防衛省は10月4日、「北朝鮮が、北朝鮮内陸部から、1発の弾道ミサイルを東方向に向け発射。最高高度約1000km程度、約4600㎞程度飛翔し、7時28分頃青森県上空を通過した後、7時44分頃、日本の東約3200kmのわが国EEZ( 排他的経済水域)外の洋上に落下した模様」と発表した。
この弾道ミサイルは中距離弾道ミサイル火星12号の改良型と見られている。北朝鮮のミサイルが、日本上空を通過し、「Jアラート」が発令されたのは約5年ぶりのこととなる。
北朝鮮だけではない。今年8月4日に防衛省は「中国が台湾周辺海域で弾道ミサイル発射を行い、9発のうち5発がわが国のEEZ内に落下したものと推定される」とも公表している。
このように北朝鮮や中国が弾道ミサイルを頻繁に発射し、かつミサイルの性能も変則軌道化や極超音速滑空兵器(HGV)の登場など数々の向上が図れている中、それに対応する日本のBMD(ミサイル防衛)体制はどのような状況となっているのだろうか。
日本の二段構えのミサイル防衛体制
レーダー、人工衛星、航空機、艦艇でブースト段階のミサイルを探知し、これを識別・追尾して、ミッドコース段階に達したミサイルをイージス艦のSM-3で迎撃する。SM-3の迎撃網をかいくぐって大気圏に再突入した場合には、ペトリオットPAC-3で撃墜する――。2004年以降、日本のBMDはこの二段構えになっている。
イージス艦の能力向上艦(イージス艦「まや型」には、弾道ミサイル迎撃能力が向上したSM-3ブロック2A及び巡航ミサイルを迎撃可能なSM-6を装備している)や、能力向上型PAC-3(PAC-3 MSE:Missile Segment Enhancement)の導入が進むことで迎撃範囲が拡大すると見られており、BMDの体制は強化されつつある。
しかしながら、同時に多数のミサイルによる飽和攻撃や弾道ミサイルの変則軌道対処能力は十分と言えず、さらなる体制強化や装備の近代化の取組みが必要な状況である。
イージス・アショア構想の蹉跌
2017年、北朝鮮は2月以降17発の弾道ミサイルを発射し、9月には6回目の核実験を実行した。中国もこの頃から外洋での展開能力が向上し、南シナ海や尖閣諸島方面での活動が活発化していた。
このような情勢変化に対応するため、2017年12月19日、「(1)1日24時間、1年365日常続的にミサイル監視を行う。(2)海自イージス艦の負担を軽減し、南西方面での即応体制を維持する。これらの目的を達成するため陸上配置のイージス・システム2基を導入する」ことを安全保障会議および閣議で決定した。
しかしながら、イージス・アショアの整備計画は迷走した。防衛省職員が、「ミサイルのブースターの落下経路のコントロールが可能」という虚偽の説明を行ったこと、更には住民説明会における資料の間違い、そして緊張感を欠いた説明態度が積み重なり防衛省への信頼が失墜した。
アメリカ製造会社から、ブースターの落下管制をするための改修には、相当の期間と予算が必要になるとの説明を受け、2020年6月、河野太郎防衛大臣(当時)は計画の停止を決定し、総理大臣、官房長官に報告後、国家安全保障会議および閣議で正式決定されたという経緯を辿っている。
迎撃ミサイルのブースター(重量約200㎏、長さ約170cm程度)の落下による被害を恐れる市民感情は理解できるが、一方でイージス・アショアが迎撃するはずだったミサイルによる被害と比べていずれが甚大なものになるかについて冷静な議論がなされた形跡はない。
そしてイージス・システム搭載艦の整備へ
政府は2020年12月、イージス・アショアシステム導入の断念を受け「イージス・システム搭載艦2隻の装備」を安全保障会議および閣議で決定。令和5年度概算要求の主要事項として、「統合ミサイル防空能力向上」の一環として「イージス・システム搭載艦のための構成品取得」が盛り込まれた。
イージス・システム搭載艦の基準排水量は約2万2000トン(イージス艦の約3倍)、全長約210m、全幅約40m、乗員約110名(イージス艦の約3分の1)、一部乗員は陸上自衛官で構成され、艦船の維持・運用に一部民間委託の採用が検討されている。
搭載レーダーは、イージス・アショアに装備予定であったロッキード・マーチン社製のSPY-7とされている。2027年度末に1番艦、2028年度末に2番館の就役が見込まれており、イージス・システム搭載艦の就役により我が国のミサイル防衛体制が強化されるとされている。
イージス・システム搭載艦の建造は来年度から着手されるが、その構想を見る限り疑問点が多い。
まず、人員構成の問題がある。各国海軍の主力艦艇は長期行動が前提となる。海上自衛隊では通常3つの直編成による勤務体制を維持している。イージス・システム搭載艦は110名で運用するとされているが、3直体制を組むとすると1直30名前後となる。イージス艦の3倍の大きさの艦艇をわずか30名の乗員で各種事態に対応することができるか疑問である。艦艇運用においてもAIやICTなど先進的な科学技術を採用した未来型の技術開発が行われると思われるが、わずか数年後の就役を考えると、抜本的な革新が可能とは思えない。
2点目、乗員の教育訓練についても疑問がある。海上自衛隊ではイージス・システム要員は、米海軍教育課程に委託している。さらに、イージス戦闘システムの運用に関し、毎年米海軍が契約した民間業者による訓練を受けている。ロッキード・マーチン社製SPY-7に関しては、米海軍が運用するSPY-6搭載イージス・システムの教育訓練及び維持整備の枠組みは利用できない。防衛装備庁が直接SPY-7レーダー製造会社と交渉し、乗員の教育訓練やシステムの維持整備に関する交渉を行う必要がある。
その場合、米海軍の教育訓練体制や予備品の調達に組み込まれるというスケールメリットを生かすことができない。さらには、米軍調達に伴う適正調査の対象外となり、教育訓練費や維持整備が高額となる可能性が高い。
第3に護衛の必要性という観点も見逃せない。本艦は対象国にとって極めて優先順位の高い攻撃目標となることは間違いない。対空目標に関しては自らの防空能力で対処可能であるが、潜水艦への対処能力は限定的だ。本艦護衛のために艦艇や航空機を配備する必要があり、海上自衛隊への負担が増える可能性が高い。
防衛費増強の議論の中、BMD強化のためにすべきこと
自民党は今年の参議院選挙において「防衛費のGDP比2%を選挙公約」として多くの国民の信任を得た。2027年までの5年間の防衛費総額は約43兆円になると言われている。毎日新聞が今年5月に実施した世論調査では、防衛費増額について、「大幅に増やすべきだ」との回答が26%、「ある程度増やすべきだ」が50%で、合わせて76%が「増やすべきだ」と回答している。今後、防衛力強化の議論がますますさかんになるだろう。その中で、日本のBMD強化のためにすべきことは何だろうか。
第1に日米共同連携の強化が挙げられる。一朝にして日本独力で画期的な対策を講じるのは難しいので、短期的には、日米共同連携をさらに強化し、緊密で強固な連携によって抑止力・対処力を向上させることを望みたい。
第2に、安全保障3文書を改定し、反撃能力、抑止力強化をうたったBMD能力向上の具体的方策を明示することに期待したい。今年度末の安全保障3文書の改定では、現下の厳しい安全保障環境を見極め、ウクライナにおけるロシア侵略から得られる教訓も生かしながら、今後10年を見据えた戦略を構築してもらいたい。
10月15日、参議院議員山田宏氏のユーチューブ番組に出演した自民党前外交部会長・参議院議員の佐藤正久氏は、「反撃力としてのスタンドオフミサイルの開発は、ミサイル防衛網を装備していない北朝鮮には有効な抑止力になる」「安全保障3文書に、BMDや反撃能力の保持を盛り込むべきだ」と発言し「これらの実現には岸田首相の力強いリーダーシップが必要だ」と主張している。
先制攻撃は行わないという前提は守りながらも、他に防衛手段がない場合に反撃が可能な意思と能力を整備し、BMDを強化していく――。そのための議論を前向きに進めるべき時が来ている。
写真:AP/アフロ