毎年、秋が深まる頃になるとASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議が開催される。あわせて日本、中国、韓国、米国、豪州などの首脳を招いた関連会合も開かれるのが恒例となってきた。新型コロナの感染拡大により昨年に続き今年もオンライン形式で、10月26日にASEAN首脳会議、27日には日ASEAN首脳会議、ASEAN+3(日中韓)首脳会議、さらにバイデン米国大統領も参加する東アジアサミット(EAS)が開催された。
1.ASEANという戦略的パートナー
岸田文雄総理は首脳会議にオンラインで出席し、ASEANと連携して「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の実現に向けた取組を力強く推進すると述べた。さらに、台湾海峡の平和と安定の重要性や、東シナ海、南シナ海をめぐる情勢を踏まえ、経済的威圧にも強く反対すると述べた。政府の報道発表では名指しされていないが中国が念頭にあることは想像に難くない。また東アジアサミットに出席したバイデン大統領は、インド太平洋地域が開かれ、繁栄し、安定していることの重要性を指摘した。ただしホワイトハウスの報道発表にはFOIPそのままの文言は見られない。ASEANは、中国が警戒するFOIPをそのまま受け入れることに抵抗がある。そうしたASEANの事情への、米国の配慮が垣間見える。
ASEANは、日米豪印など民主主諸国との首脳会談のみならず、10月26日には中国・ASEAN首脳会議も開催した。ここで中国とASEANは「包括的戦略パートナーシップ」を設立することで合意した。これまでの「戦略的パートナーシップ」から格上げされた関係となる。
インド太平洋のど真ん中に位置する東南アジアは、米中対立の主戦場の一つとなっている。ただし東南アジア諸国も、地域機構であるASEANも、米国か中国か、どちらか一方だけ選ぶということはできない。政治、経済、社会、文化のすべての領域で、米中の両方と緊密な関係を続けてきたからだ。だからこそASEANは、日米のみならずG7も明示的に平和と安定を求めている台湾情勢について、表立った立場を示すことは避けている。米英豪3か国間の安全保障パートナーシップAUKUSについても東南アジア諸国で賛否がわかれており、マレーシアは「軍拡競争を招きかねない」と批判している。FOIPについては今年前半の日米首脳会談やG7首脳会談でも、その重要性への言及があった。他方でASEANは中国が警戒するFOIPの代わりに、2019年以降、独自に「インド太平洋に関するASEANアウトルック(AOIP)」という構想を掲げてきた。
日本にとってASEANは、自由で開かれ、ルールに基づくインド太平洋地域を実現していくために価値観を共有する「戦略的パートナー」である。日本は東南アジアに米国か中国かという踏み絵を踏ませるようなことはせず、慎重な外交を続けてきた。岸田総理は今回の日ASEAN首脳会談や東アジアサミットでも、開放性、透明性、包摂性、法の支配といったAOIPが掲げる価値は、FOIPと本質的な原則を共有しており、具体的な協力をさらに進めていくと述べた。日本のみならず、日米豪印のクアッドもAOIPを強く支持している。
日本が米国など民主主義諸国とともに、毎年この時期、ASEAN諸国と首脳レベルの会談を続けていることは極めて重要なことである。同時に、米中対立が深まる中、東南アジアから日本への期待も高まっている。米国や中国にできない、日本ならではの協力によって東南アジアで存在感を示していくことが、より一層、重要になっている。
2.新型コロナ対策支援
日本が今年のASEAN関連首脳会合で目玉として強調したのが、新型コロナ対策支援だった。その柱は、ワクチン現物供与、コールドチェーン整備支援、財政支援円借款、そしてASEAN 感染症対策センターの運営支援である。
日本を含め東南アジアは欧米に比べ、ワクチン接種の開始が遅れた。こうした中、日本は菅政権でファイザー社及びモデルナ社のワクチン接種を急速に進めるとともに、国内で製造したアストラゼネカ社ワクチンを東南アジアへ供与した。インドネシアに約415 万回分、ベトナムに約 408 万回分、フィリピンに約 308 万回分など、ASEAN全体で合計1,600 万回分以上のワクチンを供与してきた。これに加え日本は台湾にもこれまで6度、約420万回分のワクチンを供与してきた。これらを合計すると、日本はこれまでに20か国・地域へ3,000万回分以上のワクチン現物供与を行ってきている。これは米国、中国、インドに次ぐ規模である。
日本はメイド・イン・ジャパンのアストラゼネカ社ワクチンを活用し、いまやワクチン供与大国となりつつあるのだ。
さらに日本が得意とするのが、ワクチンを超低温のまま冷凍・冷蔵・保管・輸送するコールドチェーンである。国際空港から接種現場の人々の腕までワクチンを届けきるコールドチェーン整備の「ラスト・ワン・マイル支援」として、日本はASEANに25億円以上の無償資金協力を実施してきた。
魚など生鮮食品を日本中、地方や離島から首都圏まで届ける高品質な小口保冷配送は、いまや日本が世界に誇るお家芸となっている。その先駆者となったのが「クール宅急便」で知られるヤマト運輸だ。同社は日本政府とともに、小口保冷輸送の国際標準化を目指した。そして2020年、国際標準化機構(ISO)において、日本政府が主導する形で、小口保冷配送サービスはISO23412として国際規格となった。
その背景には、中国でクール宅急便に類似のサービスが広がりはじめ、それが、多少の品質劣化に目をつぶった保冷配送の世界標準になってしまうかもしれない、という危機感があった(「物流のガラパコス化を乗り越えるために。ヤマトが主導するフィジカルインターネットと国際標準化の取り組み」ハフポスト、2021年9月10日)。小口保冷配送サービスの国際標準化は、ASEANという大きな市場を見すえた取組でもあった。こうした官民一体のルールメイキングと、日本の保冷配送技術が、ワクチン接種の加速化という、ASEAN諸国の健康危機管理に貢献している。
ワクチン現物供与とコールドチェーン整備支援は、日本のワクチン外交の二枚看板だ。こうした日本の協力が、東南アジア諸国でワクチン接種の加速化に果たした役割は少なくない。世界各国のワクチン接種回数を比較すると、中国、インド、米国、ブラジルに次いで第5位がインドネシア(1.93億回)、第6位が日本(1.89億回)となっている(Our World in Data、2021年10月31日時点)。
さらに日本はFOIPを推進していくため東南アジア諸国の経済回復も下支えしている。これまで累計約1,950億円の無利子に近い財政支援円借款を実施してきた。
そして、新型コロナが収束したとしても、近い将来ふたたび新興・再興感染症のアウトブレイクが日本そして東アジア全域に襲い掛かるものとして備えておかねばならない。日本は昨年、約55億円を拠出してASEAN感染症対策センターの設立を支援した。これは東南アジアのみならず、日本の健康危機管理のためにも重要な感染症対策の拠点である。病原体をすばやく検出し、初動から機動的に対応するため、東南アジア諸国との平時からの連携がますます重要となる。現地の邦人保護も課題だ。また、東南アジア諸国で流行してきたデング熱、ジカ熱、マラリアなど熱帯病が、気候変動により日本国内で流行する可能性も十分にある。さらに、次のアウトブレイクではワクチンや治療薬がすばやく使用できるよう、日本と同じくモンゴロイドの人々が多い東南アジア諸国とが連携し、今からでも国際共同治験ができるよう体制を整備しておくことも大切である。ASEAN感染症対策センターにおいて、日本は各国の公衆衛生担当者向けの研修を始めた。
東南アジアは、地理的、社会的、経済的、そして歴史的にも、日本と密接な関係にある。日本がASEANでワクチン供与とともにコールドチェーン整備を支援し、さらに将来の感染症をはじめ健康危機への対応能力を高めることで、戦略的パートナーとしての協力はさらに深化していくことだろう。
提供:Brunei ASEAN Summit/AP/アフロ