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2022.04.13 安全保障

「武器を持った民間人」は攻撃されても仕方ない?ウクライナ戦争で再確認された「戦時における民間人保護の難しさ」

末次 富美雄

インド、中国も「ロシア非難へ傾斜」

ウクライナ司法当局は4月3日、ウクライナの首都キーウ(キエフ)周辺において民間人と見られる計410人の遺体が発見されたと伝えた。特にキーウ北西のブチャでは、ロシア軍撤退後に多くの遺体が道路に放置されていたことが報道され、国際社会に大きな衝撃を与えている。

これに対してゼレンスキー大統領は「ジェノサイド(集団虐殺)である」と強く非難したが、プーチン大統領はハンガリーのオルバン首相との6日の電話会談で、ブチャにおける民間人虐殺を「下品な挑発行為だ」と語り、ロシア外務省ザハロワ報道官も「犯罪的なフェイクニュース」と切り捨てた。

ウクライナのベネディクトワ検事総長は10日、これまでキーウ州で1,222人の遺体が見つかったことを明らかにした。南部マリウポリにおける戦いも継続しており、民間人被害者は急増するものと考えられる。

また、5日に開かれた国連安全保障理事会では各国のロシア非難が相次いだ。今まで表立ってロシア批判を避けていたインドも、国連大使が「ブチャでの民間人被害を明確に非難する」と明言。ロシアとの経済的関係を発展させるとしていた中国の国連大使も、「深く心を痛めている。事件の状況や原因を検証すべきだ」と主張した。

違法性の指摘が難しい「戦闘地域での民間人被害」

軍事衝突が生起した場合、民間人への被害を局限することは永遠の課題である。ロシアも批准しているジュネーブ諸条約の第1追加議定書(1977年採択)には、敵対行為に直接参加していない文民を攻撃の対象とすることや暴力による威嚇を禁止する条項が規定されている。しかしながら、過去民間人が犠牲となった事例は枚挙にいとまがない。そしてこれは米軍にも当てはまる。

ニューヨークタイムズ紙は21年9月、アフガニスタンの首都カブールで8月に行った米軍無人機攻撃の誤爆によって民間人10人が死亡した可能性があることを報じている。攻撃を行った米中央軍は「悲劇的なミス」であることを認めたものの、米国防省は11月、攻撃決定にいたるまでの手続きに違法行為や不正、過失がないことから関係者を処分しないと結論付けた。これは、戦闘行為が行われている地域では民間人被害を避けることが困難であるとともに、その違法性を指摘する事が極めて難しい事を示す典型的な例である。

戦闘行為で民間人に被害が及ぶことと、民間人を虐殺することは次元が違う事だが、<従来の戦争形態を一変させたSNS>に記載したように、民間人によるSNSへの投稿が軍事的に利用されることは敵対行為への直接寄与と紙一重であり、これが民間人への拷問や虐殺につながる可能性があることは否定できない。

米軍も民間人を犠牲にしている…

世界各地で軍事作戦を行う米軍は、軍事作戦における作戦地域民間人との関係について、「Civil-Military Operations : CMO」という統合軍教科書(Joint Publication 3-57)を制定している。

これによるとCMOは、米軍の目的達成のために派遣先の国及び地域の安定に貢献する軍の活動で、軍事作戦と以後の占領行政の間に位置する作戦と位置付けられている。その目的は「地域民間人の人権や自由そして民主主義を尊重し国づくりを支援すること」とされているが、そこにはあくまでも米国の国益に合致するものという但し書きがついている。

しかし、イラクやアフガニスタンなどにおける米軍の活動を見る限り、前述したカブールにおける誤爆のように、多くの民間人が犠牲となっており、目的達成の難しさがうかがえる。国民の安全を、戦闘を行っている者にゆだねることには限界があると言わざるを得ない。

日本で戦闘が起きたら、国民はどう保護される?

日本では「武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律」が2004年6月に成立した。その中では武力攻撃事態が予測又は発生した場合、国が都道府県に警報を発し必要に応じて避難措置を講じるように指示するとされており、具体的な避難措置は地方公共団体等が実施すると規定されている。

住民保護は地方公共団体等の責任で、あらかじめ国民保護計画を定めて訓練を実施しなければならない。内閣府によると、2021年10月1日現在で指定行政機関や都道府県等における計画策定は完了しており、市区町村では1,740市区町村で作成完了、1,741市区町村で作成中である。

自衛隊は、都道府県知事の要請を受けて国民保護を円滑に実施するため必要があると認めるときに派遣される枠組みとなっている。自衛隊は武力攻撃に直接対処することが主たる任務であり、国民保護は地方公共団体を中心に行うのが原則である。

ウクライナでは

ウクライナ戦争における民間人被害についてウクライナ政府は、ロシアが民間人を標的としていることや虐殺を強く非難している。たしかにロシア軍の非人道的行為は批判されるべきであり、国際世論のロシアに対する見方も厳しいものとなっている。しかしながら自国民、特に民間人を保護することは自国政府の責任であることは忘れてはならない。

ウクライナではロシア軍の全面侵攻が始まった2月24日に総動員令が発令され、18~60歳の男性の出国が禁止されている。これは、18~60歳のウクライナ男性は全て戦闘員となる可能性があることを示している。

多くのウクライナ人がみずから武器をとる姿がSNSで多く拡散されており、ロシア軍人にとって武器を携行したウクライナ人は民間人には見えないかもしれない。民間人の虐殺というロシアの戦争犯罪は厳しく追及されるべきだが、同時にウクライナのゼレンスキー政権が自国の軍人と民間人をどのように峻別し、民間人保護のためにどのような措置を講じたのかについてもあわせて検証されるべきであろう。

写真:ロイター/アフロ

末次 富美雄

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、海上自衛官として勤務。護衛艦乗り組み、護衛艦艦長、シンガポール防衛駐在官、護衛隊司令を歴任、海上自衛隊主要情報部隊勤務を経て、2011年、海上自衛隊情報業務群(現艦隊情報群)司令で退官。退官後、情報システムのソフトウェア開発を業務とする会社にて技術アドバイザーとして勤務。2021年からサンタフェ総研上級研究員。2022年から現職。

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