政府は、防衛省以外が所管する沿岸警備や宇宙・サイバー分野の研究費用などを防衛関連の予算に含める新たな枠組みを作る検討に入った。
従来の安全保障の枠組みには含めにくいドメイン(領域)での対策を加速することで、安全保障政策の実効性を高めるのが狙いとされる。だが、その建前は文字通り受け取れないと見る関係者は少なくない。
岸田文雄首相は5月、バイデン米大統領に日本の防衛費の「相当な増額」を約束しており、自民党は5年以内に国内総生産(GDP)比2%以上に増やすように主張している。今回進める「非・防衛省」予算の防衛費予算への算入が、その増額目標達成への単なる数合わせではないかという見立てだ。
防衛予算は本来、日本を取り巻く安全保障環境の分析や脅威を見積もり、防衛政策を策定して、その方針に基づいて兵力・装備を増強するために使われるものだ。中国やロシア、北朝鮮などの脅威に囲まれ、安全保障環境の厳しさが増す日本には「自衛隊の継戦能力の充実」も求められている。不確実性が増し危機が予見される中で、もともとの切実な目的である「防衛力強化」から離れ、今回の枠組み作りが「防衛費増強」のための数合わせとして進められるとしたら極めて残念と言うほかない。
省庁を横断して、総合的に国防力を高めるための仕組みづくりを目指すのであれば、その執行は本来「国家安全保障会議(NSC)」が主管すべきものでもある。それが制度上困難であれば、少なくとも防衛省がなんらかの形で意見を表明できるような制度にする必要があるだろう。
自衛隊と海上保安庁の関係も課題
今回の枠組み作りでテーマの1つとなっている「沿岸警備」は、四方を海に囲まれた海洋国家である日本の安全保障にとって極めて重要な課題だ。NATO(北大西洋条約機構)のように沿岸警備を担う行政機関(日本では海上保安庁)の予算を防衛費に含めるのであれば、海上保安庁の権限強化や海上自衛隊との連携方法の確立も進めてもらいたい。
自衛隊法80条には「自衛隊の全部または一部に対する出動命令があった場合において特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部または一部を防衛大臣の統制下に入れることができる」と規定されているが、統括下に入れた場合の指揮系統や任務分担についての明確な規定はない。海上保安庁法第25条の「海上保安庁またはその職員が軍隊として組織され、訓練され、または軍隊の機能を営むことを認めると解釈してはならない」とされており、この条文が、有事発生時に、国土交通省に属する海上保安庁と防衛省に属する自衛隊との連携を阻むことになる。
諸外国はどうか。米国は「宣戦布告に際して、議会か大統領の命令がある場合には沿岸警備隊(日本における海上保安庁)は海軍の一部となる」という規定のもとで、一元指揮下で有機的な連携がとれるようになっている。また、中国の準軍事組織である海警局も2018年に人民武装警察部隊(武警)に編入され、軍と同様に中央軍事委員会の指揮下に入っている。
防衛力強化、予算増額だけでは成しえない
そもそも、防衛予算を増やせばただちに防衛力が強化されるというわけにはいかない。
防衛費の増額を巡っては、織田邦男・元空将が産経新聞9月6日付「正論」への寄稿で「戦闘機や艦艇などは予算成立から部隊配備まで4~6年を要し、装備品納入後も実戦配備までに、性能試験、訓練、要員養成などさらに長期間を要すると言われている。政府が掲げる5年以内の防衛力の抜本的な強化を達成するにはスピード感を持って対応しなければいけない」と述べ、防衛力の強化は予算の増額だけではすぐには達成できないことを強調している。
また経団連は4月、安保3文書(「国家安全保障戦略(国家安保戦略)」「防衛計画の大綱(防衛大綱)」「中期防衛力整備計画(中期防)」)の改定に際して、「防衛産業基盤の整備・強靭化、(防衛産業に対する)国防を担う重要なパートナーであるとの位置づけ、防衛産業政策が安全保障政策の構成要素の一つであることの明記」を求めている。予算だけ増額しても、これに応えて装備品を納入する防衛産業が疲弊したままでは安定的な供給を受けるのは難しいだろう。
そもそも防衛費を拡大するだけで、すぐに防衛力を強化できるわけではない。いわんや「数合わせ」の予算づくりが進めばなおさらだ。政府は30日から「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を開催する。本質的な議論が交わされ、迫る危機に見合った体制が一刻も早く形作られていくことを望みたい。