首相官邸は6月26日、岸田文雄首相の主要7カ国首脳会議(G7サミット)および北大西洋条約機構(NATO)の首脳会談への参加を発表したが、そこにNATO首脳会議に出席する韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領との会談の計画は含まれていなかった。
これについて産経新聞などは「尹氏の大統領就任後初となる日韓首脳会談開催に向けて調整されたが、元徴用工や慰安婦問題などで、韓国側が具体的な解決策を示していないという理由で首脳会談を設定しない方針となったようだ」と報道している。また、日本政府は日韓関係悪化の原因がすべて韓国側に問題があり「ボールは韓国側にある」との立場をとっているようだ。
言行相反の韓国
日韓関係を巡っては、尹大統領は5月10日に行われた自身の大統領就任式に訪れていた、林芳正外務大臣に対し「日韓関係の改善に向け、対話を重ねる」という意思表示を行っている。しかしながら、松野博一官房長官は5月30日、「島根県・竹島周辺の日本のEEZ(排他的経済水域)で、韓国の調査船が日本へ事前申請なしで海洋調査を実施していることが確認された」と発表した。
尹政権発足後も懸案となっている諸問題に対する具体的解決策の提示はおろか、日本のEEZ内で事前申請のない海洋調査を行うという関係改善に逆行する行動が明らかになっている。これは、尹政権の日韓関係改善への本気度が疑われる行動ではないだろうか。そこで、本稿では日韓関係がそもそもどのように悪化してきたのかを振り返ってみようと思う。
日韓、いつから関係悪化?
日韓両国は、1965年の国交正常化の際に締結された日韓基本条約およびその関連協定をベースにして緊密な友好関係を築いてきた。
日韓基本条約は、「日本から韓国に対し、無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を約束し、(経済協力)」「両締約国及びその国民の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題は『完全かつ最終的に解決』されており、いかなる主張もできない(財産、権利、請求権に関する問題解決)」と定めている。
しかしながら、韓国大法院(最高裁)は2018年に、日本企業に対し損害賠償の支払いなどを命じる判決を確定させた。これに対して日本政府が国家は国内事情のいかんを問わず国際法の遵守が重要であり、大法院判決及びその手続きが国際法違反の状態にあるとし、日韓請求権協定に基づく協議を要請したが、韓国大法院はこれに応じなかった。そのため、さらに「仲裁付託」を通告したが、韓国側は仲裁委員任命の義務や仲裁委員指名の第三国の選定義務も不履行の状態だ。
この姿勢は、国際法遵守の精神からほど遠いとの誹りをまぬかれないだろう。
慰安婦合意文書も反故に
元慰安婦の救済を図る観点から、日本政府は1995年、国民と協力し「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)を設立し、韓国を含むアジア各国の元慰安婦に対して医療福祉支援事業と「償い金」の支給を行い、歴代総理からの「おわびの手紙」を届けるなどの努力をしてきた。
その後日韓両政府は、2015年の日韓外相会談で慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認し、両首脳はこの合意に責任を持つこと、さらに今後慰安婦関連の問題に対してはこの合意の精神に基づいた対応することを示した。この合意については、当時の潘基文(パン・ギムン)国連事務総長や米国政府を含む国際社会からも歓迎を受けている。
しかし、2017年に文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足してからは、康京和(カン・ギョンファ)外交部長官(当時)がこの合意文書を一方的に反故(ほご)にし、「和解・癒し財団」の解散、さらに国際法上の主権免除の原則の適用を否定した。韓国のソウル中央地方裁判所も日本政府に対し、「人権侵害に主権免除は適用されない」という主張を認め、元慰安婦などが提起した日本政府への損害賠償の支払いを命じる判決が確定している。
海上自衛隊に「火器管制レーダー」照射
海上自衛隊のP1哨戒機は2018年12月、能登半島沖の日本のEEZにおいて、韓国海軍の駆逐艦「クァンゲト・デワン」級から、火器管制レーダーの照射を受けている。これは大変危険な行為であるため、日本政府は韓国側にこの事実を認め、再発防止を徹底するよう強く求めた。しかし、韓国国防部は事実を認めず、逆にP1哨戒機の「低空脅威飛行」に対し謝罪を要求している。ちなみに海上自衛隊のP1哨戒機は、国際航空輸送の取り決めを定めた国際民間航空条約(シカゴ条約)に則った航空法に従って飛行しており、米軍やNATOの通常のオペレーションも同様の基準に則って行われている。
この問題を巡って、翌年の1月にシンガポールで日韓の実務者協議が開催されたが、議論は難航。日本政府は2019年1月、韓国側とこれ以上の協議を続けても真実の究明に至らないと判断し、協議を打ち切り、再発防止の要求をするにとどまった。
防衛省によると、2017年4月以降、海上自衛隊は今回レーダー照射を行った韓国海軍「クァンゲト・デワン」級駆逐艦に対し過去3回にわたって写真撮影飛行を実施しているが、これについて韓国側から問題提起は受けたことはないという。
輸出管理ランク、韓国をカテゴリー変更
経産省は2018年7月1日、外国為替および外国貿易法に基づく輸出管理を適切に実施する観点から、韓国向け輸出について厳格な制度の運用を行うと発表した。これは、両国の信頼関係が著しく損なわれ、輸出管理をめぐって「不適切な事案」が発生したためだとされている。この「不適切な事案」について、日本政府は個別企業の取引内容に係る事柄であるために具体的な内容は公表していないが、輸出総数に対して生産に消費された数が不足し、行方不明になった輸出品があり、韓国政府に照会したが未回答となっているとのこと。
そして翌月2日、輸出貿易管理令の一部を改正する政令が閣議決定され、輸出管理制度において優遇措置が得られる「ホワイト国」を「グループA」に名称変更し、その他の「非ホワイト国」を「グループB~D」の3つのカテゴリーに分類している。韓国はこの法令改正により「グループA」から「グループB」にカテゴリー変更されている。
輸出先や品目にかかわらず、改めて迂回輸出などに厳正に対処し、輸出者に対して自主管理を促すこととなり、日本から韓国へ輸出する際には大量破壊兵器の製造などに転用される可能性がある機械製品など幅広い品目において、原則として契約ごとに個別に経産省の許可が必要となった。ちなみに韓国は、「グループA」への復帰を要望しているが、問題となった不正疑惑の調査結果の公表や不正防止の改善策などの提起は行っていない。
歴史歪曲防止法制定、自衛艦への旭日旗不掲揚を要請
また、韓国が日本による韓国併合時代を連想させるとして反発する海上自衛隊の自衛艦旗の旭日旗を巡っては、加藤勝信官房長官(当時)が2021年5月18日、韓国の歴史歪曲防止法(旭日旗使用に対する罰則)の制定について、「旭日旗の本来の意味を広め、特定の政治的・差別的主張が当たらないと世界に向けて発信する。韓国をはじめとする国際社会に向けて旭日旗の掲示が政治的宣伝にならないことを説明していく」と述べている。
実際、海上自衛隊は2018年に行われた韓国の国際観艦式の際に、旭日旗の不掲揚を要請されたため参加をしていない。制服組トップの河野克俊統幕長(当時)は、「自衛艦旗は自衛隊の誇りだ。降ろしていく事は絶対にない」と述べている。そもそも国連海洋法条約は、第29条で「軍艦」に対し所属を示す「外部標識」の掲揚を求めているし、海上自衛隊にとって自衛艦旗の旭日旗は外部標識であり、自衛隊法は1954年の自衛隊発足時から自衛艦旗を艦尾に掲揚することを義務付けているのだ。
強敵ずらり、尹新政権の外交ブレーン
いくつかの問題を振り返ってみたが、どれも日本側からは韓国側が条約や協定を一方的に覆したり、勝手な解釈をしたりしているように見えるのではないだろうか。
神戸大の木村幹教授は6月26日に放映されたBSテレ東「NIKKEI日曜サロン」で、「韓国は、経済成長率、国民一人当たりのGDP(国内総生産)、軍事費などで日本を凌駕(りょうが)しつつあり、大国意識を持ち始めている。また、韓国政府は、『日韓関係の問題について、ボールは日本側にある』と思っている。さらに、尹新政権の外交ブレーンのほとんどが英米で博士号を取得、朴振(パク・ジン)外交部長官は、通訳ができるほどの英語が堪能である。韓国はワシントンでうまい外交を展開しはじめている。韓国にワシントンでパフォーマンスされたら太刀打ちできない可能性がある」と警鐘を鳴らしている。
現に朴外交部長官は6月13日のブリンケン米国務長官との会見で、韓国の文在寅前政権がGSOMIAの破棄を一時通告したことに対し、「日韓関係改善とともにGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の正常化」をワシントンで表明している。これは日本へのメッセージというよりも、米国向けのパーフォーマンスと言えるのではないだろうか。
いち早く、日本は日本側の情報を世界に発信すべき
韓国が新たな動きに出ない以上、岸田首相が尹大統領との首脳会談を見送るのは正しい判断だろう。しかし、この判断に満足するだけでなく、この背景や経緯を正確に日本や韓国、米国をはじめとする国際社会にPRすることも重要だ。
今回の首脳会談延期に関し、「また、韓国のせいにする日本」(6月15日、中央日報)や「韓国は手を指し伸べたのに、日本は国内政治に埋没し高姿勢」(6月16日、朝鮮日報)などと韓国側の立場の主張が拡散される前に、日本は、日本の立場の主張を、丁寧に世界中に発信していく努力が必要ではないだろうか。