞を受賞。

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