国連安全保障理事会(以下、安保理)は26日、米国が提出した「北朝鮮の相次ぐ弾道ミサイル発射をうけた制裁強化の決議案」(北朝鮮に対する原油の年間輸出量の上限を400万バレルから300万バレルに引き下げることや巡航ミサイルの発射禁止などを含む)の採決を取った。常任理事国15カ国のうち13カ国は賛成したが、中国とロシアが拒否権を行使し、同決議案は否決された。
拒否権行使に対し、米国のトーマスグリーンフィールド国連大使は「今日の結果は、北朝鮮の脅威が増大し続けることを意味する」と批判。一方で、中国の張軍国連大使は「追加制裁で問題は解決されず、さらなる悪影響と対立の激化に繋がる」と述べ、ロシアのネベンジャ国連大使も「制裁では地域の安全を保障できず、核・ミサイル問題を解決できない」と反論し、制裁の回避を訴えている。
北朝鮮、6月末までに核実験準備完了か
北朝鮮は2018年の米朝会談による一時中断を除いて安保理決議が禁止している弾道ミサイル発射を繰り返しているが、安保理は北朝鮮が初の核実験を行った2006年10月から2017年12月までには10回の制裁決議をいずれも全会一致で採択している。
また、2017年には「北朝鮮が、核実験や大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を実施する場合には、石油の輸出をさらに制限するための行動をとることを確認する」という規定を含む決議案を全会一致で採択した。今回否決された決議案はこれにともなうものだった。
米カーネギー国際平和基金の核兵器専門家アンキット・パンダ氏によると「北朝鮮は、低出力の核で7回目の核実験を行う可能性がある」と指摘しており、米CNNも北朝鮮北東部の豊渓里(ブンゲリ)で、6月末までに核実験の準備を完了する可能性があると報じている。
拒否権行使の理由説明は任意
国連総会は4月26日、このようなウクライナ情勢など巡る安保理の機能不全を受け、拒否権が行使された場合は10日以内に総会を招集し、拒否権を行使した常任理事国に対して理由の説明を求める決議案を採択している。
これにともなって国連総会のアブドラ・シャヒド議長は5月27日、「今回拒否権を行使した中国とロシアに対し、拒否権行使の理由の説明を求める総会会合を6月8日に実施する」と発表した。拒否権行使の理由を説明するという国連の仕組みが適用される最初のケースとなる。ただし、説明を求められた常任理事国の出席や説明は任意となっており、拒否権行使による安保理の機能不全を改善する効果は限定的と言えよう。
ゼレンスキー大統領、安保理の機能不全解消を要求
安保理の機能不全を改善するため、フランスのマクロン大統領は2018年9月の第73回国連総会の一般討論演説で、「許すべからざる大規模な犯罪に関しては、安保理での拒否権を制限すべきだ」との考えを表明したが、実現には至っていない。とくに権威主義国家が自らの拒否権に制限をかけることを許容するとは思えない。
安保理は1月以降、ウクライナ情勢を巡り20回近くの会合を実施しているが、ロシアのウクライナからの即時撤退などの決議案がロシアの拒否権行使によってことごとく否決廃案されてきた。
一方、国連総会では3月2日、ロシアのウクライナ侵攻を非難する決議が賛成多数で採択され、賛成は141カ国、反対はベラルーシ、北朝鮮、エリトリア、ロシア、シリアの5カ国、棄権は中国やインドなど35カ国であった。不十分ながらも、国連総会が安保理の機能不全を補う役割を果たしているということだ。
これに対しウクライナのゼレンスキー大統領は、4月5日に行われた安保理の緊急会合で「安保理が保障すべき安全保障はどこにあるのか。平和の補償を担うべき国連が、効果的に機能していない。ロシアを侵略者として安保理から排除するか、改革を通じて平和のために機能できるようにするか、いずれもできないならば、安保理は解散すべきだ」と機能不全を改善するよう強く訴えている。
核兵器不拡散条約も形骸化
前防衛省統合幕僚長の河野克俊氏は、都内で行われた講演会で「ロシアのウクライナ侵攻において、戦略的観点から、世界の安全保障環境の中で核兵器不拡散条約(NPT)体制が崩壊した」と断言した。
核兵器不拡散条約とは、米国、ロシア、英国、フランス、中国を「核兵器保有国」とし、それ以外の国への核兵器拡散を防止するとともに核軍縮交渉を進め、原子力の平和的利用を促進することを目的とした枠組みだ。ここでは「核保有国は平和を希求し、成熟した分別のある大人の国家であること」が前提となっている。
しかし、ロシアのプーチン大統領は4月27日、「ウクライナへの軍事作戦に介入する国に対し、他国にない兵器を保有しており、必要な時に使用する」と述べ、核兵器に直接言及してはいないものの、核による恫喝ともとれる発言を行っている。これはその前提を根底から覆すものであり、北朝鮮に核開発の大義を渡したことにもなるだろう。
「非核三原則」を堅持する日本だが
5月23日、24日に日米首脳会談や日米豪印4カ国の枠組み「Quad(クアッド)」首脳会談などの主要会談が東京で開かれた意義は大きい。岸田首相はその後の記者会見で「ロシアのウクライナ侵攻を強く非難し、インド太平洋で同じような事を起こしてはならない」と語った。日本の安全保障において米国が「矛」、日本が「盾」の役割を担う構図に変化はないだろう。
一方で、今回日米で合意した核の「拡大抑止」の実効性を確保するためには、米国の「核の傘」の効果を高めなければならない。また、日本が「非核三原則」を堅持したままで「拡大抑止」を担保できるのかという問題もある。
岸田文雄首相は3月2日の参議院予算委員会で、核共有を巡って「日本は世界で唯一の被爆国であり、非核3原則を堅持している立場であるため、『核共有』については政府として議論しない」と答弁しているが、中国、ロシア、北朝鮮という核を保有する権威主義的な独裁国家に囲まれた日本がその理想論だけで核の脅威から逃れられるとは思えない。これには、幅広い議論の実施や日本を巡る安全保障環境の変化に応じた柔軟な政策が必要だろう。
また、岸田首相はバイデン米大統領に対し「防衛費の相当な増額を確保する」と伝え、防衛力を強化する意向を示しているが、単に米国からの装備品の調達のためだけではなく、自衛隊装備に十分な部品や武器弾薬の供給や組織を担う人材の確保に使うなど、自国で賄える経戦能力の向上に投資してもらいたい。
求められる「重層的な安全保障環境の構築」
日本は安保理や核兵器不拡散条約の機能不全という状況に対し、日米同盟を基軸にして、韓国やオーストラリアなどのインド太平洋諸国や英国、フランス、ドイツなどの民主主義を標榜する国々と緊密に連携し、多国間枠組みを重視しながら抑止力を高めていかなければならない。今、重層的な安全保障環境の構築が求められている。