中国の軍事演習が過激化している。防衛省は5日、「4日から中国軍が台湾周辺で大規模軍事演習を開始し、同日15時から16時過ぎにかけて9発の弾道ミサイルを発射した。そのうち5発は日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したと推定される」と発表した。
これに対して、岸信夫前防衛相は「中国の一連の行動について、非常に威圧的で、日本の安全保障と国民の安全に係る重大な問題であり、強く非難する。外交ルートを通じて抗議した」と述べた。これを巡っては、自民党の佐藤正久外交部会長は党の部会で、「南西諸島は中国人民解放軍のミサイル実験場ではない。台湾有事は日本有事を実感できる暴挙だ」と述べ、中国への厳しい対応を求めている。さらに、小野寺五典元防衛相は11日のBSフジ番組で、「中国の弾道ミサイル発射の際、日本政府はNSC(国家安全保障会議)を開催し、国家としての強い抗議の姿勢を示すべき」と主張し、中国への危機感をあらわにした。
中国による日本のEEZ内へのミサイル着弾は初めてだ。EEZ内へのミサイル発射は必ずしも国際法違反とはならないが、この威圧的な軍事行動に対する抗議が軽すぎれば、中国に対して誤ったメッセージを送ることにもなりかねない。
習近平の威厳回復のために…
さらに、ロイター通信は5日、「ペロシ米下院議長の台湾訪問に激怒した中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が、7日まで実施予定の6つのゾーンで計画された演習の一環で、台湾沖の海域に短距離弾道ミサイルを複数回発射した」と報じている。米CNNによると、中国軍直属の国防大学の孟祥青教授は「我々は米国のイージス戦闘システムの監視下で正確に目標にミサイルを着弾させた。これは、中国軍が水上にある長距離目標をたたく際の困難を解決したことを意味する」と述べ、中国軍のミサイル発射能力を誇っている。
1996年の台湾危機の際は、台湾の総統選挙に圧力をかけるために中国沿岸でミサイル発射演習を行ったものの、米国の2個空母打撃群の台湾海峡通過により演習を中止した経緯がある。しかし、今回は米海軍の原子力空母ロナルド・レーガンなどによる現場監視をものともせず、米軍を追い出した形だ。
ペロシ氏訪台によって習氏は面子(メンツ)が潰された形になったものの、これを口実に演習の実現に至った。習氏の威信を回復するための十分な成果を中国国民や周辺国などに対して示すことができたように見える。
中国、ミサイル・核保有状況は?
中国のミサイル保有数は明らかにされていないが、今回発射されたと見られるDF-15のような短距離弾道ミサイル以外に、1万1200㎞の射程を有する大陸間弾道ミサイル(ICBM)DF-41や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)JL-2、弾道ミサイルから弾頭部が分離する極超音速滑空兵器(HGV)を搭載可能なDF-17など10数種類のミサイルを保有していると推定されており、これは日本にとって大きな脅威だ。
中国は現在、1980年代に米ロが発行した中距離核戦力(INF)廃棄条約(2019年に失効)や米ロ間の核軍縮の枠組みである新戦略兵器削減条約(新START)のような軍備管理体制には参加していない。10日に米ニューヨークで行われた核拡散防止条約(NPT)再検討会議でも、米ロの大幅な核軍縮が先決だとして自国の核戦力増強への批判を棚上げしており、ミサイルや核兵器の保有状況などは不透明なままだ。
台湾有事は日本有事に
専門家はどう見ているか。中国情勢に詳しい防衛省防衛研究所の門間理良・地域研究部長は毎日新聞で、「中国が台湾東部の海域にミサイルを着弾させたのは、米海軍の介入を防ぐ狙いがある。注目すべきは、弾道ミサイル5発が日本のEEZ内に落下した事であり、これは台湾有事の際に日本への攻撃を想定していることがわかる。また、今回のミサイル発射で日本の反応を探ろうとしている可能性もある。政府はこのような軍事行動を断固許さない姿勢を示し、台湾有事が日本有事にもなりうることを日本国民に周知する必要がある」と述べている。また、笹川平和財団の小原凡司上級研究員も読売新聞のインタビューに対し、「日本は、『台湾有事は日本有事だ』として覚醒しなければならないが、具体的な議論の機運が見えてこないことが懸念される」と危機感をあらわにしている。
この指摘の通り、今回、中国は日本に対しいつでも正確にミサイルを撃ち込む意図と能力があることがわかった。日本はこれに対処しうる体制構築に向けて議論を加速化しなければならない。
約10万人の島民を安全に避難させよ
中国の行動に対処するために、外交交渉や法整備、装備品の取得などさまざまな対応が早急に求められる。加えて、「政府が現状を重く見ていること」や「今回のミサイル発射に日本政府が断固反対していること」を中国はじめ国内外に強く発信する必要もある。また、日本の南西諸島における防衛態勢をどうとっていくのかについて、具体的な議論を進展させなければならない。抑止力としての日米安保体制やイギリスやオーストラリアなどの友好国との緊密な共同連携体制の強化も急務だ。
現場レベルでは、南西諸島へのミサイル防衛システムの導入や島嶼(とうしょ)における防衛・阻止・奪回のための水陸機動団の編成や装備の強化。さらに、約10万人と言われる南西諸島の島民の安全な避難計画の策定やそのための輸送手段の獲得も必要となるだろう。
3期目の習氏は、さらなる独裁強化へ?
中国の野望は恐ろしい。ロイター通信は10日、中国が発表した白書「新時代における台湾問題と中国統一」で、台湾統一を果たした後も軍や行政担当者を派遣しないという文章が消え、台湾に高度な自治権を認める「一国二制度」の撤回を示唆したと報じた。また、台湾メディアの聯合報 (電子版)は、白書は「台湾独立勢力や外部勢力が挑発し、レッドライン(超えてはならない一線)を越えれば断固たる措置を執らざるを得ない」という強硬な内容となっていることを伝えた。
習氏の終身支配を確固たるものにするために、3期目を目指すこの秋の党大会までに何らかの政治的成果を追求するという憶測はあったが、さらに恐ろしいシナリオとして見えてきたのは、3期目の就任が決定した後は国連の取決めや国際社会の批判などを全く気にせずに独裁体制をさらに強化するというものだ。
習政権はかつて、中国が領有権を主張し周辺国と争っている南シナ海の南沙諸島の軍事拠点化や香港国家安全維持法(国安法)施行による「一国二制度の形骸化」など、国際的な司法裁判の判決を無視し、国家間の約束を一方的に反故してきた過去がある。
また、習氏は昨年10月の辛亥革命110周年記念大会で「台湾は平和的に統一されるべきだ。台湾は主権国家を自認しているが、中国は台湾を分離した省とみなしている。中国は武力による再統一の可能性を排除していない」と発言している。このような強硬な言動から、台湾の武力統一や日本の南西諸島への軍事侵攻など、力による現状変更の可能性は高くなると推察できる。
侵攻されれば、GDP3%分では済まされない代償に…
エルブリッジ・コルビー元米国国防副次官補は4日、日本経済新聞のインタビューに対して「岸田政権が検討している防衛費の増額ペースでは到底、中国の脅威に対抗できない。直ちに防衛費を現在の3倍まで引き上げる必要がある。もしそうしなければ、中国に侵攻され、国内総生産(GDP)3%では済まされない大きな代償を払うことになるだろう」と警鐘をならしている。
今回の中国によるミサイル発射は、「台湾有事は日本有事」であり、中国の軍事力は現実的に大きな脅威だと私たちに認識させるとともに、島嶼防衛のためには迅速で効果的な防衛態勢の構築が必要であることを突きつけるものとなった。