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2022.03.18 安全保障

元自衛官が徹底分析!米海軍発表の「ロシアの4つの戦争概念」から見えてきた「プーチンの次なる行動の中身」

米内 修

プーチンは次に何をする?

2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから、すでに3週間以上が経過した。いまだ、首都キエフはロシアの手に落ちてはいないが、ゼレンスキー大統領の発表ではウクライナ軍の死者は約1,300人となり、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、3月12日までに、ウクライナの民間人に549人の死者と957人の負傷者が生じたとしている。

ウクライナ軍の強い抵抗によって、ロシア軍の侵攻は長期化の様相を見せ始めているが、核の使用さえもちらつかせるプーチン大統領が、次にどのような手を打ってくるか予断を許さない状況が続いている。

こうした軍の作戦は、大統領をはじめとする各級指揮官の判断によって作戦が決定され、それに基づいて様々なパターンの軍事行動が次々に行われる。今回のような侵攻作戦では、その発端となった争点の内容や交戦国の軍事力、侵攻作戦の進行状況などを踏まえて、戦略的・戦術的な妥当性の観点から軍事行動が選択される。

相手の意表を突く作戦も有効な場合があるため、その正確な予測は極めて難しい。交戦している当事国にとって作戦の推移予測は極めて重要なものだが、この状況を注視している国際社会、特にウクライナを支援している多くの国家にとっても、今後の状況の推移は重大な関心事である。

本稿では、米国海軍分析センターが2021年8月に発表した、『ロシアの軍事戦略:中心教義と作戦概念』(以下、「ロシアの軍事戦略」)に基づいて、ロシア軍の行動を評価してみたい。

 

「ロシアの戦争概念」は4つに区分されている

「ロシアの軍事戦略」によれば、ロシアの紛争・戦争概念は、政治経済状況の評価とそれに伴う軍の行動によって類型化されている。その中では、脅威が顕在化し軍事紛争が生起したケースが、その規模に応じて軍事紛争(armed conflict)、局地戦争(local war)、地域戦争(regional war)、大規模戦争(large-scale war)の4つに区分されている。

今回ロシアは、ウクライナ全域に地上部隊を展開せず、首都キエフとクリミア半島からウクライナ東部地域にかけての海岸沿いの地域に重点的に侵攻している状況から、少なくとも軍事行動の対象国の領域内に戦闘を限定する局地戦争の段階でとどめようとしていると推測される。この段階では、限定的な政治的・軍事的目的の達成を目指すこととされており、ウクライナに対する限定的な要求内容とも合致する。

ロシアの作戦概念には、欧州やアジアといった単位で戦域(theater of war)が設定され、その中に軍事行動領域(theater of military action)、戦略方向(strategic direction)、作戦方向(operational direction)の順に細分化された軍事行動の地理的単位が存在する。

一番小さい作戦方向の縦深規模は700~1,000㎞とされ、軍事目的を達成するための戦闘行動が行われる。戦略方向は複数の作戦方向を含んで縦深2,500~3,000㎞の範囲に拡大され、1つのコンセプトや計画に基づいて独立した作戦が実行される。キエフ正面や東部地域の作戦は、規模的にも作戦の統一性についてもそれぞれが独立した戦略方向以下の作戦だとみて間違いないだろう。

 

「核使用の可能性」は高まっている

これらの中で行われる軍事行動には、作戦(operation)、戦闘(battle)、戦闘行動(combat action)、交戦(engagement)、打撃(strike)の5つの形態がある。

今回のロシア軍は、軍事行動が行われる範囲を部隊の規模に応じて限定している。また、侵攻開始後、数日で補給が止まったことから極めて短期間での軍事行動を想定していたと考えられる。侵攻当初の客観的な予測でも、数日程度の短期間で軍事目的を達成するとみられていた。この状況から、当初の軍事行動は交戦や打撃で設定されていたと推測される。

しかし、侵攻は長期化し、攻撃の範囲は西部地域にまで拡大している。これは、軍事行動が作戦や戦闘に変化した兆候として捉えることができる。この形態では地理的範囲を限定していないため、侵攻がウクライナ全土に広がる可能性が指摘され始めたこととも符合する。

また、「ロシアの軍事戦略」には、ロシアのエスカレーション・マネジメントのモデルが提示されている。類型化された紛争・戦争概念を基に、平時(peace time)、軍事的脅威(military threat)、局地戦争(local war)、地域戦争(regional war)、大規模戦争(large-scale war)、核戦争(nuclear war)の6つのエスカレーション段階を設定し、エスカレーションに応じた軍事力行使を強度の低い順に、示威(demonstration)、適度な損害付与(adequate damage infliction)、報復(retaliation)の3つに区分している。

今回の侵攻が当初意図したと推測される局地戦争は、適度な損害付与の一番低いエスカレーション段階に位置しているが、戦況が長期化したことからエスカレーション段階が進む可能性が出てきた。このモデルに従えば、次は地域戦争になってしまうことを意味するが、問題は単なるエスカレーションに留まらない。

局地戦争の段階では核使用が脅しにとどまったが、地域戦争では非戦略核の使用が含まれることになる。プーチン大統領が核使用の可能性に言及したことは、局地戦争の段階でもあり得ることなのでモデルに従っているとも考えられるが、そうであればこそ、エスカレーションによって核使用の可能性が高まることも想定される。

 

「一刻も早い合意」が必要だ

軍が持つ中心的な教義や作戦概念は決して絶対的なものではないので、これだけで軍の行動が決定されることはない。しかし、戦場という極めて混乱した状況下で多くの兵員を統制するためには、訓練や教育を通じて軍全体で共有している基本的な概念から大きく逸脱することもまた難しいのが現実でもある。この観点から、中心教義や作戦概念は、予測することが難しい軍の次なる行動を分析するための手段の一つにはなり得る。

侵攻当初は局地戦争にとどめる意図を持っていたことが推測されるプーチン大統領だが、現状では次の段階である地域戦争に拡大する可能性も指摘されている。停戦合意は、人道的な観点からは常に最優先で追求されるべきものだが、作戦概念に基づく分析においてもエスカレーションの危険性が増すという観点から、一刻も早い合意が必要だといえるだろう。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修

防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

写真:代表撮影/AP/アフロ

米内 修

実業之日本フォーラム 編集委員
防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2021年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。

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