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2022.11.02 対談

「新しい資本主義」以前に、そもそも資本主義を徹底していない日本
近藤正晃ジェームス氏との対談:地経学時代の日本の針路(5-5)

白井 一成 近藤 正晃ジェームス

 ウクライナ危機や米中摩擦による世界の分断が急速に進むなか、利害の対立する国との関係修復はより困難を極めていくだろう。かつて、第二次世界大戦後の日本はいかにしてアメリカとの関係を修復していったのか。そこでは東京都港区に位置する「国際文化会館」が大きな役割を果たしていた。<「一族のもの」との反対を押し切ってプロに運営をゆだねたロックフェラー財団だからできたこと>に続き、完全な民間独立でありながらも国際的な役割を果たしてきた国際文化会館の現理事長・近藤正晃(まさあきら)ジェームス氏に、国際社会の進むべき方向や日本が担うべき役割についてお話を伺った。

白井:バブル崩壊後の低成長の時代しか知らない今の若者は、日本企業や政府に期待しておらず、その代わりに自分自身で未来を創る必要性をわかっているように思います。近藤さんは公益財団法人国際文化会館の理事長として、そのような若者たちの創造的な活動へどのように支援をしていこうとお考えでしょうか。

近藤:シリコンバレーから世界トップレベルのスタートアップ企業のメンバーに講師として来ていただき、日本の主要大学で学生とのセッションを行なっているのですが、学生から大きな反響が出ています。例えば、参加した1000人の学生のうち100人に何かのスイッチが入り、自分でそのスタートアップ企業の求人に応募したり、自ら起業してみようと行動し始めたりしています。今の学生は世界の出来事への感性が鋭いので、私たちは常に新しい気づきの機会を提供していく必要があるのです。そして、このように次世代の若手を応援することも社会活動の重要な一部分であると考えています。

国際文化会館が国際関係における重要なポジションにいる人たちの交流場所としての役割を果たし続けることはもちろん大切ですが、次世代の若手の交流の場所になっていくためにも努力したいです。

最初にお話ししたように国際文化会館が1952年に設立されたきっかけとなったのは実業家のジョン・D・ロックフェラー3世とジャーナリストの松本重治の出会いでした。この2人が、日米が戦争を回避できなかった後悔を共有し、文化交流を通じた日米の相互理解ひいては世界の人々の相互理解の促進を目指して「国際文化センター」設立を構想したのがそもそもの始まりです。

ジョン・D・ロックフェラー三世は23歳、松本重治は30歳の時に初めて国際会議で出会いました。そんな若い時期に出会ったからこそお互いの考えが新鮮に感じられ、目指すものに向けて一緒に努力できたのではないでしょうか。若い時期に戦争への反省を感じ、その後の人生をかけて平和を作ろうとする気持ちは、歳を重ねた人が同じことを感じているのとは違う力を持っているような気がします。ですから、そういう若い世代に対してさまざまなチャンスを与える存在でいたいと思っています。

中国企業は寄付を強要されている?

白井:2021年8月に中国北京で開かれた重要会議「中央財経委員会」で、習近平国家主席は所得の3つの再配分を表明しました。一つ目は経済活動による富の分配、二つ目は政府による富の分配、三つ目は寄付などによって個人や団体が自発的に行う富の分配です。しかし、三つ目の分配に関しては政府の無言の圧力によって企業の寄付をさせているのが現状です。

世界には、中国のように強制的に寄附をさせる国と、アメリカのように文化的に寄附をする習慣がある国がありますが、現在の日本はそのどちらでもないと思います。日本はそのどちらに向かっていけば良いのでしょうか。

近藤:アメリカのフィランソロピーの良い点は、たくさんの実験をしたり多様性を受け入れたりする価値観が公共空間づくりにも生かされていることだと思います。また、中国が所得分配のために、みんなに妬まれる存在にもなりうるお金持ちの企業に強制的に寄付させていることは政治的な手法としてわかりやすいため、ある程度の意味はあると思います。

しかし最も重要なことは、寄付をすることができる人が寄付活動を通じて公共空間を作るための多くの実験を行い、その中の本当に良いものを見つけ、最終的にはそれを政府が公共サービスとして広く社会実現していくという全体のプロセス設計です。

残念ながら日本は長い間経済成長しておらず、懲罰的にとる富すら生まれていないし、生まれた富を分配するメカニズムへの工夫も不足しています。ですから、岸田政権が掲げている「新しい資本主義」に関しての議論は興味深いですね。

日本は「資本主義自体ができていない」

近藤:しかし、「新しい資本主義」を議論する前に、そもそも日本は資本主義自体を徹底して行なってきていません。

資本主義を徹底して実践している国では、その限界を超えるための新しい資本主義の議論が行われる必然がありますが、日本はそれほど資本主義を徹底して実践していないので、新しくなる前にまずその良い面を、つまり富を生み出すという面を追求することが必要だと思います。

資本主義は、徹底すれば徹底するほど社会的な富の分配が必要となるのですが、日本にはその前段階の「どのようにしたら富が生まれるか」という実験や、「所得再分配を公共空間でいかに行なっていくか」という実験の数が圧倒的に足りていません。

日本が実験とその成果の社会実装の両方ができるような国になってほしいですし、そこに次世代の若手がどんどん入っていくことができたらいいですね。これは若者が自分達の望む未来を創っていくことに直結する夢のある創造的な活動となると思います。

写真:ロイター/アフロ

編集後記に続く

白井 一成

シークエッジグループ CEO、実業之日本社 社主、実業之日本フォーラム 論説主幹
シークエッジグループCEOとして、日本と中国を中心に自己資金投資を手がける。コンテンツビジネス、ブロックチェーン、メタバースの分野でも積極的な投資を続けている。2021年には言論研究プラットフォーム「実業之日本フォーラム」を創設。現代アートにも造詣が深く、アートウィーク東京を主催する一般社団法人「コンテンポラリーアートプラットフォーム(JCAP)」の共同代表理事に就任した。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤誉氏との共著)など。社会福祉法人善光会創設者。一般社団法人中国問題グローバル研究所理事。

近藤 正晃ジェームス

公共財団法人 国際文化会館 理事長
慶應義塾大学経済学部卒、ハーバード経営大学院修了、イェール大学ワールドフェロー。政策分野では、東京大学医療政策人材養成講座および日本医療政策機構を共同設立した後に、内閣官房参事官・内閣府本府参与を経て、アジア・パシフィック・イニシアティブ専務理事を務める。テクノロジー分野では、Twitter 日本代表、東アジア代表、Twitter 本社副社長を経て、シリコンバレー・ジャパン・プラットフォーム共同議長および世界経済フォーラム第四次産業革命日本センター代表理事を務める。社会事業分野では、TABLE FOR TWO、教育支援グローバル基金ビヨンドトゥモローを共同設立。アジア・ソサエティ・ジャパン・センター代表理事兼グローバル評議員。世界経済フォーラムYoung Global Leader、アジア・ソサエティAsia 21 Fellow、稲盛財団イナモリ・フェロー、ボッシュ財団 Weizsacker Fellow 等に選出。現在慶應義塾大学医学部訪問教授も務める。

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